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少女と、魔物退治 3

 魔物は、私に問いかける。



 時間はない。

 今にもシレーバさんを、口の中に引き込もうとしている。

 私はどうするべきだろうか。

 それを、長い時間をかけて考える時間はない。

 私が決めなければならないこと。他の人に判断を仰ぐ時間もないこと。



 私は。私は―――。



「シーフォ!」




 私は気づいたらシーフォのことを、呼んでいた。視界に入ったシーフォのことを。



 シーフォは、私の声にこたえてくれる。シーフォは、私の側まで来てくれた。私は、ガイアスたちが止める声を無視して、シーフォの上に飛び乗った。



「お願い、シーフォ。私を、あそこまで」



 悩んでいる暇なんてない。私は、私が思うように行動しなければならない。私は、もう失いたくない。だから、だからこそ、私は。



 止める声を聞いている暇はない。届いた手に引き留められる暇はない。

 シーフォは、私の言葉に、したがってくれた。私の目を見て、私が何かをしようとしていることを察してくれたのか、行動してくれた。私のことを、シーフォは信じてくれている。私のやろうとしていることなんて分からないだろうに、それでも私のことを、シーフォは信じてくれている。だからこそ、私を乗せて飛んでくれている。




 魔物、との距離が縮まっていく。

 魔物が、嗤った気がした。

 その魔物は、私という獲物を前に、私を食らえると喜んでいるように見えた。




 私は怖い。目の前の魔物のことが、恐ろしいと思っている。そんな魔物に近づくことだって、怖いのだと、ずっと思ってる。だけど、怖いからってなんなのだ。怖いからで動かなければ、私は失うだけだ。失いたくないと願った私が、だからこそ、誓った私が、………怖いからって動かないなんて出来ない。ううん、したくないから。



 魔物は、近づいてくる私を視界に留めて、シレーバさんを、離した。そして、私に向かって、それを伸ばす。

 だけど、私は、それに絡め取られてはあげない。


 魔物が、それに対して、動きを止める。









「私は……、食べられてなんて、あげない」




 私は、シーフォの上でその意思を口にする。

 魔物の動きは止まったままだ。その魔物は、私がおとなしくこの身を捧げるんだとそんな風に思っていたのだと思う。




 確かに……少し前までの私ならそうしたかもしれない。両親に捨てられて、皆と出会った頃の私だったら。

 だけど、皆が私を大切にしていることをしっている。実感している。自惚れなんかじゃなくて、それが事実なのだと嬉しいことに私はしってる。




 私は、初めて神聖魔法を使ってしまった時のガイアスの言葉を覚えている。私は、私がどうなったとしても、皆が助かるのはいいことだと思ってた。皆のことが大好きだから。自分を大切にしてくれとガイアスに怒られた。皆、私を大切にしてくれているんだって、そういってくれた。そんな風に怒られるのは初めてだった。そんな風に、大切だって言われたの初めてだった。そんな風に私のためを思って叱ってくれたのは初めてだった。



 ランさんと出会って、ランさんに言われた言葉も覚えている。誰かに皆を助けてあげるからと交渉されたらという話をした。私はそれはいい話ではないかとその時思った。だけど、その交渉に応じたとしても皆が幸せになれるかは分からないのだとも聞いた。装うだけ装って、そうならないこともあるのだと。正反対に傷つけられることもあるって。それにランさんもいってくれた。大切な人が犠牲になることを望んだりなんてしないって。




 そう、二人が教えてくれた。いってくれた。そして、皆が態度や言葉で示してくれた。




 だから、私が、此処で身を投げ出しても、皆は喜ばない。そもそも、私がこの身を捧げても、この魔物が皆を食べないとは言えない。



 ―――私がこんな近くまで近づいたのは、魔物を油断させようと思ったから。私が近づいたら、私は食べられるのだとそう思うだろうってわかったから。その心に響く声が、私は食べられるだろうって

 シーフォの上に乗ったまま、私は、その魔物を見据えている。




 魔物は、嗤っている。




《ほう、愚かな選択をする娘だ。ならば、無理やり喰らうまでだ》



 魔物の声が聞こえる。私を無理やり喰らうという声が。




 その言葉と同時に、止まっていた魔物の動きが、始まる。

 私を狙う緑色の、魔物の茎や葉。シーフォはその間を器用に駆ける。速いスピードで空を駆けるシーフォ。



 魔物は、私を、極上の獲物と認識している。だからこそ、その他大勢として認識している周りを食らうことより、私を食らおうとしているのだろう。



 私を狙ってる。



 その事実は恐ろしくて。シーフォに乗ったことは何度もあるけれど、こんなにスピードが出ているのも初めてで。私はシーフォの体に必死にしがみついていた。



 私はこれから、どうするべきだろうか。シレーバさんを離してもらうことは出来た。私に注目させることも出来た。皆、その間に行動を起こしてくれるだろう。あれだけあしらわれていても、皆が、この魔物を倒すことをあきらめていないことは十分にわかる。なら、私は? 私は、逃げ回っているだけでいいのだろうか。何か、こんなに近くにいるからこそ出来ることがないだろうか。




 私は魔力があって。神聖魔法の適性があることは分かっているけれど、他の魔法はどうなのだろうか。頑張れば使えるんだろうか。この魔物に効果的な魔法が。私はシーフォの体にしがみつきながらも、必死に願う。皆のために、何かがしたいと。この魔物に、効果的な魔法を使いたいと。

 そう、願った時、精霊樹がかすかに光った。




 ―――――少女と、魔物退治 3

 (多分、神子な少女はその魔物に対して答えを発する。魔物は少女を極上の獲物とし、その魔力を狙い、その手を伸ばす)





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