28.闖入者②
「サミュエル様、私がカフェテリアに行きます。それでよろしいでしょうか?」
「よろしくないから、こちらに来てるんでしょ?」
すかさずサミュエルが言い返すと、ブライアンが軽く肩をすくめる。
「僕もアリシアを困らせたくないから行くよ。でもなんか嫌なことがあったらすぐ呼んでくれ」
「ありがとう、ブライアン」
心配そうな顔を向けるブライアンにアリシアは手を振った。
「これでやっと話ができる。というか、王太子殿下の婚約者である君が気軽にファーストネームを呼ばせているのかい?」
非難するように言うサミュエルに、アリシアは心底腹が立っていた。
「それがここの流儀ですから。ここに普通科と魔法騎士科の常識を持ち込まないでください。それで、サミュエル様のご用件は?」
さっさと追い返したいので、これ以上文句を言うのは控えた。
恐らく、ジョシュアとマリアベルの件だろう。
「殿下が、カフェテリアに姿を現さない君を心配している。週に一度は一緒に食事をしたいそうだ」
「そうですか。しかし、カリキュラムが違うので時間が合わないと思うのですが? それにカフェテリアはここから非常に遠いです」
「それは君の方がどうにか調整することになるだろうね」
再び怒りこみあげてきそうになるが、ここで口論になって目立ちたくはなかった。
「わかりました」
「それと、殿下が来週の学園の休みにウェルストン家に行くから、家にいて欲しいと言っていた」
これは難題だと思う。
デボラやトマスがそれを許すとは思えない。
ここしばらく魔法科の自然な空気を楽しんでいたが、結局今の自分はがんじがらめなのだ。
「カフェテリアで一緒にお食事をすれば十分なのではないですか?」
「……」
サミュエルが困惑したようにアリシアを見る。
「寮でマリアベルと殿下の噂話を聞かされました。殿下はそれを払拭されたいのですよね?」
「それもあるだろうが、殿下はアリシア嬢と歩み寄りたいそうだ」
あの魔法の鏡をのぞく前のアリシアならば、喜んでいたかもしれない。
「王宮の庭園ではだめなのですか?」
「さあ? 殿下にはアリシア嬢がそう言っていたと伝えておくよ」
「はい、ぜひよろしくお願いします」
実家に帰って殴られるよりも、嫌味な王妃がいる王宮の茶会の方がまだましだ。
きっと王妃はマリアベルも呼ぶことだろう。どのみち結果は同じだが、アリシアはけがをしない方を選んだ。
(なんて時間の無駄なのかしら)
アリシアは学園を卒業したらこの国から姿を消してしまおうかと、ふと心が揺れる。
しかし、それではあまりにも祖父母に対して不義理だ。
「それから、フランからの伝言。君と話したいそうだ」
「フラン様が……ですか? その後、フラン様のお加減はいかがですか」
あれ以来便り一つない。心配ではあるが、話をするのは怖い気がする。
「驚くほど元気だよ。以前よりずっと生き生きしている。献身的に夫の世話を焼いているよ」
アリシアはいささかぞっとする。
「そうですか……」
「俺はあの鏡は良くないから、取り外したほうがいいと思う」
「え?」
「時計塔の魔法の鏡だよ」
「殿下の指示ですか?」
サミュエルはひょいと片眉を上げる。
「殿下には話すなと君に約束させられたから、黙っているけれど。話したほうがよかった?」
「いえ、秘密にしてくださってありがとうございます」
半信半疑な気持ちではある。
だが、本当にジョシュアに黙っているのならば、サミュエルを少し見直す気持ちがでてきた。
先日の非公式の茶会でも時計塔の魔法の鏡のことは話題にのぼらなかった。
「フランは確かに気丈な女性だ。だが、まだ新婚なのに動けない夫を生き生きとした様子で介護をするなんておかしくないか? 普通は悲嘆にくれたり、憔悴したりするものだろう?」
「フラン様は、責任感の強い方なので気が張っているのだけなのかもしれません」
フランはきっと幸せなのだろう、夫を独占出来て――。
(そういえば鏡に映った私は最後まで殿下を慕っていた。私とフラン様は似た者同士なのかもしれない)
そう考えると暗澹たる気持ちになる。
「俺は君から魔法の鏡の話を聞いた時は、ただの怪談だと思っていた。だが、フランと君を見ているとあながちそうとも言い切れない」
「私が何か?」
サミュエルの物言いに引っ掛かりを覚えた。
「君はずいぶんと変わった。カフェテリアではいつも伏し目がちで、およそ自分の意見など口にすることはなかった。それなのに今は秩序も身分制度もない、この混とんとした魔法科で上手くやっている」
「普通科よりも魔法科の方が性に合っています」
「それにフランと同じように生き生きとしている」
「何が言いたいのですか?」
時間は有限だ。アリシアは卒業までの時間を大切に使いたいと思っている。
午後の実習の準備を始めたかった。