21.気まぐれな王妃の茶会③
マリアベルの突発的な暴力に唖然としたが、アリシアの行動は速かった。
「申し訳ございません。王妃陛下の御前でこのような無様な真似を」
深々と頭を下げる。
すると何かを察したのか、マリアベルも慌ててアリシアにならって王妃に頭を下げた。
「あなたは何に対して頭を下げているの、マリアベル」
「え?」
マリアベルが驚いたように王妃を見る。
「もちろん王妃陛下の御前でご無礼を働きました」
さすがはマリアベルだと思った。後は王妃がここで追及を続けるか、やめるかだ。
「誰が、誰に無礼を働いたの?」
「それは……姉と私が王妃陛下の御前で喧嘩をしてしまい……」
震える声で答える。
「おや、これは何の騒ぎですか?」
そこへ割り込んだのは、トマスのネコナデ声で、そのわざとらしさにアリシアはぞっとした。
今回の件を画策したのはきっとトマスだ。
「これは王妃陛下、トマス・ウェルストンがご挨拶申し上げます。陛下、何かうちの長女が失礼をしましたか?」
「ええ、そうね。ちょっと一晩牢で頭を冷やしてもらいましょうか」
アリシアはトマスの目に一瞬歓喜の表情が浮かんだのを見た。
「マリアベルは一年間城への出入りを禁止します」
「な! なんですと! アリシアではなく、マリアベルですか? いったいマリアベルが何をしたのです。アリシア、お前は姉として何をしていたのだ!」
トマスは憎悪のこもった顔をアリシアに向ける。
すると王妃は立ち上がり、パンパンと手を打った。それを合図に衛兵たちがやってくる。
「ウェルストン卿にはお帰り願って、それからマリアベルは一晩、牢へ」
「王妃陛下、どうかマリアベルだけはお助けください」
トマスが悲痛な様子で願う。
「マリアベルはこの国の王太子の婚約者を一方的に貶め、暴力をふるったのよ。アリシアがジョシュアと婚約した瞬間、アリシアは王族の庇護下にあるの。それを忘れないで」
「確かにマリアベルは天真爛漫な娘で、私は甘やかしてしまいました。恐らく狡猾なアリシアに陥れ入れられたんです」
「連れて行きなさい」
王妃は衛兵に命令すると、もう興味をなくしたように椅子に腰かけ茶を飲みは始めた。
「アリシア、座りなさい。それからジョシュアも」
王妃に命令されて二人は腰かけた。
「アリシア、あなた魔法科に転科したそうね。公務に支障ないようになさい。では、私の話はおしまい。少し婚約者同士で親交を深めるといいわ」
そう言って王妃は退席していった。
その瞬間、アリシアはふうっと息を吐いた。
王妃の気まぐれに振り回されるのは疲れてしまう。
「マリアベルは王室には合わないようだね」
ジョシュアの言葉を聞いて耳を疑った。
それならば、王妃はどうなのかとアリシアは問いたい。
「マリアベルは順応性の高い子です。すぐに王妃陛下と仲良くなると思います」
これはアリシアの本音だ。
今回のやり取りで、きっとマリアベルは王妃の扱い方を学んだはず。
アリシアはここまで来るのに苦労したが、社交にたけたマリアベルは違うだろう。
「母上と上手くやるだけが、王太子妃として必要なことではない。ところでアリシア、どうして魔法科に転科したんだ。私に一言あってもよかったのではないか?」
ジョシュアはまだ婚約者なのだから、話しておいてもよかったかもしれない。
だが、王宮は別のルートでアリシアを監視している。
それなら実家からも助けて欲しいと思うのだが、それについてはノータッチだ。
あの家で本当に何が行われているのかわからないのだろうか。
「そうですね。魔法科に転科したのは、私の実母がそこの出身で興味があったからです」
「知らなかった。初めて聞いたよ。今まで君が魔法の話をしたことなんてなかったから」
「私は勉強することが好きなんです。その中でも特に魔法には興味があります」
「変わっているね」
「え? 殿下は勉強が好きではないんですか?」
子供の頃から彼との共通の話題と言えば勉強のことだった。
「私は王太子としての義務を果たしている。だから、時々息抜きがしたくなるのだが、私にはそれが許されていない」
初めて可哀そうな人だと思った。
「息抜きぐらいしてもいいのではないですか?」
「護衛を連れて? 私の行動は、すべては上に報告されるのだぞ?」
話していて息苦しくなってきた。これでは出口がみえない。
しかし、王太子の婚約者ということで、行動を監視されているのはアリシアも一緒で……。
きっとジョシュアには、マリアベルのような明るい娘があっていると思う。
「殿下は義務にしばられて苦しくないのですか?」
「君には私が苦しそうに見えるのか?」
問いに問いで返すということは、きっと本音を話す気がないのだろう。
「殿下のことはよくはわかりません。ただ私といても殿下の心が安らぐことはないのではと思います」
「何が言いたいんだ?」
ジョシュアの声にうっすらと苛立ちがまじる。
「生涯の伴侶くらい、ご自分でお選びになれるといいですね」
「私に不満があるなら、はっきり言ったらどうだ」
彼の声に怒りがこもる。
「殿下は私の前では笑いませんが、マリアベルの前では笑います」
「嫉妬か」
嫉妬なのかもしれないとアリシアも思う。
「そうかもしれませんが、私は殿下の幸せを願っています」
「私は、王太子として生まれてきた。生まれた瞬間から民の血税で生かされている。身勝手な生き方はできない」
「ご立派なお心がけ、尊敬いたします」
(そうか、私はこの人のこういうところが好きになったんだ)
アリシアは懐かしい気持ちで、初恋を思い出した。
ジョシュアと別れ城から出ると、アリシアはほっとして肩の力が抜けた。
「王太子妃なんて、なりたくないわ。もっとも……私の場合はなれずに処刑されるのだけれど」
アリシアは権力よりも自由が欲しいと願う。切実に……