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99話 悪党と小悪党

「VIPルームが騒ぎになってるだと?」


「は、はい。一人のゲストが馬鹿勝ちしてますボス」


 『ゴールドラッシュ』の一室。カジノのオーナーが使う執務室と言うには豪華すぎる部屋にて、女を両脇に侍らせて、豚のようにでっぷりと太った男がソファに座り、震えるスタッフの報告を聞いていた。


 その報告に忌々しそうに舌打ちをしながら、女の差し出すワインを飲む。


「ゲストってことは、常連客じゃねぇのか。ちっ、そんなに勝ってるのか………」


 苛立ちを示すかのように、しかめっ面となり、報告をしていたスタッフが体を震わす。このボスの機嫌は山の天気のようにコロコロと変わり、怒鳴られる、殴られるならまだマシ。殺されることもあるのだから当然だ。


 男の名前は槍田正勝。まだ20歳になったばかりで、武装家門槍田家の次男だ。20歳にしてはすでに不健康さが顔に現れて、醸し出す空気は退廃的だ。


「くそっ、この間のガキの件もあるからな………。ここでイカサマだと捕まえるのはまずい。常連客が怪しく思っちまう。見逃せ。運の良い野郎だ」


 この間、たった一回大金をかけて勝ったガキ、クリシュナのことを思い出し、顔を顰める。イカサマなのは確実だが、そのネタはわからなかったのだ。聞こうとしても、今のクリシュナには手が出せない。


 イカサマだとわからない時点で、大勝ちした男を捕まえれば、他の客は大勝ちした場合は同じ様に捕まえられると考えて正勝のカジノから離れていくだろう。一晩で数十億エレは動くVIPルームで、そんなことはできなかった。


 ━━━そう、できないはずだった。


「あ、あの、それが……普通の勝ちじゃないんです」


「あぁん? 百億とか持っていかれたか?」


 珍しく口答えするスタッフに怪訝な顔をして尋ねると、震えるようにコクコクと頷く。


「その………一兆エレ以上勝たれてます」


「はぁ? ………今なんつっった?」


「毎回百億エレを……ルーレットの00に賭けて………。もう8回連続で00が出てるんですボス!」  


 スタッフの言葉を頭が理解しなかった。なにを言ってるのか意味がわからない。1兆エレ勝たれてるのも信じられないが、連続で00が出てる?


「ま、魔法感知は!?」


「ありません。魔力を見ることのできる人間に見させましたが、魔力を感じることもないんです」


 つばを飛ばしながら報告をしてくるスタッフに、正勝は顔面が真っ赤となる。


「監視カメラだ。カメラを見に行くぞ!」

 

「は、はい!」


 足早に監視室に向かい、壁に設置してあるモニターへと急いで駆け寄る。部下の報告は馬鹿馬鹿しい内容だが、本当ならば極めてまずい。


 モニターの一つにはルーレットの場所が映っていた。そこにはサングラスをかけた男と、山と積まれたコイン。そのコインを一掴みして、他のスロットとかに行って負けては戻ってコインを集る美少女がいたが、それはどうでも良い。


『上限なしなのに、百億エレが限界とは残念だ。看板に偽りがあるんじゃないかね? では次も00にベッドといこう』


 男が00に一億コインの山を置く。ディーラーは蒼白となり、もはや震えを隠さずに、もはや玉を放ることもなく、動きを止めている。


『ほら、次はきっと00以外が出るさ。なにしろ8回連続で00が出てるからな。ほら、放り給えよ』


 薄笑いを浮かべて、ディーラーを甚振る男。その異様な様子に周囲の観客は息を呑み、一言も喋ることはない。


「くそったれ! 魔法感知は? 本当になにもないのか!?」


「はい。全く痕跡がありません。運としか思えないんです」


「そんな訳あるか! 観客はイカサマだと確信してるぞ! この間のガキの件もある。きっと店側のイカサマを利用されていると思っているはずだ!」


 こんなことはありえない。それは賭けているサングラス男もわかっているだろう。ここまであからさまなイカサマだ。わざとやっているのだ。


 爪を噛み、苛立ちで足を踏み鳴らす。


「この噂が広がれば、確実にVIPは来なくなる。畜生、親父に無理を言って任してもらったカジノなのに、これじゃ後継者争いも脱落だ!」


 魔法がある世界だ。だからこそイカサマをせずに作ったカジノであるのに、これではもはや早晩潰れるのは間違いない。槍田家の大事な収入源であるのに、これではパーだ。


「資金力で、他の兄弟を上回ることができたと思ったが………この間のガキや、支援したアベージと続けて厄災が起こりやがる。誰だ? どこのもんだ? 兄弟たち……はありえないな。さすがに家門の大事な収入源を潰せねぇだろ。とすると他の家門か………」


 どこの家門が喧嘩を売りに来たのかと考えて━━━歓声が起こる。慌ててモニターへと視線を移すと、ディーラーのアホが玉を投げており、00に止まっていた。


『また、00だ。どうなってるんだ?』

『ここはイカサマのカジノだったんだ!』

『くっ、槍田家は赦されないことをしましたな』


 観客たちは正勝の予想通りの会話をし始めている、早くこの事態を止めないと本格的にまずい。


「まずい、厄介な展開になってやがる。おい、お前、兵隊を集めろ! あの男をぶち殺すぞ」


「わ、わかりました! あいつはどういう理由で殺しますか?」


「魔法感知装置を止めろ! 密かに魔法感知装置を止めてイカサマをしていたことにするんだ。そして、俺たちは魔法感知装置が停止していた証明をするために、魔法でぶち殺す!」


