23.フランの挙式
フランの挙式の当日となった。
挙式は、フランの婚家となるユベール領にある聖堂で執り行われる。
王都からは馬車で三時間ほどかかった。
アリシアは式に出席するにあたって、実家ではなく祖父母の助けを借りた。
実家には言いたくなかったし、第一馬車など出してはくれないだろう。
今思うと、トマスとデボラはアリシアが誰かと交友関係を築くのを極端に嫌っていたような気がする。
参列者には、アリシアの知り合いは一人もいない。
学園の卒業生もいるのだろうが、誰一人としてアリシアに声をかけてくる者はいなかった。
いや、一人だけ例外いた。
「やあ、ウェルストン嬢、奇遇ですね」
「ロスナー様、お久しぶりです」
ジョシュアの学友に偶然会ってしまい、がっかりした。
きっと彼はアリシアの様子をジョシュアに報告することだろう。
マリアベルの耳に入るかもしれない。
面倒だなと思った。
そんなアリシアの気持ちなどつゆ知らず、サミュエルは晴れやかな笑みを浮かべている。
「どうかサミュエルとお呼びください」
「はい、サミュエル様。では私のこともアリシアとお呼びください」
アリシアが席に着こうとすると、サミュエルがなぜかついて来た。
「サミュエル様は私といていいんですか? ほかにご挨拶したい方はいらっしゃらないのですか?」
「特にはありません。俺は昨日からこちらに来ているんです。フランとは親戚なんですよ。もっとも遠縁ですがね」
アリシアは気弱なわりに、ときおり直接的な物言いをしてしまうが、サミュエルは気にしたふうもない。
「そうだったんですか」
サミュエルと言葉をかわしながらも、アリシアは気もそぞろだった。
アリシアの席はフランによってあらかじめ細かく指定されていたのだ。
その席だけアリシアのために開けられて、サミュエルはそれを訝しげな目で見た。
ジョシュアに近いサミュエルと一緒にいたくはないのだが、彼は当然のようにアリシアの隣に腰かける。
アリシアの視線に気づいたのか、彼は笑顔でしれっと答える。
「俺もこの会場にほとんど知り合いがいなくてね」
金髪で、青灰色の瞳、涼やかな目元に鼻筋のとおった綺麗な顔立ちをした彼は、つい気を許してしまいそうな人懐こい笑みをうかべる。
サミュエルは世慣れた感じがする。こうやって人の懐にするりと入るのだろうかと、疑心暗鬼を生した。
結婚の誓いが終わり、皆が立ち上がって二人の祝福の言葉を投げかける。
花びらが舞い、フランは幸せそうだ。
花嫁と花婿が手を取り合うと、式場の扉が突然バタンと勢いよくひらかれた。
扉の向こうには髪を振り乱した若い女が立っていて、アリシアは恐怖に凍り付いた。
「あなたさえ、いなければ! 私が幸せになっていたのに!」
刃物を逆手に握り、フランに向かう。
アリシアはその光景を見て総毛だった。
フランが語った未来そのものだ。
「そんな……どうして!」
思わず叫ぶ。
(未来は変えられると言ったじゃない!)
フランを庇うように花婿のパトリックが前に出る。
刃物を持った女はフランを抱きしめたパトリックの背中を刺し、びっくりしたように逃げていく。
花婿は鮮血をぽたりと落とし、崩れ落ちた。
フランが悲鳴を上げる。
サミュエルが、逃げた女を追う。
まるで悪夢のような光景が広がる。
アリシアはフランのそばに寄ろうとするが、悲鳴を上げる人や失神する人、逃げまどう人に阻まれ、なかなかそばに行けない。
そのときフランが顔を上げアリシアを見た。
二人の目が絡みあう。
今まで泣いていたフランがアリシアを見た途端、ふっと口角を吊り上げて、ゆっくりと口を開く。
声は聞こえずとも唇の動きで、なんといっているのかアリシアにわかった。
――ほら、言ったでしょ?
「なんてことを……」
フランはアリシアに『未来は変えられるかもしれない。あなたは数年先だから、なおさらよ』と言っていた。
そして『パトリックと私の挙式に、あの女が乗り込んでくるの。でも大丈夫、私がそうはさせないから。だって私は未来を知っているもの』とも語っていた。
それなのに彼女は……。
(こんな惨劇が起きるだなんて、フラン様は言っていなかった。それとも未来はかえられないってこと? 変えたことによって最悪になった?)
「アリシア嬢、大丈夫かい? 怖かったろう? 犯人の女は捕まえた」
気づくとサミュエルがそばにいた。
震えるアリシアの肩を抱く。
(私は絶対に……恋なんてしない)
アリシアの視界は急速に狭まり意識が闇へと落ちていった。
目が覚めるとアリシアは知らない一室にいた。
そばにはメイドが控えていて、ここはフランの生家ムーア伯爵家の客間だという。
そして、フランはもうこの家にはいないと告げられた。
メイドがアリシアの意識が戻ったことを伝えに行くと言って廊下へ出て行くのを呆然として見送った。