少女と、魔物退治に向けてのこと 1
「―――あの魔物は、およそ七年ほど前から精霊樹の麓に居座っている」
七年。
私は、おじいさんエルフ———シレーバ(ようやく名前を教えてくれた)さんの言葉を聞きながら、私が生まれてからの時間とあまり変わらないぐらいの長い時間をその魔物に、エルフたちが苦しめられていたことを考える。
エルフ、という種族は一般的に寿命が長いものであると聞いているからもしかしたらエルフの人たちにとっての七年は私が考えるよりもずっと短いことかもしれない。だけれども、大事なものが苦しめられる七年、というのはやはり大変な七年だと思う。
シレーバさんが語りだせば、その場に集まっているエルフたちが沈んだ顔を浮かべていた。
シレーバさんは、エルフや精霊たちがその魔物に喰われたといっていた。大事な存在が、魔物に喰われる。それを思うとぞっとした。
私のすぐ右には、私が契約しているグリフォンであるレイマーがいる。そしてその周りには、他の契約獣たちも。……皆も、魔物なのだ。私はたまたま………、運がよく、皆と出会えて、皆と契約を結んだ。そして皆と仲良くなれた。家族に、なれたんだって私は思ってる。
血のつながった家族を失った私が出会った、血のつながらない、姿形さえも違う家族。
だけど、世の中に色々な人がいるのと同じように、魔物にも色々な魔物がいて、全ての魔物と仲良くなれるわけではない。
「無論、我らとてその魔物の言うとおりに最初から生贄を差し出していたわけではない。あの魔物を倒そうと我らだって行動を起こしていた。しかし……あの魔物は我らには倒せなかった」
シレーバさんが悔しそうに言う。エルフが倒せなかった魔物。
「あの魔物は、我らの目の前で、我らの仲間を食らった。そしていつでも我ら全員を食らうことが出来るというのに、取引を持ちかけてきた」
「その魔物、喋れる?」
先ほど説明を受けた時には、疑問に思わなかったけれどふとその魔物は喋れるのだろうかという疑問が湧いた。
私の契約している魔物たちは喋れない。私とは契約を結んでいるからお話が出来るけれど、その魔物はエルフたちと会話が出来るということなのだろうか。
「……あの魔物は、念話―――心に話しかける技能を持ち合わせている。我らの心に直接話しかけてきた。我らは全員を食われるわけにもいかない。加えてそのまま放置すれば精霊樹をあの魔物はどうにでもできる。精霊樹を……そのままにしておくわけにはいかない。その結果、我らは……生贄を差し出すことになった」
エルフが倒せない、魔物。エルフたちがどれだけの力を持っているのか、私は未だわかっていない。エルフに会ったのは、シレーバさんたちが初めてだし、彼らが使う魔法もまだ、見ていない。
魔法が得意な種族であるエルフが倒せない、存在。
正直、どのような魔物なのか分からなかった。
「――エルフたちが倒せない魔物とは、どういった魔物なのだ? エルフたちは魔法が得意な種族であると聞いているのだが……」
オーシャシオさんが口を開いた。ドングさんは、シレーバさんの言葉に、考え込むような仕草をしている。
「……魔力を食らう、魔物だ。植物の魔物なのだが、魔法を食らう。我らが放った魔法を食らい、一部をどうにか出来たとしても再生をする」
「魔法を、食らう?」
「魔力があるものが全てあの魔物にとっての食料になりうるのではないかと我は踏んでいる。だからこそ、精霊樹という、魔力が溢れる樹の麓に居を構えたのだと思うのだが……」
精霊樹、見たこともないその樹について考える。
精霊が生まれ、精霊が育つ樹。エルフたちにとって、とっても大切なもの。そして、弱っているであろうに、私のいう事をきくべきだとシレーバさんに言ってくれた精霊。その精霊も、その魔物を倒すことが出来たら、お礼を言えるだろうか。どうしてそういってくれたのかも聞けるだろうか。
そしてその魔力が溢れる特別な樹の麓に、魔力を食料とするものが住まっている。魔法を食らう存在からしてみれば、魔力が溢れる精霊樹と、魔法の扱いに長けているエルフは喉が出るほど欲しい餌であるとも言えるだろう。
「魔法以外、使ったら?」
魔法を食らう存在、だというのならば魔法以外で攻撃すればいいという話ではないのだろうかと私は問いかける。
「魔法以外に我らは攻撃手段を多くは持たぬ。弓も上手くいかなかったのだ」
「……なら、獣人たちとか、グリフォンたちで行ったら案外通じる?」
「わからぬ」
エルフの攻撃手段は魔法。それでいて魔法を食らう魔物。相性が悪すぎる相手だ。だからこそ、シレーバさんたちはされるがままだったのだろう。それって、魔法以外のものが優れている種族と共に戦うことが出来たら解決が出来る問題であるのではないだろうか。
でもそっか、私たちだってエルフがここに住んでいることは知らなかった。エルフたちも他の種族がどこに住んでいるか正確に知っているわけではないだろう。それに、人間の国の中ではエルフを奴隷にするものたちも少なからずいる。
………そして、一番は、このエルフの集団の皆が他の種族のことを下に見ていて、協力をするという考えが浮かばなかったからというのもあるのだろうか。シレーバさんもようやく名前は教えてくれたけれど、人間のこと下等生物みたいに言っていたから。だから、私たちを見つけた時も、生贄にするという考え方になった。協力をするという考え方にはならなかった。
―――獣人の皆も、私が人間だからって最初は警戒していた。私が人間だから。ランさんのことも警戒していた。ランさんが人間だから。でも、今は仲良くしてくれている。それは、”人間”だからっていう括りが取れたからだと思う。人間だから、じゃなくて、私やランさんだから——って、そう見てくれたからだと思う。
エルフの人たちだって、今は”獣人”だから、”人間”だからって、そういう風に思い込んでいる。獣人は野蛮だって、人間は下の存在だってそんな風に言うのは、そういう括りでしかみていないからだって思いたい。そういうものなくせたら、仲良くなれるって信じたい。
「………まずは、そうだな。互いに何が出来るかということを確認し合っていこう。それから、またその魔物のことを詳しく聞き、対策を練っていくとしよう。俺たちはエルフがどのような魔法を使えるか、さっぱり分からない。シレーバ殿たちも、獣人がどのような戦い方をするかも分からないだろう。その段階では、どのように魔物と対峙していくかという連携が取れない。不本意かもしれないが、シレーバ殿たちの大切な精霊樹と精霊を守るためだと思って、どのような魔法が使えるかなど教えてくれないだろうか」
黙って話を聞いていたドングさんが、ようやく口を開いて言ったのはそんな言葉だった。
――――少女と、魔物退治に向けてのこと 1
(多分、神子な少女はそのエルフを苦しめる魔物についての話を聞く。そして様々なことを思考する)