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猫は、聞き耳を立ててる。

 相変わらず、俺の生活に自由はない。奴隷、という立場に自由などあるはずがない。徐々に周りの、同じ奴隷の者達が神経をすり減らしていっているのも分かる。それを感じる度に俺の心も少なからずすり減ってきている。



 奴隷たちは、絶望で支配されている。此処から逃れることが出来ない、とそんな風に植え付けられている。時折見せしめのように、奴隷が痛い目にあってしまう。運んでいたものを落としてしまったとか、そんな些細なことで鞭に打たれてしまうものもいる。俺達を支配している人間たちは、俺達のことを獣としてみている。人としては決して認識していない。



 ――俺は、従順な奴隷としてこの場にいる。幸いにも、俺は人間の目から見てみても美しい見目をしているらしい。その見た目と従順さから人間に気に入られることが出来た。俺は他の奴隷たちよりも良い扱いをされている。それもあって奴隷たちの中でも同じ奴隷なのに良い扱いをされていることに不満を持っている人も結構いる。俺は、奴隷という立場から抜け出したい。叶うのならば奴隷に落ちてしまっているものたちと共に。

 そう望んでいるけれど、その本心は誰にも告げていない。―――なぜなら、何処からばれてしまうのかも分からないから。自分一人で考えて、自分一人で行動する。俺はそのことを強いられている。相談は出来ない。してしまったら俺の願望が二度とかなわなくなるかもしれない。実際に、逃げ出そうと行動をしていたものがそのことを悟られてそのまま姿を消したのも見た。生きていればいいが……もしかしたら殺されてしまっているかもしれない。



 俺も、俺が逃げ出すことを常に考えていることを悟られればそうなる可能性があるのだ。



「―――ダッシャは本当に、綺麗な顔をしているわ」



 俺を気に入っているのは、ミッガ王国の貴族。伯爵家の娘らしい。が、獣人たちの社会では貴族とか、階級とかないから伯爵家といってもあまりぴんとこない。平民という一般的な人間たちよりも位は高いというのだけど、一番上ではないらしい。

 でも、誰にも気に入られない奴隷でいるよりも、貴族に気に入られている方が断然良い。なぜなら、情報が集まるから。



 ―――正直、うっとりした顔で耳とか尻尾とか触られるのは手を振り払いたくなるほど気持ち悪い。耳と尻尾は番に触らせるものというのは、母さんや姉さんに散々言われていた。大切な人以外に触らせちゃ駄目よって、でも今俺は特に何も感じていない、ただ情報収集をするためだけに利用している人間の少女に触らせている。何だか大切な思い出を穢されていくような―――、大事なものを失っているような感覚になって、目の前の少女に対して罵声を浴びさせたくなる。だけど、我慢する。



 俺が叶えたい願望のために。俺が叶えたい望みのために。

 こんなことをしても意味はないのではないか。我慢をしても結局奴隷のままで一生を終えてしまうのではないか。そんな諦めにもにた感情が湧いてこないわけではない。―――だけど、諦めたくないと俺は望んでいるから。いつか自由になることを、心の底から渇望しているから。




「貴方様が気に入ってくださり嬉しいです」

「ふふ、可愛いわ」



 そのうっとりしたように見る目は、どこか少し狂気が見える。いつか、俺の貞操が奪われそうな気もするけれど、まぁ、それは奪われたとしても仕方がないことだと思っている。この環境から抜け出すための犠牲の一つだろう。



 この目の前の人間の少女に対して、従順な態度をとりながら傍に控える。それを許してもらえている間は、少なくともただの奴隷で居る時よりも情報が集まる。俺が一瞬で今の現状をどうにかできるぐらいの力があったら別なのかもしれないけれども、俺にはそんな力がない。

 だからこそ、どうしたらいいかと考えた時状況を見極めて、チャンスを見つけて行動することだと思った。そのためにも沢山の情報がいる。




 この少女や、その親がぽつりぽつりと漏らした情報を俺は頭の中でつなぎ合わせていくのだ。



 最近、この目の前の少女が告げたのは、隣国の王が亡くなったかもしれないということだった。この国、ミッガ王国が俺達獣人を奴隷に落とした理由の一つは隣国が、よくわからないが神子とかいう特別な存在を手にしたからというのがあるらしい。

 その神子が居る国は幸せになるといわれているらしい、が、現状隣国は大変な状況になっているのだという。目の前の少女は「お父様が保護した神子に不当な扱いをしたのではとか、本当は神子ではないのではとかいってたわ!」などと自信満々に言っていた。



 隣国ではそのこともあって、大変なことになるだろうといわれている。そしてこの俺がとらえられている国もどうなるか分からないらしい。

 俺が従順な態度を取って、少女を好いているという態度を見せているからか、目の前の少女は勘違いしている。



「何かあったら私のこと守ってね、ダッシャ」



 と、相変わらずのうっとりした目で俺に笑いかけるのだ。

 俺が何を考えているか、知らないままに。俺がこの伯爵家の中で聞き耳を立てて情報をつなぎ合わせていることも理解しないままに。

 ―――俺は周りに何をどういわれようと、どう見られようとも、この立場から逃げ出してみせる。




 ―――猫は、聞き耳を立てる。

 (そのとらわれている猫の獣人は、目的を叶えるために全てを欺く。同じ奴隷のものたちも、自身を好いている貴族の少女も。そして聞き耳を立てて、情報を集めている。すべては奴隷という立場から逃げ出すために)




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