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24.秘密①

 ほどなくしてノックの音と共に客間に入って来たのは、サミュエルだった。


 少々驚いたが、彼がフランの親戚だと言っていたのを思い出す。

 サミュエルは前日から来ていたと言っていたので、ここに滞在していたのかもしれない。


「アリシア嬢、気分はどうだい?」

 アリシアは彼から、果実水を受け取る。

 さっぱりとした甘みが喉を通り気分が少し良くなる。


「ありがとうございます」

「落ち着いたかい?」

「はい、すみません。私はどれくらい眠っていたのでしょう?」

「ほんの二、三時間だよ」

 アリシアは憂鬱な気持ちだった。


「何か欲しいものはない? 軽食でも持ってこさせようか?」

「ありがとうございます。サミュエル様、それで、フラン様もパトリック様もご無事ですよね?」

 アリシアの問いに、サミュエルが目を伏せる。


「無事には無事だが、パトリック様の方が……」

「重症なのですね」

 アリシアの気持ちは沈む。


「君は、もしかしてあの女を知っているのか?」

「あの女とは、今年度ご卒業したシャルロット様のことですか? 存じ上げております。フラン様がシャルロット様のことでお悩みでしたから」


 てっきり、フランが事前にあの女の侵入を防ぐと思っていた。

 しかしフランはしなかったのか、出来なかったか。


 それにシャルロットが式に乱入して何をするのかも語ってはくれていない。


(こんなひどい事になるとは思わなかった。フラン様は何を考えているの?)

 アリシアの体に震えが走る。


「実は君がフランに結婚式に招かれるほど、仲が良かったとは知らなかった。何かフランに聞いていたのか? それともシャルロットの知り合いであるとか」

 サミュエルに何か疑われているのだろうか。

(これは何かの尋問なの?)

 ここでアリシアが話したことは、ジョシュアの耳にも入るだろう。


「シャルロット様とはお話したことはありません。フラン様とのつながりと言えば、魔法の鏡。サミュエル様は時計塔の魔法の鏡の話をご存じですか?」

 サミュエルが思わず言った感じで失笑する。


「いきなりどうしたんだい? 魔法の鏡は知っているよ。時計塔の四階にある鏡の怪談話だろ?」

「ただの怪談だと、私もそう思っていました。今から話すことはサミュエル様と私だけの秘密にしてもらえますか?」


 アリシアはふとサミュエルを試してみたい気がした。魔がさすとはこういうことを言うのだろう。


「なんだか意味深だね」

 サミュエルはそういってクックッと笑う。どうも彼からは軽薄な空気を感じる。


「フラン様と私の名誉にかけて秘密にすると約束してください」

「約束する」

 やけにあっさりと軽い調子で答えた。

 

 アリシアにしても、事実すべてを話す気はない。


「では聞いてください。普通科にいた頃の話ですが、私は殿下とご学友が集まるカフェテリアに行きづらくなっていました」

「それはマリアベル嬢とのことかい?」

 アリシアはサミュエルの言葉に素直にうなずいた。


「やきもちととらえていただいてもかまいません。そのため寮の食堂で食事をするようになりました。気弱な私は逃げ出したんです。それを察したフラン様が私を気にかけてくださったのがきっかけで、お話しするようになりました」

 ぎりぎり嘘は言っていない……とアリシアは思いたかった。


「へえ、フランは優しいところもあるんだね」

 サミュエルが意外そうに首を傾げる。


「どういう意味ですか?」

「いや。彼女はしっかり者で気が強いから、そういう情は持ち合わせていないのかと思っていた」

「親戚ではないのですか? 随分な言われようですね」

「悪口ではないさ。強い女性は好きだから誉め言葉だよ。で、続きは?」

 にこにこと微笑みながら、サミュエルが先を促す。 


「フラン様にパトリック様の浮気を疑っていると打ち明けられました」

「おや、それはまた唐突だね。急に親しくなったのかい」

 サミュエルは、面白がっているように見える。


「話を端折っているだけです。寮で高熱を出した私をフラン様が助けてくださいました。私はそのことに恩義を感じています。それにフラン様は他の貴族の令嬢のように私を馬鹿にしませんでした」

「わかったよ。もう話の腰はおらないから」

 彼の言葉はいちいち軽い。


「フラン様は、私ならば共感してくれると思ったようです。私の噂は学園中に広まっていると教えてくださいました」

「なるほど……ジョシュアとマリアベル嬢の噂か」


 アリシアはサミュエルの言葉を首肯せず、先を続けた。

 なぜなら、おかしなところで頷いて言質を取られたくないからだ。


「それでフラン様に魔法の鏡をのぞきに行こうと誘われたのです」

「は? まさか夜中に時計塔に行ったのか? 二人きりで?」

「だから秘密にしてくださいと言ったのです。規則やぶりですから」

「なんだ。そんなことか。ずいぶんと勇敢だね。怖くなかった?」 

 そういってにやりと笑う。


「フラン様がランタンを用意して、先導してくださいました」

「勇敢だなあ。真夜中の冒険だね」

 茶化すような言い方に少し腹がだった。


「ちゃんと聞く気はあるのですか?」

「誓ってあります。だから続けてくれ」


「午前二時、時計塔でフラン様が鏡をのぞきました。パトリック様と結ばれる未来が見えると喜んでらっしゃいました」


「ふうん、シャルロットの侵入を防げなかったということは、今日の惨劇は見えなかったわけだねえ。役立たずな鏡だ」

 眉唾、虚言、サミュエルはアリシアの話をそう思っているのかもしれない。


 フランはシャルロットが式場に入って来る未来を見ていたが、アリシアはそれについて話す気はない。

 フランの名誉のために。


「それで君は何を見たの?」

 パトリックが興味津々と言った感じで聞いてくる。

 それに対するアリシアの返事は決まっていた。


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