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12.四話 やられっぱなしの令嬢は……ささやかな反撃を試みる?②

「君はやきもちを焼いているのか?」

 ジョシュアは不快に感じたのか、ほんのりと眉根を寄せる。

 彼の言う通りやきもちなのだろう。


 アリシアの心に未練がふつふつとわいてくる。

 終わっているとわかっているのに、恋心を捨てられない。


「では、マリアベル抜きで二人だけで食事をするというのはいかがでしょう」

「なんて狭量な」

 呆れたように答えるジョシュアに、アリシアの気持ちは再び傷つき冷えていく。

 アリシアの言葉も思いも届かないのだ。


「そうですか。わかりました」

「何がわかったというのだ?」

「私と殿下二人だけの食事はしないということです」

 するとジョシュアは首を傾げた。


「感情的になるな。別にそういう話をしているわけではない。マリアベルはいてもいなくてもいいではないか、これは二人の問題だ」

「二人の問題というのなら、二人だけで食事をするべきだと思うのですが?」

 ここまでジョシュアに言ったのは初めてだが、アリシアは自分が間違っているとは思えなかった。


「君は妹や私の学友まで排除するのか?」

「いいえ、そういうわけではありません。それで、殿下はその噂をどなたから聞いたのですか?」

「サムだ」

「サム……様、どなたですか?」

「ん? 紹介していなかったか? 私の学友のサミュエルだ」

 サミュエル……どこかで聞いた名前だと思ったが、思い出せない。


 アリシアはジョシュアから学友を紹介されたことはなかった。


 彼女は王妃教育を受けているせいか人の顔や名前、地位を覚えるのは得意で嫡男はすべて覚えている。


 サムという人物は、きっと次男か三男あたりなのだろう。

「はい、存じません。紹介されていませんので」

「しかし、マリアベルは知っているぞ」

 ジョシュアは面倒くさそうに答える。 


(ここまで言われても、私はまだ縋っている。無様だ)


「どう伺っても殿下は、マリアベルがお気に入りのように聞こえます。私は紹介されていませんから」

 ジョシュアはしばらく黙りこむ。


「では、明日の昼食時に私が友人たちを紹介する。必ずカフェテリアに来るように」



 ◇


 そして翌日、カフェテリアに行くと、当然のようにマリアベルもいて、彼女からジョシュアの学友を五人ほど紹介されることになった。


 いつもならば、そのマリアベルとジョシュアの行動に悲しさや悔しさを覚えるはずなのに、アリシアはそれどころではなかった。


 彼女の目の前にサミュエルがいるのだ。

 アリシアはその金髪の男子生徒の姿に戦慄した。


(サミュエル、彼だ。どうして昨日思い出さなかったのだろう。夢だと信じたかったのに……)


 サミュエルはアリシアが牢に入れたられた時、ジョシュアの隣でアリシアの罪状を読み上げた人物だ。

 マリアベルの紹介によると、サミュエルはロスナー公爵家の次男で、ゆくゆくはジョシュアの側近になるそうだ。


 膝の力が抜け、崩れ落ちそうになりながらも、アリシアは笑みを浮かべて対応した。

 魔法の鏡は本当に未来を映したものなのだろうか。


 話の中心はマリアベルで、学友は皆アリシアよりもマリアベルを気にかけ、大切に扱っているようにみえる。


 しかし、サミュエルを見てしまったアリシアは、もはや気にもならなかった。


 彼女は機械的にスープを口に運ぶ。


(いったいどうなっているの? フラン様の話は本当なのかしら。このまま殿下と婚約が続けば、私は処刑されるの? せめて平穏無事にくらしたい)


 ただの怪談話だと思っていたいのに、じょじょに現実味を帯びてきた。


 アリシアは今後はカフェテリアでの食事は避けたいと思った。





 その晩、アリシアは自分の将来について真剣に考え始めた。

 このまま普通科で淑女教育を受け続けても、将来的には何の役にも立たないし、報われないかもしれないのだ。


 アリシアはジョシュアにも想われていないし、実家では嫌われ者。ならば自活するしかないが、彼女にはそのすべもなかった。


(どうしたらいい? 私の強みは何?)

 アリシアは自問自答する。


 学園で受ける淑女教育は、アリシアが受けてきた王妃教育を易しくかみ砕いたような内容で、すべて叩き込まれていた。


 それならば、今からでも魔法科に転科したいと考えた。


 アリシアはしばらく悩んだ末、絶縁している祖父母のエドワードとバーバラに連絡を取ることにした。

 

 なぜなら祖父母も魔法学園の卒業生で、前国王や魔法学園の学園長と同窓だったと聞いたことがあるからだ。 


 現在、彼らはウェルストン家の飛び地になっているヴォルト伯爵領で生活している。


 ウェルストン家の家督はエドワードからトマスが引き継いだものの、その領地だけは渡さなかった。


 そして祖父はヴォルト伯爵を名乗っている。

 

 幸い王都に近く、アリシアはすぐにヴォルト伯爵に手紙を書いた。


 しかし、世の中そう甘くはない。


 待てど暮らせど返信はなく、なしのつぶてだった。

 

 それもそのはずで、アリシアが物心つくころには祖父母は一緒に住んでいなかったし、交流もほどんどなかったのだから。


 半ば予想はしていたが、一縷の望みだったけにアリシアは深く落胆した。



 彼女は出口が見ないまま不安な気持ちで日々を過ごす。


 しかし、容赦なく時間は過ぎていく。


 アリシアは焦燥感と深い孤独を胸に抱き、寮の自室の窓から夜空を見上げた。


「次は、どう動けばいい……」


 アリシアには味方が一人もいない。

 自分でどうにかするしかないのだ。


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