 魔法感知装置は発動したらバカでかいアラームが鳴る。だが、止められていたためにイカサマが気付けなかったことにすることとした。


 十分ありえることだし、しかも相手は喧嘩を売るためにわざと00を連続して出しているから説得力があるだろう。


 部下が慌てた様子で連絡をして、精鋭たちがドヤドヤと集まってくる。全員が緊張した顔で、なんのために集められたかわかっていた。


「お前ら、かちこみにきた野郎がいる! 遠慮はいらねぇ、観客を追い払って、すぐに攻撃だ。行くぞ!」


「わかりましたっ! 行くぞ、てめえら!」


 部下たちが気合を入れて、正勝はエレベーターへと向かうのであった。


         ◇


「てめぇ、よくも魔法感知装置を壊してくれやがったな! おい、戦争に来たんだろ、どこのもんだ、こらぁっ!」


 慌ててルーレット台に向かったところ、サングラスの男は逃げずに、手に待つグラスからワインを飲み、唇を湿らせていた。正勝率いる総勢30人程を前にしても焦ることなく、余裕の態度だ。


「あぁ、そういうことにしたのか。まぁ、そうだよな。そうしないとこのカジノはおしまいだ。いや、とっくに終わっていたのかもな」


「そんなわけねぇだろうが。ここは健全なカジノだ。分かり易い挑発しやがって、なんのつもりだ?」


 ことさらに大声で相手の男の言葉を封殺して凄む。正勝の対応は結構な説得力があったようで、戦争を開始するつもりなんだろうと、半分以上の客は逃げていた。残りは離れた場所で面白そうな催しだと、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。彼らは自身の腕に自信があるのだろう。


 そして、正勝自身はこの騒ぎは戦争のきっかけに過ぎず、イカサマだとは思われない流れだと安心しつつも、サングラスの男を前に緊張していた。


 なぜならば、この結果になるとわかっているのに、サングラスの男は愛人らしき女と二人だけで訪れているからだ。それは、男が腕におぼえがあることを示していた。見かけはチンピラに見える服装だが、雰囲気は強者のものだ。女の方は、スロットにコインを入れて、全然当たらないと叩いていたので、単なる行きずりのアホな女と思われる。


「さて、このカジノ。裏の商売に励んでるだろ? 借金苦で首が回らないやつを捕まえて、地下に拘束してるだろ? その家族も合わせて捕まえて、奴隷のように売り払ってるだろ? どうだ、人身売買は儲かってるか? それとも盗賊たちへの支援で利益が出てるのかな?」


 バレている。正勝は武に自信がないために、資金だけで勝負をするつもりだった。そのために金持ちの変態に女を売り払い、男はダンジョンの囮や魔法実験の生け贄として、密かに売っていた。入手先は密かに支援していた盗賊たちからだ。そこに罪悪感はなく、金になるのを喜ぶだけだった。


 継承権争いには莫大な資金が必要な為に動かしていた商売がバレていた。そのことに背筋がゾッと寒くなり、顔を険しく変える。


「こいつを殺せっ!」


「はっ!」


 決断は一瞬だった。鋭い声音で指示を出し、高い金を払っている精鋭の部下たちはすぐに行動に移した。


 部下たちはそれぞれ億エレするインナースーツ型精霊鎧をスーツの下に着込んでおり、座ったままのサングラス男へと一息で間合いを詰めると、ナイフを取り出して踊りかかる。


 その間、2秒足らず。瞬きの間にサングラス男は切り刻まれて絶命する。そう思われていた。


 だが、斬りかかれた瞬間にサングラス男は宙へと軽やかに舞って、男たちの頭上を通り過ぎ、ルーレット台へと立つ。部下のナイフに切り刻まれて椅子がズタズタとなり、床に無惨な残骸となって転がる。


「気の早い男だ。まァ、短気だからこそ、槍田家の次男なのに犯罪に手を付けたんだろうがな」


 その様子を見て、サングラスの位置を直しつつ男は酷薄な笑みを浮かべる。


 踊りかかった男達が馬鹿にするサングラス男へと再度の攻撃を仕掛けようと、構え直し━━━。


「雑魚は必要ないんだ、悪いな」


 パチリとサングラス男が指を鳴らすと、何も無いはずの空間に鉄の板が現れて、跳ねるように飛ぶと部下たちにめり込んでいく。


 精霊障壁が発生するが、強引にこじ開けて、そのまま吹き飛ばすと壁に縫い付けるように押し付けてしまう。


「なっ!? 精霊障壁が」

「この板、ただの鉄板じゃねぇぞ」

「がっ、す、すげえ力だ。押し返せない!」


 なんとか鉄板を押し返そうと力を込めるが、どんなに力を込めても押し返すことができずに苦悶の表情となる部下たち。


 億エレ超えの精霊鎧だ。その性能は一トンの重さでも持てるはずであるのに、びくともしない。その理由のわからない光景に青ざめつつ、正勝は後ろにいる残りの部下へと怒鳴りつける。


「くっ、お前らも奴を倒せ!」


「はっ! グハッ!」


 残りの部下が構えると同時にまたもや何枚もの鉄板が出現して、正勝の横をフリスビーのように飛んでいき、残りの部下たちも壁に磔となるのであった。


「えーと、1つ目のクエストは終わりかな?」


 なにかよくわからないことを口にして空中を見るサングラス男を見て、正勝は踵を返して走り出す。


(こいつ、とんでもない腕だ! 逃げねぇとやべぇ! ち、地下室だ。地下室に行けば!)


「プライドがないんだなぁ。だが、それでこそ連鎖クエストが発生して助かるというものだ」


 またもやよくわからない呟きが聞こえたが、恐怖に顔を歪めて走る正勝に気にする余裕はなかった。

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