前へ次へ
27/85

27.闖入者①

 王宮の非公式の茶会から二週間後、アリシアはジョシュアともマリアベルとも顔を合わせることなく、つつがなく魔法科の授業をこなしていた。

 

 授業にも追いつき試験では高得点をたたき出している。


 休み時間がたまたま合ったブライアンと、最近親しく話すようになった女子生徒のミランダの三人で軽食を食べていた。


「しっかし、すごいね。アリシアもブライアンも、三年から入って来たのにもう成績追い越されちゃった」


 ミランダはサンドイッチを紅茶で流し込みながら、そんな話をする。


「そんなことない。実験の時、ミランダの発想にはいつも驚かされるわ」


 魔法科では身分は関係なく、敬称なしで呼び合う。最初はなれなれしくて驚いたものの、今では逆に心地いい。


 それでもブライアンとミランダは、初めの頃はウェルストン家のアリシアに気を使っていたようだ。


「アリシアもブライアンも卒業後はどうするの。私は魔法省に行きたいと思っている。入学前は魔法師団もいいかなと思ったんだけど、魔物討伐の実習やってから、いやになっちゃった。それに少なからず魔物にやられて戦死者も出ているし」

 アリシアはそう語るミランダに頷いた。


 ついこの間アリシアも参加したが、なかなか緊迫感のあるものだった。


「僕は国に帰るかな。先のことはわからない」

「そうブライアンは国に帰るのね。さみしくなるわ」

 アリシアがぽつりと呟くと、ミランダがハッとしたような顔をした。


「そっか、アリシアはウェルストン家のご令嬢だったのよね」

「それでも私にも夢があるわよ」

「王太子妃?」

 アリシアはミランダの言葉に微笑んだ。


「私は……魔法道具を作りたい」

「本当に? じゃあ王太子妃をやりながら魔法道具をつくるの? なんかかっこいいわね」


「まさか、あくまでも夢の話。自分で作ったものを店に並べて売りたいなあと思って」

「ええ?」

「なんでだよ!」

 驚いたようにミランダとブライアンが声を上げる。


「そんなに驚くことかしら?」

 アリシアは目を瞬いた。


「いや、ささやかすぎるだろ?」

「私もそう思う! アリシアって成績いし、魔力も高いし制御も上手なのに欲がないね」

 アリシアは、ブライアンとミランダの言葉に小首を傾げる。


「私は社交下手なのよ。そっち方面は義妹の方がずっと得意なの。それに、とってもかわいい子なのよ」

 アリシアがそう言ったとき後ろから咳払いが聞こえてきた。


 話に夢中になっていた三人はびっくりしたように振り返る。


 なぜか、サミュエルが立っていた。


「やあ、アリシア嬢。久しぶりだね」

「ええ、お久しぶりですね」


 アリシアはサミュエルを見た瞬間顔が引きつりそうになった。


 サミュエルは断りもせず、勝手に同じテーブルに座る。


 ミランダは平民なので困ったような顔でアリシアを見て、ブライアンは迷惑そうな視線をサミュエルに送る。


「私に何かご用ですか? それならば、場所を変えましょう」

「いいよ。別にここで」

 アリシアの提案にサミュエルは首を振る。


「サミュエル様は魔法科ではないですよね? どうしてこちらの食堂に?」

「アリシア嬢は知らないのか? 本当は魔法騎士科の生徒もここの食堂を利用していいことになっているんだよ?」

 初めて聞く話にアリシアがブライアンとミランダをみると二人は頷いた。


 ブライアンが口を開く。


「そうだよ。もっとも魔法騎士科の奴らはプライドが高いから、ここの庶民的な食堂にはこないで、貴族が集まる気取ったカフェテリアを利用するけれどね」


 サミュエルの青灰色の瞳とブライアンのはちみつ色の瞳がぶつかる。


 緊迫した空気に、ここで一人だけ平民のミランダが、助けを求めるようにアリシアを見る。

 

 実はアリシアも何か起こりそうでどきどきしているが、ここはミランダを助けるのが先決だと思った。


 アリシアはミランダの耳元でささやいた。


「ごめんね。ミランダ、気にしなくて大丈夫よ。次は実習なんでしょ? 遅刻したらたいへんだから先に行っていいわよ」


「そ、そう? ごめん。じゃあ、アリシア、私は先に行くね」

 そっと席を立つミランダを、サミュエルが鋭い声で呼び止めた。


「ちょっと待て、君、今なんて言ったの?」

 サミュエルにしては珍しく、まるで威圧するかのようにミランダを見る。


「やめてください、サミュエル様。ここは普通科ではなく、魔法科です」

 アリシアの言葉にサミュエルが驚いたように目を見開く。


「ミランダ。本当に大丈夫だから。ここは私に任せて」

「わかった、アリシア。私、なんかやらかしたみたいで、ごめん!」

 ミランダはそういって申し訳なさそうに走り去っていった。


「アリシア嬢。君は王太子の婚約者だ。なぜ平民が呼び捨てにする。あの娘は敬語もしらないのか?」


「魔法科にそのようなものは必要ありません。ここは実践と研究の場であって社交の場ではありませんから」

 サミュエルは一瞬不快そうに眉根を寄せたが、ふっと表情をやわらげた。


「一理あるな」

 けろりとした様子で答える。

「で、何のご用事でしょう?」

 アリシアの言葉にサミュエルはにっこり笑う。


「誰にも聞かれたくない話があってね。かといって婚約者のいる君と二人きりで人目のないところで話をするわけにもいかないだろう? だからここへ来た。ここならば公の場所だからね」


「それは僕に席を立てということかな?」


 アリシアにはブライアンとサミュエルの関係性はわからないが、彼らは互いを知っていて、仲はあまりよくないようだ。


(サミュエル様って人懐こい方かと思っていたけれど、やっぱり公爵家の令息だけあって、高圧的というか……)

 


前へ次へ目次