29.再び――魔法の鏡①
「フランとアリシア嬢によくない魔法でもかかっているのかと思ってね」
「それならば、魔法の鏡の調査をしてみればどうですか?」
失礼な話だと思った。
「調査ならばしてみたよ」
サミュエルの言葉に、アリシアはびっくりした。
「人を派遣したのですか?」
「いいや、俺が実際に見てきた」
「午前二時にお一人でですか?」
サミュエルは笑う。
「まさか。突然の休講があったから、午前中に見にいってみたんだよ」
物好きな人だと思った。それとも、それほどフランとアリシアの様子が気になるのか。
「それでいかがでしたか?」
「魔法道具とは思えないね。あれは、ただの鏡だ」
当時のアリシアは魔法科ではなかったが、確かにあの鏡は魔法道具だった。
魔力の気配を色濃く感じたのだ。
「ただの鏡ならば取り外す必要はないのでは?」
「暗示にかかる人もいる。特に女性は、将来の結婚相手が気になるだろう? 数年前、女生徒が三人、夜中にあの鏡を見に行って錯乱した。そのうち二人は、二日ほどでよくなったが、残る一人は引きこもっている。これは噂ではなく事実だ。二人、三人と人数が増えるほど暗示にかかりやすいのではと考えている」
暗示の一言で片づけられたら、どれほどいいかと思う。
「その時、鏡は調べられなかったのですか?」
「調べるまでもなくただの鏡だったそうだよ。満月の真夜中、古い時計塔の四階にある鏡。婚前で精神が不安定になっている少女たちが幻覚を見るのに、これほどうってつけな条件があるかい?」
アリシアは笑顔を浮かべて口を開いた。
「それならばあなたが一人で午前二時に試してみたらいかがです?」
「君も付き合えよ。証人が必要だ」
「人が増えるほど、暗示にかかりやすくなるのではないですか?」
「俺に肝試しの真似事をしろと?」
「幸い私は、サミュエル様と同じで口がかたいので誰にも言いません」
「……」
口達者なサミュエルが黙り込んだのでアリシアは畳みかける。
「行くのは満月の午前二時ですよ。幸い明日が満月です」
「君は、満月の日を覚えているのかい?」
サミュエルが口の端に皮肉げな笑みを浮かべる。
「魔法と月には密接な関係があります。魔力も満月の日に強くなりますし、魔法道具も同じです。魔法科の生徒ならば、皆満月の日をチェックしています」
「なるほど。俺が実際に午前二時までに行ったかどうかの報告は、君に必要?」
楽しげな表情をしているが、サミュエルの口調はどこか挑戦的だ。
「お互い秘密を共有する方が安心ですから、教えていただけると嬉しいです」
「儚げなのは見た目だけで、君は相当気が強いね。では、用事もすんだことだし、メッセンジャーは失礼するよ」
サミュエルはにっこりと笑って席を立った。
彼が怒っているのかどうかは判断しかねる。
(サミュエル様って、何を考えているのかさっぱりわからないわ。油断は禁物ね。彼が私の罪を捏造したのかしら?)
しかし、そうなると鏡の中の彼の表情が腑に落ちない。
憐憫と失望の入り混じった眼差し――あれはなんだったのだろうかとアリシアは思う。