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98話 カジノの小悪党

 『ゴールドラッシュ』。『パウダーオブエレメント』でいくつも存在するカジノの中で一番大きなカジノだ。


 中に入ると、スロットの音や人々の悲喜こもごもの叫び声が聞こえてくる。床には絨毯が敷き詰められて、天井にはシャンデリア、カジノ内はとても広く、端まで見通すのは難しい。真ん中には噴水が存在し、綺麗な清流が流れており、バニーガールがドリンクを注がれたワイングラスを載せたトレイを手にして、笑みを浮かべてその魅惑的な肢体を見せながらお客へと配っている。


 ゲームの種類は様々で、スロットからハイアンドロー、ルーレットからカードゲーム、仮想モンスターバトル。魅力的なゲームが多数ある。


 入店するだけで心が浮き立つ世界。それがカジノだ。前世ではラスベガスに行きたかったが、結局行くことはなかった。


「現実にカジノが目の前にあると思うと、ウキウキするな」


「楽しそうだね。ふふふ、私の高度なる演算能力を見せちゃう時さ。勝利する可能性が高いのはカードゲーム!」


 ふふふと笑いサングラスの位置を直す小悪党に、ぷにんと柔らかな胸を押し付けるように抱きしめてくるのは、ライブラだ。いつもの巫女服ではなく、扇情的な真っ赤なドレスに着替えている。胸の間のスリットがえぐいし、肩も出しており、男たちはライブラへとチラチラと視線を向けて、鼻の下を伸ばしていた。エロ美少女此処にありといった感じ。


「最近影が薄いような気もするから、私の力を見せないといけないと思うんだよね。まずは1千万使うんでしょ?」


「あぁ、勝っても負けても、一回の来店でそれだけ使うと店員から声をかけられる。VIPルームで楽しみませんかとな」

 

 ムフフと微笑むライブラは、ミチビキモードなら姿を現しても、ランピーチのサングラスのパワーで正体はよくわからないため、問題ないと実体化している。ミラの存在にだいぶ脅威を覚えている可能性も大。

 

 チンピラスタイルのランピーチ、そしてその愛人と思われる扇情的なライブラ。誰もが、どこかの小悪党たちだと思っていた。


「ロー、次は必ずローだ!」

「頼むぜ……給料全額スっちまう、次は次こそは」

「やった! きた、きたぞ、これで俺は借金を返せる!」


 カジノ特有の叫び声。ゲームではよく聞いていた会話だが、リアルとなるとそれもまたワクワクするセリフだ。


「さて、なんのゲームにしようか。エフェクトが楽しいスロットか? それとも仮想モンスターバトルか?」


「カードゲームにしようよ。ブラックジャックにしようよ、私得意だからさ! ウサギたちとカードゲームをする時は百戦百勝だったよ」


「あいつらすぐに飽きるし、食べ物を横においておくと、そっちばかり目が向かって、全然集中してないじゃん。誰でも勝てるぞ」


「ふふふ、それなら私の真の力を見せる時だね!」


 自信満々に抱きついてくるライブラ。その態度の裏もピンとくる。


(カードカウンティングをするつもりだな。たしかに『宇宙図書館スペースライブラリ』の能力を使えば、それくらい簡単か)


 カードカウンティングとは、使われたカードの種類と枚数を覚えて、次に来る可能性の高いカードを予想して勝つ方法だ。カジノではこれはイカサマの種類の一つとして禁じられている。まぁ、これは数人が組んで覚えないといけない方法なので、一人でやるからまずバレない。


