15.五話 アリシアの計画②
「では手短に。私は、王太子殿下が先ぶれを出してうちに来ていることを知らされず、義妹のマリアベルだけがお会いしています。子供の頃から両親がそう仕向けてきました。つまりお祖父様のおっしゃる通り、私は冷遇されているのです」
そもそも祖父母がウェルストン家と絶縁したのはトマスとの確執が原因だ。
「なんてことを……だから、ジェシカにあの男はだめだと言ったんだ」
エドワードの顔は苦渋に歪む。
この口ぶりだと、やはり使用人たちの言う通りジェシカがトマスに夢中になったのだろう。
「ジェシカは、あの口先だけの男に騙されたのよ」
バーバラは悔しそうな様子だ。
「それで、本題は?」
気を取り直したように問うエドワードに、アリシアは口を開いた。
「私は、現在お妃教育の一環として学園の普通科で学んでいますが、魔法科に転科したいのです。将来は錬金術師として魔法道具作りをして身を立てたいと考えております。どうか、お力添えをいただきたく存じます」
アリシアは深々と頭を下げた。
実際、誰かにすがるしかない自分を情けなく思う。
だが、この方法しか思いつかなかった。
「なるほど……、お前なりに実家に見切りをつけたわけだ。具体的には何をしてほしい」
「幸い魔法科と普通科では学費はかわりません。ですので、私が魔法科に転科することを実家にバレないようにして欲しいのです。お祖父様には私の保証人になっていただきたいのです」
「魔法科に行くことを反対されるというわけか」
そう言ったきりエドワードが考え込んでしまう。
「あの……」
沈黙がつらくなりアリシアが口を開くと、エドワードが不愛想な様子で言った。
「実家がいづらいのなら、夏季休暇中はうちに来るといい。だが、魔法科への転科試験は難しい。通る自信はあるのか?」
「……もちろんです!」
アリシアは驚きに目を見開いた後、慌てて返事をする。
まさか今日この場で、この話が決まるとは思ってもみなかった。
アリシアは駄目だった時の心の準備もしていたので、膝から力が抜けそうになる。
「わかった。ならばまずは試験を受けられるように手配しよう。話はそれからだ。幸い学園長とは学友でな」
「ありがとうございます」
アリシアはもう一度深々と頭を下げる。
エドワードは現学園長とも前国王とも同窓で、その関係もあってアリシアとジョシュアは婚約に至ったのだ。
トマスはそれを自分の手柄のように語っているが、実際はエドワードを通して決まった話だった。
トマスにはそのような力はないが、今はウェルストン家の家督をついでいる。
そこが厄介なのだ。
「アリシア、お前がもしトマスに口添えしろと言ったら、その瞬間この話を断わろうと思っていた。まだお前を信用したわけではない。半分はトマスの血が流れているのだから」
アリシアは実家などとうにあてにしていなかったが、エドワードの言葉に震えた。
それと同時に、トマスの血が流れている自分に嫌悪感を抱く。
◇
祖父母との話し合いを終えて、王宮から帰ろうとすると、当然のようにウェルストン家の馬車はなかった。
両親とマリアベルは帰ってしまったのだろう。
祖父母との話は思いのほか長引いてしまった。
だからと言ってドレス姿で歩いて帰れというのだろうか。
悄然としていると「アリシア嬢」と声をかけられた。
振り返ると、ジョシュアが立っていた。
「家まで送ろう」
「え?」
「アリシア嬢と話したいことがある」
ジョシュアの言葉に漠然とした不安を感じた。
彼と二人きりで話ができるのに、なぜか喜びが湧いてこない。
なぜなら、ジョシュアの言葉はいつもアリシアを傷つけるから。
そして報われない想いに疲れを感じ始めていた。