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26.王妃の茶会に振り回される

 王宮に行くためには一度実家に戻らなければならない。


 茶会の当日の朝、ドレスに着替えるため、仕方なく実家に戻る。

 すると、デボラの機嫌がよくて驚いた。


 殴られたり、怒鳴りつけたりされなくて済んだのはよかったが、どうにも不気味だ。

 それにマリアベルの姿もみえない。


 アリシアは訝しく思いながらも型遅れのドレスを着て、馬車に乗って王宮へ出掛けた。


 王宮へ着くと王妃の慇懃無礼な侍従から、南側の庭園に向かうように指示された。

 バラの強い香りが漂ってくる。花に罪はないが、強い匂いに酔いそうになった。

 真っ白なクロスを敷き詰めたガーデンテーブルには茶と茶菓子が用意されていた。 


 王妃の隣にはなぜかマリアベルがいた。

 そのことについて驚きもショックもなく、だからデボラが上機嫌だったのだかと腑に落ちた。


 マリアベルは失敗で学んだらしく、王妃とにこやかに話をしていた。


 王妃は、マリアベルを立ち入り禁止だと言ったのに、今日は談笑している。朝令暮改もいいところだ。


(こんな方でも王妃はつとまるのね。いえ、このような方だからこそ王妃がつ

 とまるのかしら。私には無理ね)


 アリシアは自分のどんどん悪くなっていく性格に嫌気がさしため息をついた。


 そしてやはり、ジョシュアはまだ来ていない。

 彼はいつもお茶会に遅刻する。


 アリシアは挨拶するも、王妃は無視をした。

 そのおかげで、王妃とマリアベルが談笑するそばで、ずっと立ったままだ。




 しばらくたってから、「あら、存在感がないから気づかなかったわ。さっさと座ったら」と言われて席に着いた。


 やり方が学園の普通科の女子生徒と変わりなくて、その幼稚さにあきれてしまう。


 しかし、王妃の一番質の悪いところは、権力者だということだ。


 アリシアを無視した形で王妃とマリアベルの会話は続く。


 そんな中で、ジョシュアがやって来た。

「遅くなって申し訳ない」

 アリシアの隣に座る。

 マリアベルもそれに異議を唱えなかった。


「フランソワーズ・ムーアの結婚式では大変だったようね」

 今までアリシアを無視していた王妃が唐突に会話をふってくる。


「お義姉様、フラン様とお友達だったのですか?」

 マリアベルがフランソワーズをフランと呼んでいる。

 二人はアリシアの知らないところで親交でもあったのだろうかと、アリシアは首を傾げる。


「寮で面倒を見てもらいました」

「あなたは結婚式で気絶したようね。情けない。そんなに胆力がない、あなたに王妃が務まるのか心配だわ」

 また、王妃の説教が始まった。情報元はサミュエルだろう。


「母上、ムーア嬢はアリシア嬢にとってそれだけ大切な友人だったのでしょう」

 ジョシュアが、王妃をとりなす。


「お義姉様、フラン様のお力になってあげなくていいのですか? すぐ帰って来たのは薄情ではないのですか? とてもお世話になった方なのですよね」

「ええ、そうね。薄情だったかもしれないわ」

 アリシアは面倒になって否定しなかった。


 そもそもジョシュアの心はマリアベルにあるし、アリシアはこの場にいる誰からも求められていないし、愛されてもいない。


 王妃とジョシュアがどう思おうと頓着しなかった。


 それどころか、気が付くと何とかこの婚約を無にできないかと考えている。


「マリアベル、そんな風にいうものではないよ。サミュエルの話しだと、アリシア嬢はかなりショックを受けていたようだ。彼女には休養が必要だ。それにムーア嬢もパトリックにつききりで誰とも会わないと聞いた」


 ジョシュアが庇うようなことを言い方をするが、アリシアの心には響かなかった。


(前だったら、縋りついていたわね)


 たとえ将来アリシアを断罪するのだとしても、ジョシュアは悪い人ではないのだろう。


 王太子として生き、職務を全うしているだけなのだ。

 それ以下でもそれ以上でもない。


 そして逃げることのできない王太子という立場を、誇りにも思ってもいる。


 不思議なことに彼から心が離れていくたびに、彼という人間の解像度が上がってくる気がした。。


「それで、今日非公式にあなたたちに来てもらったのは、王太子妃とその側室についてなの」

「母上、今初めて聞いたのですが、それはどういうことですか?」

 ジョシュアがわずかに険しくなった表情で尋ねる。


「ジョシュア、あなたには社交界で人気のあるマリアベルと学力だけが秀でているアリシアの二人が必要よ」

「それは父上のご意見でもあるのですか?」

「この件に関しては私が国王陛下に一任されているわ」

 王妃が言う。


 アリシアは絶望を覚えた


(なぜ、そこまで私にこだわるの?)


「私は反対です。二代前に側室制度はなくなりました。なぜそれをまた復活させようというのですか?」


「では逆に聞きます。ジョシュア、あなたはこの国を富ませたいと思わないのですか?」


「それはつまり私では力不足だということですか?」

 いつの間にか親子げんかが勃発する。


「ジョシュア殿下は素晴らしい方です! 私が至らないだけです」

 マリアベルがうまいタイミングで割り込む。


 すると王妃が侮蔑の目をアリシアに向ける。


「あなたは気が利かないし、融通もきかないわね!」

 アリシアは王妃に怒られた。


 少し前ならば震えあがっていたが、それももうなれた。


 ジョシュアに縋らないという覚悟を固めてしまえば、結構乗り切れるものだ。


「もうしわけありません、王妃陛下。私はこの通り気働きができません。ですので私は妃ではなく、文官として雇ってはいかがでしょう? 王妃様も以前私は王太子妃に不適格だとおっしゃられていたことですし。それにジョシュア殿下は優秀なうえに努力も怠らない立派なお方です」


 王妃が眉間に深くしわを刻み、扇子をぱっと開くと不機嫌に黙り込む。


 しばしの沈黙のあと口を開いたのは王妃で。


「マリアベルでは血がダメなのよ」

「え? それはどういうことですか?」

 マリアベルが驚いたように目を見開く。


「あなたの血を王族に交ぜたくないわ」

 王妃が突然嫌悪感をあらわにしてマリアベルを見たので、彼女は青ざめた。



「母上、なんということを言うのですか! マリアベルの血が穢れているとでも?」

 マリアベルがしくしくと泣きだす。


 完全に王妃対、マリアベル、ジョシュアになる。


 唐突に蚊帳の外に放り出されたアリシアの頭の中は、魔法の研究でいっぱいだ。


(もう帰りたい。帰って課題をやりたいわ。魔法科は暇ではないのよね。私は転科組で、勉強に追いつくのも大変だし)


 三人の喧嘩はジョシュアが呼ばれて中断した。


 その後アリシアは二時間ほど王妃に叱られて、やっと解放された。


(もう二度と王宮に行きたくないのだけれど。実に無駄な時間だわ。お祖父様に相談してみようかしら?)


 しかし、この婚約はエドワードがまとめたのもだと聞いている。

 どうしたものかとアリシアは頭を悩ませた。

 

 実家に帰ると手早く着替えて、ひっそりと寮に帰ったのだった。




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