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19.気まぐれな王妃の茶会①

 長い夏季休暇が終わる前に、王妃教育の一環として、王宮に呼ばれた。


 しかし、すべて身についているアリシアには、もう学ぶことなどなかった。


 もしかして転科の件で何か言われるかもしれない。


(お祖父様が上手くやってくださっていることを願うしかないわね)


 王宮の庭園へ行くとすでに茶の準備ができていた。



 アリシアはポツンと一人、王妃の到着を待った。


 バラの良い香りが漂ってくるが、それで心が和むことはない。


 だいたいこうして呼び出される時は王太子妃としての心得や、厳しいことを言われることが多いのだ。


 浮かない気分で待っていると王妃がやって来たので、挨拶のために席を立つ。

 すると王妃の隣にはなぜかマリアベルが侍っていた。


(なぜ、マリアベルが?)


 アリシアは驚いて目を見開いた。


 二人は和やかに会話しながら、やってくる。


 あれほど穏やかな表情をした王妃を見るのは初めてだ。


 アリシアの挨拶を無視して先にマリアベルを席につかせる。


「いつまで立っているのよ。アリシア、あなたもお座りなさい。本当に威厳がないんだから」


 まるで王妃にデボラが乗り移ったかのようだ。


 アリシアはぎこちない笑顔を浮かべて席に着く。


「ごきげんよう、お義姉様。夏季休業中はお義姉様ったら、ずっとお勉強しているのだものびっくりしちゃった。それにまだ学園が始まるまで一週間もあるのにもう寮に帰ってしまうなんて」


 マリアベルは屈託なく話しかけてくる。


 夏季休暇中どころか、舞踏会の日からマリアベルとは一回も会っていないのに、よくこんなことがいえるものだと思った。


『あんな義妹がいて、あなたも辛いわね』と言ったフランの言葉を思い出す。


 だが、寮監も実家もアリシアは家にいたと言うのだろう。

 マリアベルを嫌うことに罪悪感を持つことはないのかもしれない。


 本当は祖父母のところにいたが、マリアベルにその話をする気はなかった。

「お久しぶり。あなたは元気そうね」

 アリシアの言葉にマリアベルの顔は一瞬引きつった。


「そんな久しぶりって、ほどでもないじゃない」

「そうかもしれないわね。人の時間の感じ方はそれぞれだから」

 パンと扇子でテーブルを叩く音がしてアリシアは驚いた。


「まったくなっていないわ、アリシア。どうやら社交術はマリアベルを見習った方がよさそうね」

 王妃は冷たい視線をアリシアに注ぐ。


(私はこの人に嫌われている。王妃陛下は私の前では一度も笑ったことはないもの)


「はい、マリアベルは素晴らしい社交性を持っていると思っています」

 その言葉にマリアベルも王妃も面食らったようだ。


「やだ。どうしたの。お義姉様ったら、今まで私のこと褒めたことなどなかったのに」


 アリシアは、子供の頃は家族の輪に入りたくて、マリアベルを褒めていた。


 マリアベルはこうして、ときおり嘘をつく。

 だいたいが保身のためだ。

 例えばマリアベルが大事な茶器を割ってしまったとき、アリシアのせいにする。


 だがマリアベルはウェルストン家で唯一アリシアに暴力を振るわない家族でもあった。


「そうかしら、褒めているつもりだったけれど。やはり私は社交に向いていないみたい」

「そんなことはないと思います。私も微力ながらお手伝いしますわ」

 マリアベルが力強く言う。


「何を手伝ってくれるの?」

「まずは学園でのお義姉様のお友達作りです! とりあえず同性のお友達を作りましょう」

 マリアベルが家に来るまでは、彼女にも友人と呼べるものはいた。


 だが、今では皆マリアベルの友達だ。

「難しいわね。私は人に好かれないから」

 さらりと答えるアリシアに、マリアベルは優しい笑みを浮かべる。


「そんなことないわ。お義姉様は誤解されやすいのよ。皆さんにお義姉様の良さをわかってもらいたいと私は思っているの」

 一方、王妃は呆れたような顔をしている。


「驚いたわね。あなた、努力しようとする姿勢が全然見えないわ! そんなことで王太子妃が務まると思っているの? あなたは、勉強は多少できるかもしれない。でも人としては全然だめね。マリアベルを見習いなさい。そうね、いっそウェルストン卿の言う通り、ジョシュアの婚約者をマリアベルにかえようかしら」


 王妃がぴしりと言い放つが、アリシアの心が揺れることはなかった。


 マリアベルがここに来た時から、こうなる気がしていた。


「そんな! 王妃陛下、恐れ多いことをおっしゃらないでください。私は、勉学は不得手で」

「そう、ならマリアベルが正妃で外交と社交をつかさどり、アリシアは側室になって事務作業をするというのはどうかしら」


 この瞬間、今まで苦手だと思っていた王妃が、大嫌いになった。


 アリシアは今までにないほどの激しい怒りを感じる。


「母上、アリシアをいじめないでください。それに側室制度は廃止されたでしょう」

 話に夢中になっていて、ジョシュアが来ていることに誰も気づかなかった。


 王妃はそっぽを向き、マリアベルはにこやかにジョシュアを迎える。


「そうですよね。ジョシュア様、側室など私も嫌です」

 マリアベルの言葉にジョシュアより先に王妃が反応した。


「ちょっと。あなた今、ジョシュアのことなんて呼んだの? それに側室が嫌だなんて、王太子妃になったような口をきくのね」


 王妃がすごい形相で、マリアベルをにらみつける。


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