少女と、誕生日 1
「そういえば、レルンダ、貴方はもうすぐ誕生日ではないですか」
そういったのは、ランさんだった。
あれから数日が経過している。結局まだアトスさんにも私が神子であるかもしれないことを告げていない。いつか、言わなければならないかもしれないが、どのタイミングでいうべきか、今の、猫の獣人たちのことでばたばたしているアトスさんに告げるべきことなのか、そういうことを悩んだ末、まだ言えていない。
誕生日、というランさんの言った言葉に私が思い出すのは、これまでの誕生日だ。
基本的に何月生まれ、などでまとめてお祝いをするのが私の住んでいた村の習わしだった。だけど、姉が特別であったあの村では、姉の誕生日——要するに私の誕生日には姉を盛大にお祝いしていた。姉だけをお祝いし、姉に貢物を捧げ、姉に「おめでとう」と言う日だった。私は雑用を言いつけられて、一人でぽつんとしていた。姉に「おめでとう」と言うこともなかった。誕生日などという、姉が主役である日に私が姉に近づく事は許されていなかった。
ランさんは、姉の教育係をしていた関係で誕生日を把握していたのだろう。
「……ん、そう」
「なら、お祝いをしなければなりませんね」
「お祝い……」
「どうしました?」
「……誕生日、姉、お祝いする、日。私、……今まで、お祝い、されなかった、から」
誕生日は姉をお祝いする日だった。私はお祝いなんてされた事なかった。おめでとう、って姉が言われるのをずっと見ていただけだった。誕生日はそういうものだって、そう考えていた。姉をお祝いする日である誕生日に、……今までお祝いなんてされた事がなかった私がお祝いなんてされるのだろうか。なんだか、不思議で、実感がない。
そう思っていたら、ランさんにぎゅっと抱きしめられた。
「なに?」
「……お祝い、しますからね。アトスさんやガイアス、それに新しく村に加わった猫の獣人さんたちも、皆で、お祝いをしましょうね」
「……皆、で?」
「ええ。だから楽しみにしていてください」
「ニルシ、さんたち……祝う、してくれない、思う」
ニルシさんたち、猫の獣人たちは人間を警戒している。私とランさんの存在を受け入れて、だからこの村の住人になった。だけど、私のことを時折厳しい目で見ていることも知っている。
ニルシさんの話を聞いた後、アトスさんは彼らとこれからどうするべきかという話を続けている。まだ、どのようにすべきかという結論は出ていない。だから、少しだけ村はピリピリしている。
これから、どうなるのだろうか、そんな不安を皆が感じているのがなんとなくわかる。
特にニルシさんたちは、自分たちの村が襲撃に合ったというのもあっていつもこわい顔をしている。そんなニルシさんたち、猫の獣人が私を祝ったりするのだろうか、と思った。
「祝ってくれますよ、きっと。いいえ、祝ってもらいますわ」
ランさんはそういって、私に笑いかけた。
お祝い、してもらうか……。それを考えるだけで、やっぱり不思議な気分になる。
ランさんと別れた後、私はレイマーの金色に輝く羽毛に体を預け、空を見上げながら考える。
誕生日お祝いしてくれると、ランさんは笑ってくれた。私がおめでとう、といわれることなんてきっとないだろうと生まれ育った村で考えていた。楽しい誕生日は姉の特権なんだと、そんな風に思っていた。お祝いしてくれるっていうだけで、嬉しいと思う。その言葉だけでも私は幸せだと思う。
不思議な気分、想像出来ない。けど、幸せ。
「ぐるぐるぅう?(どうしたのか?)」
「考え、ごと」
猫の獣人たちが来て、神子のせいでこうなったのかもと悩んで、ランさんに吐き出して。ランさんと思いっきり話してちょっとだけ安心したあとも、神子と、その影響について悩んでしまう。どうするのが一番正解なのか、分からない。そんな問題が今村で起きている。
そんな中で、誕生日のお祝いなんてしてもらってもいいのだろうか。ランさんがお祝いしてくれるといってくれたのは嬉しかったけれど、そうも思った。
「ぐるぐるぐるるうう(お祝いしてもらうのだろう)」
「レイマー、聞いて、た?」
「ぐるぐるうう(近くにいたから)」
「お祝い、してもらって、いいの……かな」
「ぐるぐる、ぐるぐるるぐるる(レルンダ、何も考えずに祝われればいい)」
「考え、ずに?」
「ぐる、ぐるぐるるっるるる(そう、何も気にせずただ祝われればいい)」
レイマーは、続ける。優しい目が、私を見ている。
「ぐるぐるぐるぐるるるるっるる(子供は難しいこと考えずに大人に守ってもらえばいい)」
「……そう、かな」
「ぐるぐるぐるぐるぐるるるうるうう(お祝いしてくれるというのだからいいんだ)」
「……うん」
レイマーと会話をしながら眠くなって、気づいたら体をレイマーに預けて私は眠ってしまった。
――――少女と、誕生日 1
(多分、神子な少女の誕生日がもうすぐ訪れる)