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25.秘密②

「私は怖くて覗けませんでした。そのせいか悪夢をみました」

「せっかく真夜中に行ったのにもったいないな」

 呆れたようにサミュエルが答える。


「で、どんな悪夢を見たの?」

「殿下にふられる夢です」

 アリシアが言った途端、サミュエルは大笑いした。


「よくわかったよ。アリシア嬢、君はジョシュアが大好きなんだね。大丈夫、ジョシュアは約束を違える相手じゃない。君は必ずジョシュアと結婚できるはずだ」

「それが、そうでもないのです」


「え?」

「先達て王妃陛下から殿下の許嫁として不適格とのお言葉をいただきました」

 今まで笑っていたサミュエルがふと真顔になる。


「へえ、王妃陛下がそんなことをおっしゃったのか。どういう状況でのご発言かわからないから、俺は軽率なことはいえないな。そうだ、アリシア嬢。フランの代わりと言ってはなんだが、俺と友人にならないか?」

 唐突な提案にアリシアは目を瞬いた。 


「どうしてですか?」

「友人になるのに理由がいるかい?」

 サミュエルは、にこっと人好きのする笑みを浮かべる。


 ジョシュアの学友でなければ頷いていたかもしれない、そんな笑み。

 多分彼は人たらしとよばれる類の人物なのだろう。タイプは違うがマリアベルと同じように……。


「あなたは殿下のご学友です。友人にはなれません」

「は? なんで? 俺、友達になろうと言って断られたのは初めてなんだけど? ああ、もしかしてジョシュアに浮気を疑われるのが嫌なのか?」


「違います。殿下のご学友が、突然私と友人になりたがるなんておかしいではないですか?」


「そうかな。フランは俺の親戚で、君はフランの友人だ。それがたまたま結婚式で出会った。そして今秘密を共有した」

 にこにこと笑いながら、サミュエルは意外におしが強い。


「失礼を承知で、はっきり申し上げます。あなたは王家に非常に近しい方なので、監視されているようで嫌なんです」

 アリシアの言葉にサミュエルは苦笑する。


「これはまた、バッサリ切ってくれたね。俺はいろいろ勘違いしていたのかな? もしかしてジョシュアのこと嫌い?」


「嫌いではありません。お慕いしているから、マリアベルと一緒のお姿をみたくはないのです」

「うん、筋はとおっているね。では俺は引き下がるとしよう。アリシア嬢、お大事に」

 口の端に笑みを残して、彼は部屋から去っていった。


(油断も隙も無いわね。どう殿下に伝わるのかしら……)


 サミュエルを試してみたのか、サミュエルを通してジョシュアを試したいのか自分でもわからない。

 アリシアはそんな自分の性格の悪さに嫌気がさした。

 


 魔法の鏡が映す未来は真実だった、フランの件で確信せざるを得ない状況となった。


 それならば、アリシアは自分を嵌めた犯人を知りたいと思う。


 たとえ未来が変わらなかったとしても……。


(何も知らずに、処刑されるなんて嫌)




 アリシアはムーア家の厚意で、一晩泊めてもらうことになった。

 フランは婚家でパトリックにつききりだったというので、アリシアは彼女との対話をあきらめた。


 アリシアと目が合った瞬間は笑っていたけれど、実際、誰かと会って話すような精神的状態はないのかもしれない。


 しかし、あの時フランが笑ったのは確かで……。


 ◇


 学園に戻ると寮のサロンでは、昨年度の寮長だったフランとパトリック、シャルロットの三角関係が醜聞として語られていた。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎだ。


(もしも私が処刑されたとしら、こんなふうに刺激的な醜聞として、消化されるのでしょうね……)

 アリシアは彼女たちの声に耳を塞ぎたくなった。


 寮の皆はアリシアがフランの結婚式に参列したことは知らないので、彼女たちに捕まることなく部屋に入れた。





 翌日の放課後、図書館の入り口でアリシアはジョシュアに会った。

「アリシア嬢。フラン嬢の結婚式はたいへんだったね」

 もうジョシュアの耳に入っている。

 サミュエルから聞いたのかと思うとうんざりした。

 彼はどこまで報告をあげているのだろう。


「いえ、大変なのはフラン様ですから」

 当たり障りなく答える。


「それより、君とフラン嬢の間に交流があったとは知らなかったよ。結婚式に行くほど親しかったんだね。家同士のつながりというわけではないよね?」

 探るように聞いてくる。


「はい、寮生活の間面倒を見てもらいました。私が高熱を出した時、助けてくださいました」

「そういえば、そんなこともあったね」

 ジョシュアはその一件を今思い出したかのように答える。

 何か腹の内を探られているようで、ざわざわとして不安になった。


「それで話は変わるが、母が王宮で非公式に茶会を開きたいと言っている。招待されているのは私と君だ。参加してくれ」

「承知しました。それで日時は?」

「そうだな。次の休みの午後のお茶の時間に王宮に尋ねてきてくれ」


 王妃は厳しい人なので行きたくはなかったが、これは招待という名の命令なので仕方ない。


(休みの日は実習室で課題のアミュレット仕上げたかったのに……)


 初めて自分で作ったアミュレット、完成をとても楽しみにしていたのだ。


 アリシアも魔法科の生徒たちのご多分にもれず、三度の飯より魔法が好きになっていた。


(それにしても、サミュエル様は本当に魔法の鏡の話をしなかったのかしら? くだらないと思ったのかしら?)


 ジョシュアに知られると王妃の耳に入るので、知られたくはないが、肩透かしを食らった気分だった。

 

 


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