少女と、エルフ 6
目が覚める。
瞳を開いた時、私は、見慣れない光景が目についた。
木の壁が、目について私はここはどこだろうと思った。そもそもどうして私は、意識を失っていたのだろうか。
そういえば、ランさんも一緒に歩いていたはずだけど、ランさんは? きょろきょろするけど、ランさんが居ない。ランさんも一緒にいたはずだけど、ランさんは何処にいるんだろう。扉がついている。殺風景な部屋? それにしてもここは何処だろう。木の中? よく分からない場所だ。
「目が覚めたか」
扉が開く。
開いたかと思えば、おじいさんエルフがやってきた。
おじいさんエルフは、私のことを見下ろしている。
「……ランさんは?」
私の口から洩れたのは、その言葉だ。ランさんは、何処にいるのだろうか。
「あの人間の女ならば、別の場所にいる」
おじいさんエルフは、私たちに名前を教えてくれないだけではなくて、私たちの名前だって呼ぼうとしない。私たちのことを、個別して認識しようなどと思っていないといったそんな態度だ。
「それで、貴様に聞きたいことがある」
おじいさんエルフは、私を見下ろしたままいう。私は、おじいさんエルフと一対一で対峙しなければならないことに正直ドキドキしていた。でも、おじいさんエルフとの会話はこれからを決める大事なことだと思えたから私はおじいさんエルフの瞳から目をそらさなかった。
「……聞きたいこと、何ですか」
「……貴様、精霊様を、見えている……いや、見えないにしても感じているな?」
「……精霊?」
私は聞かれた言葉に首をかしげる。
精霊を私が見えている? 見えなかったとしても感じている? 私が感じた不思議な気配が何か関係していたりするんだろうか。もしかしてあの時、感じたものが、精霊の気配だったのだろうか。
「……不思議な魔力、精霊の気配?」
私の言葉におじいさんエルフはため息を吐いた。
「人間が、それも魔法の魔の字も知らないかもしれない小娘に精霊様を感じることが出来るとは……」
「おじいさんエルフは、人間が嫌い?」
「おじいさんエルフとは、我のことか? まぁ、いい、我が人間に良い感情を抱くわけがなかろう。人間は魔法も使えない下等生物の分際で、我らエルフを奴隷にするような野蛮な生物だ」
「……人間にも、色々、いるんですよ」
「色々? 我が知る人間は少なくとも良い生物ではなかった。だというのに、人間が精霊様を感じ取れるなど……」
今まで表面上はにこやかに私やランさんに接していたおじいさんエルフだけれども、その実は、私たち人間のことをそんな風に考えていたらしい。エルフたちに会いにきた人間は、皆が皆、そういう悪い人間だったのかもしれない。だって普通に生活をしている人たちはまずエルフに会いに行こうとはしない。それどころか、自分が生まれ育った村から出ることも少ないだろう。私だってあんなきっかけがなければ、村から出なかったかもしれない。
「獣人、たちのことも、嫌い?」
「獣の血を引く野蛮な存在としか言いようがないだろう。魔法を使えるものが少なく、精霊様の恩恵を感じることもできないものたちをどうして好きになれと?」
酷い、と思う。だけど、これがおじいさんエルフにとっての人間と獣人の評価。でもどうして今まで私たちの前で曝け出すことのなかった、そんな本心をおじいさんエルフは私に言うのだろうか。分からない。分からないままの私におじいさんエルフは続けた。
「――――貴様は、不本意だが、精霊様のことを見ることが出来る。そのような存在を我らはぞんざいに扱うことは出来ない」
精霊、という存在はそれだけエルフたちにとって特別な存在であるのだろう。それが、おじいさんエルフの言葉からもよくわかる。
私は精霊を感じることが出来る。だから、エルフは私のことをぞんざいに扱うことは出来ないのだという。ならば、他の皆は? 私のことはぞんざいに扱えないとはいっているが、他の皆のことを、おじいさんエルフたちはどうするつもりなのだろうか。
「―――他の、皆はどうなるの」
「生贄だ」
「……いけ、にえ?」
聞きなれない言葉。だけど、意味は知っている。ランさんに教わった勉強の中にもあった。恐ろしい存在相手に人を供物として捧げる、そんな行為だと。皆を生贄にしようとしている、その事実に頭が真っ白になった。
「……精霊に?」
「馬鹿なことを申すな!!」
恐ろしい存在、自分たちより格上の存在、そういった存在相手にそういう行為をするのだと、そんな恐ろしいことを行うことがあるのだと、そんな風にランさんはいっていた。だから口にした言葉に、おじいさんエルフは違うと叫んだ。
精霊が、そんなことをすると口にしたこと自体に怒っている、そんな態度に見えた。おじいさんエルフは怒っている。キツイまなざしで、私を見てる。
怖い、と思った。
でも、聞かなければと思った。
「じゃあ、誰に? それに、歓迎するって言っていたのに」
「……歓迎するといったのは、生贄としてだ。それ以外に、我らエルフが人間と獣人を受け入れるはずがなかろう。下等生物であろうとも、代わりに(・・・・)生贄になるぐらいの価値はあるのだから」
おじいさんエルフがいった言葉に、私は引っかかった。代わりに、と言った。代わりに、とは、誰の代わりに? そう考えた時、私はつぶやいていた。
「エルフの、代わり?」
エルフたちは、私たちよりも数が少なかった。それが当たり前だと思ってた。でもそうではなかったら? もとは、もっと多くのエルフがここにいたとしたら? それが、おじいさんエルフの言っている生贄、とされる行為によって数を減らしていたのだとしたら?
「誰への、生贄?」
精霊ではないという。エルフたちが信仰している精霊への生贄ではないのだと。ならば、誰に? 魔法が得意で、凄い存在であるエルフたちが生贄を捧げなければならない相手って、誰なんだろう。
そう思考する私の目の前で、
「魔物だ。知性のある魔物。――――貴様らが引き連れているグリフォンやスカイホースのようなな」
おじいさんエルフはそういった。
――――少女と、エルフ 6
(多分、神子な少女はおじいさんエルフと会話を交わす。そして彼らの真意を知っていくのであった)