22魔法科へ
魔法科は普通科とは校舎が違う。
危険な実験を行うこともあるので、普通科とは校舎が結構離れているのだ。
それに周りにいる生徒も違った。
普通科はグループで固まって行動していたが、魔法科はカリキュラムが自由に組めるのでクラスという概念がない。
科目ごとに教室移動するので、グループごとに群れている者をほとんど見なかった。
その生徒も次の実習や授業に向けて、足早に廊下を抜けていく。
同じ学園でも科によって、ここまで雰囲気が違うのかと驚いた。
そしてアリシアは、かつてないほどの解放感を味わっている。
アリシアはアミュレットに興味があり、実習を選択した。
魔法は図書館で必死に本を読んで学んだが、さすがにアミュレット作りはできない。
どんな授業をするのか、どきどきしなら席に着くと隣に座った男子生徒に声をかけられた。
「王宮の舞踏会で会いましたよね? 僕は西の隣国グレイモア王国からの留学生ブライアン・リヒターです」
艶のある赤い髪に、端整な面立ち。アリシアは覚えていた。
「あの時は失礼しました。私はアリシア・ウェルストンです」
彼は少し困ったような笑みを浮かべ、ぽりぽりと頭をかく。
「はは、別に気にしていませんよ。ええっと敬語はなれないので、普通に話してもいいですか。それと僕のことはブライアンと呼んでください」
「はい、ブライアン様。私のことはアリシアとお呼びください。敬語でなくてもいいですよ」
「よかった。ありがとう、アリシア」
ブライアンはほっとしたように明るい笑みを浮かべた。
いきなり呼び捨てにされて、あまりのなれなれしさにびっくりしたが、不思議と不快感はない。
アリシアの口元も思わず綻んでしまう。
魔法科には貴族もいるが、平民も数多くいる。
そんな雑多で自由な雰囲気がすぐに気に入った。貴族ばかりの普通科のような閉塞感がないのもいい。
錬金術の実験などを通して、言葉を交わす友人も出来た。
皆、ウェルストン家というと驚いたがそれだけで、別に興味をもったふうもない。
三度の飯より魔法が好きな人たちの集団だった。
普通科と違い社交に精を出すよりも、皆研究に夢中で、そんな環境にアリシアは安心感を覚える。
さらに嬉しいことに食堂が校舎内に独立してあった。
勉強や研究が忙しく食事の時間を惜しむ者たちが多いのだ。
売店もあり、休憩室で手早く食事を済ませて次の授業へ行く者たちもいる。
もうあの気の休まらないカフェテリアで、孤立して食事をしなくてもよいのだ。
ここにはクスクス笑いも、ひそひそ話もない。
そのうえ、寮の食堂よりも数倍広く落ち着く。
きっと、この魔法科にもアリシアの行動を王妃につぶさに報告する者がいるのだろう。
それを差し引いても居心地がよいのは確かだった。
しかし、それでも寮にもどると独特の閉塞感を感じる。
寮にいるのは貴族ばかりだからだ。
寮のエントランスに入りサロンの前を通ると、普通科の生徒につかまった。
彼女は地方貴族の娘でリリーの友人だ。リリーと共にアリシアを馬鹿にしていたから覚えている。
「たまにはご一緒しませんか?」
無理やり女子のグループが集まる席に着かされ、噂話を聞かされた。
それによると、マリアベルの王宮出禁の噂は広まってはいないようで誰も語っていなかった。
今ではマリアベルを中心とした貴族の子女のクループが出来て派閥を作っているという。
いよいよマリアベルがジョシュアと婚約するのではと噂されているらしい。
アリシアは否定も肯定もせず、笑って聞き流し、頃合いを見計らって席をたった。
彼女たちに付き合っている場合ではない。魔法科は課題が多いのだ。
これからは図書館によって彼女たちにと鉢合わせない時間に寮に帰ろうと決めた。
「ふふ、お祖父さまとお祖母様のお陰だわ。すべりだしは順調ね」
こんな楽しい気分になったのは生まれて初めてかもしれないと、アリシアは思った。
◇
魔法科に転科して、三か月が過ぎた頃、フランから結婚式の招待状が届いた。
来月いよいよ結婚が決まり、日程が合えばアリシアにも参加して欲しいという。
フランとの付き合いは時計塔の時だけで、後はさっぱりしたものだった。
すると追伸に気になる文言が書いてあった。
『私の未来を見届けて欲しい』
その意味深な一文にアリシアは心惹かれた。
なぜなら、以前に彼女が『未来は変えられるかもしれない』と言ったからだ。
そして、フランは時計塔でこうも言っていた。
『パトリックと私の挙式に、あの女が乗り込んでくるの。でも大丈夫、私がそうはさせないから』
そんなフランの不穏な言葉を思い出して、アリシアは胸騒ぎを覚えた。
(何も起きないよね?)