少女と、獣人の話 2
「襲われ、た?」
私は思わず、そう口にしてしまった。私は、襲われるとか、そういう目に合ったことがない。誰かに襲われるって、怖いことだとは思う。そういう恐ろしい目に、猫の獣人たちは合った。私と同じ人間が、合わせた。
「そうだ。俺の村は人間に襲われた。俺やここにいる者たちはどうにか逃げ出すことが出来たが、おそらく何人もの獣人が既に捕まっているだろう。村には、もう、戻れない。だから……ここに来た」
彼が語る中で、他の猫の獣人たちは下を向いている。
人間に襲われた。逃げた。でも捕まった人もいる。そして、戻れない……。私には、故郷の村に戻りたいという気持ちはない。だけど、この大好きな獣人の村に戻れなくなったら悲しい。考えただけでも悲しい。
猫の獣人たちにとって、生まれ育った村。そして大好きな人たち。村に帰れなくなって、大好きな人たちが奴隷なんてものになる。悲しい。誰かの大切な場所を奪うとか、そういうこと、何で出来るんだろう。
考えただけで、凄く悲しくなってくる。
「……捕まった、人……どう、なる、の?」
此処まで逃げてこれた猫の獣人さんはまだしも、捕まった人たちはどうなるのだろうか。捕まっているのをどうにかできたり、しないのだろうか。
「奴隷になる。……奴隷として、こき使われるだろう、な」
「助け、には……」
「行けるなら行きたいさ!! でも、人間の国相手にそんなこと出来ない!! 俺だってお前に言われるまでもなく、助けたいさ!! 助けたくないわけないだろう!! でも、助けられねぇんだよ!!」
怒鳴られて、びっくりした。助けたい。けど、助けられない。それは、とっても悲しいことだ。助けたい人を、助けられない。大変な目にあっているのに、どうにもできない。
もし、ガイアスとかが、そんな目にあっていたら、そう考えると胸が締め付けられる。
「……怒鳴って、悪かった。まだ、子供だもんな。わかんねぇよな」
怒鳴った猫の獣人は、そういって、申し訳なさそうな顔をする。
「だい、じょう、ぶ。私も聞いて……ごめん、なさい」
獣人の人たちが、人間を警戒するのは当然のことなんだと私は実感した。
「ニルシよ、それで、襲ってきた人間の国というのは……」
「多分、ミッガ王国だと思う。鎧とかに、そんな感じの紋章がついてたから……」
「では、どうして、そのようなことに……」
「……ある国が、神子という存在を見つけたらしい」
私は、その言葉に、思わず息を呑む。
「襲ってきた連中の言動からの推測だが、その神子を見つけた国に対抗しようとして奴隷を増やそうとしているみたいだ」
神子。
神子を見つけた国。
その国に対抗するために、獣人たちを奴隷にしようとした。
「神子か……。神に、愛された存在とされているものか」
「そうだ。それが、現れたらしい。ミッガ王国が奴隷を増やそうとしている噂は聞いていたが……、神子なんてものが現れているとは思ってはいなかった。ただ、確かに……同じ人間まで奴隷として増やしているという話だったから、何か起こっているとは思っていたんだ。まさか、俺の村が、そんな目に合うとは思わなかったけれど」
ニルシと呼ばれた猫の獣人が、語る言葉。
私は、その意味を理解しようと思考し続ける。
神子。神子が現れて、神子を、国が手にして。そして他の国が、神子を手に入れた国に対抗するために、奴隷を増やそうとしていて。
人間は、同じ人間でも、奴隷にしていて……。ニルシさんの村の人たちも少なからず奴隷になっていて、それは助けられなくて。
頭がこんがらがってくる。
きっかけは神子。
神子は、私かもしれない。
私が、居たから? 私が居るから、こんな悲しいこと起きるのだろうか。私が、居なかったら、悲しいこと、起きなかった?
「レルンダ、どうした?」
「……なんでも、ない」
本当に神子かなんてわからない。かもしれない、って思うこともあるけれど。頭の中がぐちゃぐちゃ。
ガイアスは、私が、神子、かもしれないって知ったら私のこと嫌いになるのかな。何だか、怖いなと思った。
「そうなのか……。神子が現れているとなると、これからどうなることだか」
「神子を手に入れている国が、どんな行動に出るかもわからないしな」
両親がもし、私を捨てずに、私も娘として認めていたら私も神殿に引き取られていたのだろうか。そしたら皆に会えることもなく、人間と獣人の確執とか、そういうのを知らずに生きていたのだろうか。捨てられて、大好きな人たちと出会って、大好きな人たちの事情を知って。今、私が神子かもしれないから、私のせいかもって、苦しい。苦しいけれど、両親に捨てられて、皆に出会えてよかったと心から思えて。
「……難しい問題だな。これからのことを考えなければ」
「ああ」
「ニルシ、お前たちのことも、これから逃げてくる者がいれば俺はレルンダたちのことを受け入れてくれるなら、喜んで受け入れる。これからの話は、また明日しよう。今日はもうお前たちも疲れているだろう。ゆっくり休むがいい」
アトスさんはそういって、ニルシさんたちを促す。ニルシさんたちはお礼を言って頷いた。ニルシさんたちはそのまま、アトスさんの家で眠ることになっているようだ。
アトスさんは、私に、
「難しい話になってすまない」
と、そういって、私はもう帰るように言われた。
そして私は、ずっと黙って話を聞いていたランさんと共にアトスさんの家を後にするのであった。
――――少女と、獣人の話 2
(多分、神子な少女は猫の獣人の話を聞いて頭を悩ませる)