13.四話 やられっぱなしの令嬢は……ささやかな反撃を試みる?③
今年はマリアベルのデビュタントがあるので、王宮舞踏会に家族揃って出席しなくてはならない。
舞踏会当日、アリシアは実家に帰り流行おくれのドレスを着て、支度を済ませた。
マリアベルの華やかさと比べると雲泥の差である。
アリシアは憂鬱な気持ちと緊張感を持って、家族と共に馬車に乗って王宮に向かった。
今日の彼女には計画していたことがある。ここ数日間、悩み続けて思いついた作戦だ。
もしもあの鏡が本当に未来を知らせるものならば、アリシアの人生はあと三年前後で終わる。
(抗えるものならば……)
王宮のエントランスに着くと、ジョシュアがエスコートに現れた。
先にマリアベルが彼に駆け寄ったが、やんわりと王妃エリザベートに注意され引き下がる。
これは別に王妃がアリシアを庇ったわけではなく、体面を考えただけだろう。
時々王妃から授業をうけることもあったが、「ジョシュアの隣に立つのは完璧な淑女でなければならない」と厳しい指導を受けていた。
王妃エリザベートはもともとこの国の人間ではなく、西側の隣国ラドルチェ王国の王女で友好のあかしにこの国に輿入れした。
なんでもこの国の王宮に来た時に王妃教育に苦労したとのことで、アリシアに対するあたりがきついと言う話だ。
アリシアは一度も王妃に愛情のこもった目で見られたことなどない。
その証拠に王妃はアリシアに耳打ちした。
「あなた威厳がなさすぎるわ。だからなめられるのよ。それでは下に示しがつかない。早急にどうにかなさい。王太子妃になりたい者はいくらでもいるのよ」
厳しいお叱りの言葉をいただいた。
悔しいが、王妃の言う通りだと思う。
それでもアリシアは王妃教育で身につけた笑顔で、ジョシュアにエスコートされて会場に入る。
皆、型通りにアリシアとジョシュアのもとに挨拶に来た。
学園でアリシアを馬鹿にしているリリーも今回ばかりは大人しい。
アリシアのそばに王妃がいるからだろう。
その後、国王の挨拶が終わり、楽団の演奏が始まった。
ファーストダンスはジョシュアと踊ることになっている。
そこへ、マリアベルがやってきた。
「ジョシュア殿下、今日は私のデビュタントなんです。ぜひ、私と踊ってください!」
無邪気な笑顔を浮かべて、マリアベルが上目遣いでねだる。
さすがにジョシュアも体面が気になったようで、「まずはアリシアと踊ってからだよ」と窘めた。
「まったく、義妹にまでなめられて! 今のままでは王太子妃などつとまらないわよ」
ぱっと開いた扇子で口元を隠しながら、王妃はまたしてもアリシアの耳元でまくしたてる。
「はい、申し訳ありません」
今までのアリシアなら、その後に必ず「これから精進してまいりますから、どうかご容赦ください」と心からの謝罪を付け加えただろう。
だが、そんな気は起こらなかった。
誰からもジョシュアの婚約者であることを望まれていない。そのことはアリシア自身が一番よくわかっているからだ。
すると焦れた王妃が口を開く。
「それで、これから先努力していく気があるの? ないのならば、不適格と言わざるを得ないわね」
アリシアは驚いた。
ここまではっきりと言われたことは今までなかったことだ。
王妃は本当に早くこの婚約を解消したいのだろう。
(王妃陛下の一言でこの婚約が解消されるのなら、私は死ななくて済むの? 私が処刑されたのは、この地位に縋りついていたから?)
目が覚めた気がした。
「王妃様が、そうおっしゃるのなら私はそのお言葉を甘んじてお受け――」
そこまでアリシアが言ったとき、突然ジョシュアから手を引かれた。
「ダンスが始まる。母上、アリシアは連れて行きます」
アリシアはびっくりした。
しかし、彼はいつもの無表情で、淡々と義務を果たすようにアリシアとダンスを踊り始めた。
一瞬庇ってくれたのかと思ったが、そうではないとすぐに気づいた。
王妃の小言が長引いて踊り始めない王太子とアリシアを、皆が注視していたのだ。
ダンスが終わるとすぐにジョシュアのもとにデビュタントの令嬢が殺到した。
アリシアは突き飛ばされ、転びそうになる。
そこを誰かに支えられた。
「大丈夫ですか? ウェルストン嬢」
「……ありがとうございます」
アリシアは顔上げた瞬間、表情が凍り付く。
「サミュエルです。サミュエル・ロスナーです」
もちろん名前も顔も憶えている、ロスナー公爵家の次男だ。
「ええ、ロスナー様覚えておりますわ。見苦しいところをお見せしてすみません」
「無礼な者もいるのですね」
ジョシュアの硬いしゃべり方とは違い、口調が柔らかい。いかにも話しやすそうな雰囲気だ。
端整な面立ちに人懐こい笑顔。
(鏡の中の世界では取り付く島もなかったのに)
「私に威厳がないせいでしょう」
アリシアは先ほどの王妃の言葉を聞いて、肩の荷が下りた気がした。
(不適格か……。私が縋りつかなければ、終わるのかもしれない)
「そうだ。ウェルストン嬢、俺とダンスを踊りませんか?」
初めてダンスに誘われて驚いた。それもサミュエルから。
(もしかして同情しているの?)
すでにサミュエルから手を差し出され、断る余地もない。
それに「不適格」と言う王妃の言葉がアリシアの気持ちを妙に軽くした。
本来ならば傷つくはずの言葉なのに、不思議だ。
アリシアはサミュエルの手を取ると彼にリードされてダンスの輪に入った。
ジョシュア以外の男性と踊るのは初めてだ。
(私を断罪する人たちと続けて踊るなんて、今日の私はどうかしている。あの計画のせいかもしれない。気分が高揚したり、落ち込んだりと忙しいわ)
楽団が奏でる軽やかなダンス曲に合わせてステップを踏む。
「さすが、未来の王太子妃、ダンスがお上手ですね」
「ありがとうございます」
ダンスを褒められたのは初めてで、思わず頬が赤くなる。
ジョシュアと踊った時は長く感じた時間も、サミュエルと踊るとあっという間に終わった。
彼がずっと微笑んでいたからだろうか。
「サム、次は私と踊ってくれる」
その甘ったるい声を聴いた瞬間、夢から覚めた気がした。