少女と、前触れ 3
「アトスさんが呼んでいる」
ガイアスとお話をしていたら、そんな風に私たちに声がかかった。アトスさんが私とガイアスを呼んでいるらしい。ということは、猫の獣人たちとのお話は済んだのかな。
どんな用件だったのだろう。
私はそんな思いにかられながら、ガイアスに手を引かれる。ガイアスは、私の手をよく引く。手を引かれるの、結構好き。
アトスさんの元へ向かう中で、声が聞こえた。
「どうして、ここに人間がいるんだ!」
私への言葉かと思って、少しびくっとしたけど私に向けてではないみたい。声をしたほうを、ガイアスと共に覗き込む。そうしたら、ランさんが猫の獣人たちと対峙していた。
猫の獣人たちの耳と尻尾は、ガイアスたちとは異なる。猫の耳、さわり心地よさそう。
ランさんは、猫の獣人たちに睨まれているけれど堂々としている。凄い。
「そんなに怒鳴る事はないでしょう。私は確かに人間ですが、貴方たちのご迷惑をかけることは行っておりませんもの」
「はっ、そんなことを言っても人間だろうが」
「貴方たちは、もし私が獣人をひとくくりにして語ったらどう思われますか。私は獣人がそうではないことは知っておりますが、私の故郷では獣人は野蛮で、理性の欠片もない獣だなどといっている者もおりますわ」
「なっ!!」
「そう、決めつけられたら貴方だって嫌でしょう。私だってそれと同じで嫌ですもの。確かに人間の中では……、貴方たちに酷い真似をするものは多く居ますが、私は少なくとも獣人たち相手にそのような決めつけはしていないつもりですわ」
ランさん、凄い。堂々としている。獣人の人たちって、人間よりも身体能力が高い。それにランさんはこれといって戦う力を持たない。でも、堂々と意見を言えるのって凄いなと思った。
「貴方たちが人間に悪感情を持っているのも当然ですわ。話を聞いている私でさえも同じ人間として不愉快な気持ちになりますもの。でも私はそういう人間ではありませんわ。私がそういう人間であるというのならばそもそも私がこの狼の獣人の村で生活していくことを許されるはずがないではありませんか」
猫の獣人たちが人間に悪感情を持っていることは当然のことと、ランさんがいっている。人間が何かしてしまったのかな。人間のせいで、もしかしてこうして予想外の時期に狼の獣人の村に来る事になったのかもしれない。
ランさんと猫の獣人さんたちの様子を見守っていたアトスさんが、こちらに気づいた。
それと同時にランさんと猫の獣人さんも気づく。
「人間の、子供!? お前たちはどうして人間を一人だけではなく、二人も抱えているんだ! 人間が俺たちに何をしてきたか理解していないのか!?」
猫の獣人さんは私を見てまた叫んだ。人間が、何をしてきたか。
私は人間が獣人に何をしてきたか、いや、今もなお、何をしているか本当の意味でわかってはいない。
人間を警戒していた獣人たち。少しだけは聞いた。人間である私を、アトスさんやガイアスたちは受け入れてくれた。そのまま、深く人間と獣人の確執を考えていなかった。私が人間で、皆が獣人である。その事実がある限り、いつか向き合わなければならない問題であるのに。
「理解はしている。理解していないわけはない。ただ、全ての人間がそうであるか分からないだろう。それにレルンダたちはそういう人間ではない。我らにとってはもう村の住人になっているのだ。だから、我が村でお前たちが暮らしていきたいと思うのであるのならばここで暮らしている人間のことは受け入れてほしい」
アトスさんがそんなことを言った。
猫の獣人さんたちは、ここの村に住みたいという話のようだ。アトスさんが、私のことを守ってくれているのが嬉しいと思った。
「……それは」
「私……皆、好き」
言葉に詰まった猫の獣人さんに、私は声を発した。
「………私、村、皆、だい、好き」
大好き、そう心から思う。
「猫、獣人さん」
私はこちらを見つめる彼らをじっと見つめる。
「私、猫、獣人さん、好き、なりたい」
皆大好き、そして猫の獣人さんたちのことも好きになりたいと思う。私は人間で、彼らは獣人。だけど、私は彼らのことを好きになりたい。私が人間だから嫌われているかもしれないけれど、好きになってくれたら嬉しいと思うから。
猫の獣人さんたちは私に驚いた顔を向けている。そんな彼らに私は続けた。
「私……レルンダ、よろ、しく」
まずは自己紹介と、挨拶をした。そしてガイアスと手をつないだまま、ぺこりと頭を下げる。
「あ、ああ……よろしく」
「ん」
よろしく、と言ってくれたことが嬉しかった。嬉しくて思わず笑みが零れた。よろしくって言って、よろしくって返されるのって嬉しいなと改めて思った。
「人間が何故ここにいるのかも含めて詳しい話は、俺の家でしよう。レルンダ、これから俺たちは子供には難しい話をするから、ガイアスと一緒に帰っていていいぞ」
アトスさんはそういった。今から難しい話をするらしい。それを私やガイアスには聞かせないようにって。でも私は……。
「アトス、さん……私、知りたい」
知りたいと思った。
難しい話でも、知らなければならない話だと思ったから。
そういった私に、アトスさんは考えるような顔をして、結局私に話を聞かせてくれることになった。
――――少女と、前触れ 3
(多分、神子な少女は猫の獣人たちと出会った)