女史、頭を悩ませる。
お姉ちゃん側の話
「嫌よ!! どうして神子である私がそんなことをしなければならないのよ!!」
「ですから、神子とは特別な存在であるため勉強をしなければならないのです。どうか、わかってください」
「何よ!! 勉強なんかしたくないわ!!」
目の前でわめき声をあげている少女———神子として村から連れてこられたアリス様。
アリス様は齢七歳にして美しい見目をしている。両親は一般的な村人といった感じだったが、アリス様は村人には見えない。黄金にきらめく美しい艶のある髪に、整った顔立ちを持つ。その神秘的な見目に、私は初めてアリス様を見た時、これが神子様かと感動したものである。
しかし、今、私、ランドーノ・ストッファーはこれが神子様かと遠い目になりそうである。
私はこの国、フェアリートロフ王国の伯爵家の四女として生を受け、神学という神様や神子について学んできていた。もちろん、他の分野の勉強もしていたが、神や神子について学ぶことが一番楽しかった。勉学の道に進んだ私は、貴族の子供などに勉強を教える仕事をしていた。勉学の道に進んだ結果、結婚をしないままもうすぐ二十歳になり、行き遅れになってしまっているが後悔はない。
そんな私に神子様の教育係の仕事が舞い込んで来たときは、喜んでうなずいた。が、アリス様は思ったよりも手のかかる方であった。
「アリス様、勉強は大事なのですよ。神子という存在は様々な力を持ちます。それを正しく使わなければならないのです」
神子、とは神に愛された子である。過去に神子が現れたのは百年以上前なので、文献も少なく、正しい神子の力というものは私も把握は出来ていない。
ただ、神子は神子を愛している神の影響力の強い存在に愛されたり、天候を操れたりなどといった記録は残っている。この世界には何柱もの神が存在している。どの神の神子であるかによって、違いがあるらしいということは研究の結果わかっている。神子とはいえ、万能ではないのだ。
例えば、百年前に存在した神子は氷神ヒョウノ様の神子で、水の精霊様たちと親しくしていたという記録が残っている。
「そんなの知らないわ!!」
アリス様は私が勉強は大事だと伝えてもそういった。そして立ち上がり、
「私はやらないわ!!」
と宣言して部屋から出ていってしまった。
私はアリス様が出ていったあと、はぁと溜息を吐く。
本当にあれは、神子様なのだろうかと。
元々この国で神子が現れたのではないかとささやかれ始めたのは最近である。七年前から、この国は天災に見舞われることが少なくなった。それ以前まで作物の出来が悪かったりしていたのだが、それもなくなった。それでいて国が順調に栄えていっていた。それは当初は国王陛下の政策によるものとされていたが、それにしては順調すぎる。
もしかしたら、神子様が現れたのではないか、とささやかれ始めた。
神子様がいるのではないかという発見が遅れたのは、この国で唯一神の声を聞くことが出来た存在が八年前に亡くなっていたからだ。今回の神子様がいる場所を把握出来たのは、十数人の神官たちが神殿に伝わる儀式を行い、どうにか神の声が聞けたからだと聞いている。神託を聞けたあと、その十数人の神官たちは儀式の影響でまだ臥せっているそうだ。
……この国が神の声が聞ける存在の育成に失敗したからこそ、神子様をすぐに保護することもできなかったという話である。
神子の歳、神子がどこにいるか、などを聞くことが出来、こうして神子を保護することが出来たものの、その神子様がこんな性格で、我儘だなんて。
どうにか勉強をさせようとしているけれど、中々上手くいかない。
また神子という存在は、生物に祝福を与えられる。そしてその祝福を与えられた存在は騎士と呼ばれる。百年前の神子が祝福を与えた存在は英雄と呼ばれるにいたった。
文献を読み解く限り、全てのものに祝福を与えられるわけではなく、祝福を与えられる存在は数が限られているようだけれど、祝福を与えられ騎士になれたら力が手に入ると書かれていた。
神子から祝福を受け取り、『神子の騎士』になりたいものは数多く居る。
「……これから、公の場にも神子として出るならあれじゃ駄目だもの。でも、マナーなどもアリス様はちゃんと学んでくれるかしら」
神子と縁をつなぎたいというものは沢山いる。王侯貴族も例外ではない。王侯貴族とかかわり合うならもっとマナーなどの勉強も必要である。しかし、私は……アリス様がそれを学ぼうとするとは思えなかった。
神子を不愉快にさせないように、神子に気分よく過ごしてもらうように、などとそんな風に上から言われている。それでいて学ぶべきことは学ばせるように……って、難しい。
というか、勉強しようと言っているだけでアリス様は不愉快な気持ちになっていると思う。神子であるアリス様に悪い印象をもたれたら、神罰でも下るのではないかとはらはらしていたけれど今の所それはないからどうにか注意はしている。
叱っても、神罰はくだらないのではないか……と思うのだけど、そうなったらアリス様は周りに泣きつきそうだ。ただでさえ、「嫌がるアリス様に勉強を強要するなんて」とアリス様の世話係にも言われてしまっている。
……上からは学ばせるように言われているし、アリス様はああだし、周りはアリス様を困らせないようにというし、私はどうするべきなのだろうか。
―――女史、頭を悩ませる。
(姉の教育係になってしまった女性は、困っている)