11.四話 やられっぱなしの令嬢は……ささやかな反撃を試みる?①
「それで、質問なんだが、君と私は婚約者だ。だから会う機会を増やすべく、時間が出来たら、君の家を訪問するようにしていた。だが、出てきたのはマリアベルで、君はいつもいない。先ぶれを出しているのにも関わらず。なぜだ?」
ジョシュアの言葉にびっくりした。
「あの……、殿下はそんなに家にいらっしゃっていたのですか? 私は知りませんでした」
ジョシュアが、むっとした顔をする。
「そんなわけはないだろう。先ぶれを出しているんだ。君は具合が悪いといつも寝込んいた」
デボラの仕業だ。
アリシアの胸はぎゅっと痛む。
「では、最近いらっしゃったのはいつですか?」
「月に一度日曜日にはウェルストン家に行くようにしている。私は努力をしているのに、君は一体どういうつもりなんだ?」
ジョシュアの声には苛立ちが混じっていた。
「殿下、私は日曜日に家には戻っておりません。寮におります」
「そんなバカなことがある訳がないだろう? ウェルストン卿にもマリアベルにも確認をとっている」
(私のことはアリシア嬢と呼ぶのに、マリアベルのことは呼び捨てなのね。そうか、あの人たち、家族ぐるみで私を騙していたんだ。夢で見たのと同じだ。もうすでに……)
そう考えるとアリシアはそら恐ろしくなる。
その一方で未来を知らせる鏡なんて信じられないという思いもあった。
「殿下は私の言うことを信じてくださらないのですね」
珍しくアリシアの口から恨み言が漏れる。
「君の父も母もマリアベルも嘘をついたというのか? ありえない」
「……なぜですか」
ジョシュアの断定口調に、アリシアは胸が張り裂けそうになる。
「合理的ではない」
「そうではありません。なぜ、殿下は私の言うことを信じてくださらないのですか?」
その言葉にジョシュアははっきりと答えた。
「君とはそこまでの信頼関係が築けていけないからだ。当然だろう」
「当然……なのですね」
今、わかってよかったと思う。
未練は残るものの、アリシアの初恋は終わりを告げた。
馬車の中を沈黙が支配する。
目的の孤児院についた。アリシアは顔に作り笑いを張り付けて、ジョシュアに手を取られて馬車を降りる。
ジョシュアが、あまり表情が変わらないので、愛想よくするのはアリシアの仕事だ。
子供たちから、わっと歓声があがる。
アリシアはそれに応えるように微笑んで手を振った。
その後は、院長の話を聞いて、子供たちの歌を聞く流れだ。
帰り際、一人の幼い男の子がやって来た。
慌てて護衛兵が止める。そのやり方が、乱暴だったので、男の子は転んでしまった。
アリシアは思わず孤児に手を差し出した。
「大丈夫? 坊や、けがはない?」
護衛兵が「ちっ」と舌打ちするのが聞こえたが、アリシアは聞き流す。
「うん、平気だよ! お姫様、とっても綺麗! 僕が今まで見た中で一番綺麗」
アリシアはふいに胸を打たれる。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。
「ありがとう。すごく嬉しい」
アリシアはそう言ってにっこりと笑い、男の子を柔らかい髪を撫でた。
帰りの馬車でも沈黙は続いたが、思いのほか小さな男の子の言葉が嬉しくてアリシアは気にならなかった。
確かに王太子妃になれば、孤児たちのために何かできるかもしれない。
でも王太子妃ではなくでも、何かできるのではないと考えた。
「アリシア嬢」
またジョシュアが口を開いたので、今度は身構えてしまう。これ以上傷つけられるのは嫌だと思った。
「君は私の婚約者だ。君を信じさせて欲しい」
「それは、私に誠意を見せろということですか?」
今日の彼の言葉には困惑させられてばかりいる。
「そうだ。君とはカフェテリアで、週に一度は一緒に食事をとっていたはずだったが、来なくなった。そのせいで私はマリアベルがお気に入りだと誤解されている節がある。この誤解を払拭してくれないか?」
これを聞いたアリシアは笑いそうになった。
いやうっかり失笑していた。
くだらなくて、悲しくて、やるせない……そんな気持ちでいっぱいだった。
「何がおかしい?」
「私から見ても殿下はマリアベルがお気に入りのように見えます」