 ランピーチがやると、確率に関係なくしょぼいカードが来て負けそうだけど。正直言うとカードカウンティングは本当に勝てるのかという疑問もあるけどね。


「オーケーだ。一千万稼いで、VIPルームに勧誘されようじゃないか」


「任せて! ここで大活躍のライブラちゃんだからさ!」


 自信満々に花咲くような笑顔でライブラは笑うのだった。


         ◇


「うぬぬぬ……次は、たぶん次は勝てると思うよ! ドロー!」


 ライブラがカードを握りしめて、うぬぬと呻いてもう一枚カードを貰う。手持ちのカードは絵札に6。


 ディーラーがにこやかな笑みで、カードをもう一枚配ると……7だった。


「きゃー! またバースト! もう運がないなぁ、次の勝負では絶対に勝つよ!」


 絶叫を上げてライブラはテーブルに突っ伏す。残り少ない手持ちのコインをペチリと置いて、もう一回と鼻息荒い。


「なぁ、ライブラさんや? お前これで3勝17敗なんだけど? もう手持ちのコインないんだけど?」


「両替してきて! たくさん両替してきて! 私が勝つまであと少しのはずだから!」


 むふーとランピーチを睨んで、ペチペチと叩いてくる。その様子を他の客は見て失笑している。


 そうなのだ。さっきから負けっぱなしなのである。そして、ライブラは典型的なギャンブルに弱いカモである。


『なぁ、カードカウンティングは? もう少し様子を見てからにしたほうが良いんじゃないか?』


 勝つためにはもう少し時間が必要だろと思念を送ると、ケロリとした顔で見返してくる。


『カードカウンティング? なにそれ? 私は実力で勝つから。ここぞというときに勝つから。流れは私にくるはずだから!』


『うん、ライブラのポンコツぶりを忘れていたよ。俺が間違っていた』


 もうこのサポートキャラに頼るのは止めようと嘆息するランピーチだった。というか、カードカウンティングをしなくても、もう少し運が良くてもよいのではなかろうか。なぜにここまで負けるのかよくわからない。


 もちろん次のゲームも負けました。なぜに15とか微妙な数字を引くのかわからないな。


「お客様。随分お楽しみの様子。どうでしょうか、VIPルームで続きをなさりませんか? あちらならば上限はございません。負けた分も一度に取り返すこともございますよ」


 早くコインに両替してよと、抱きついて泣いてお願いをしてくるライブラの頭を押さえていると、ディーラーから声がかけられた。どうやら一千万すったらしい。


「VIPルームか? そこは会員制だろ?」


「はい。ですが一夜でたくさんお楽しみのお客様をゲストとしてお誘いすることがあるのですよ」


 ゲームと同じセリフに内心ほくそ笑む。一千万勝てれば良かったが、負けたほうが結果的には良かったかも。なにせ、ディーラーの目にはカモだなとの蔑みが見えているし。


「上限なしでゲームをやるには手持ちがあまりないんだが」


「大丈夫でございます。その際は担保を置いていたければ、一時的にお金をご都合することも可能でありますので」


 ディーラーの目がライブラへと移り、厭らしそうに口元を緩める。そのセリフは意味有りげで、分かる人は分かる内容だ。


(ふん、担保はなんでも良いと。それが物であろうと、人間だろうと)


 ゲーム通りだ。なんて楽しそうなセリフだとランピーチはワクワクして、ライブラは上限無しなら、楽に勝てるねと喜ぶ。


「ライブラ、VIPルームからは俺がゲームをやるから」


「ガーン! そんなこと言わないでよ。流れはそろそろ私に来るってわかるでしょ?」


「滝から流れ落ちるように君の運がないのはわかった」


 泣きつくライブラの頭を小突いて、ディーラーへとニヤニヤと小悪党スマイルでお願いする。


「それじゃVIPルームにご案内してもらおうか。上限なしとは面白そうだ」


 本当にこれから起きることを思うと、楽しみで仕方ない。


          ◇


 VIPルームはさらに豪華な内装だ。やはり様々なゲームがあるが、お客の質が違う。皆、金持ちばかりで、その装いもランピーチたちとは違って高価そうだ。


 チンピラスタイルのランピーチたちを見て、クスクスと馬鹿にしたように笑っている。大方、カモがまた来たとでも思ってるのだろう。


「君、この中の金を全てコインにしてくれ」


「かしこまりました」


 偉そうな態度で俺は大物だとふんぞり返る小物の演技をして、カバンを手渡す。中身は残り二千万エレの札がくしゃくしゃになって詰まっている。苦労して貯めたかのように見せるために札束にはしなかったのだ。


 さすがはVIPルームのスタッフだけあって、中身を見ても蔑むこともなく、笑顔で受け取りコインに変えてくれる。


「足りない場合はお声がけしていただければ、しかるべき担保さえいただければ御用建て致します」


「あぁ、そんなことはないとは思うけど、その時はよろしく」


 コインを受け取り、薄笑いで歩き始める。ライブラの美少女っぷりはさすがなもので、ここでも注目の的だ。でも、ライブラにはもうコインは渡さないからな?


 少なからず注目されながら、一つのテーブルへと向かう。


 大きなサイコロをお客が転してダイス目で勝負するゲーム。クラップスだ。


「さて、俺もゲームに混ぜさせてもらおうか」


「サイコロを転がすのは私に任せてね! 大丈夫、このゲームは得意なはずだから! クラップスって、どういうルール?」


「とりあえずシューター役は投げてくれれば良いよ」


 ランピーチの腕を引っ張って、おねだりしてくる反省の色を見せないライブラである。ここまで来るとアホかわいいよな。


「だけど、はずだからって、どういう意味かサッパリわからないんだけど? どうして自信満々なの? まぁ、良いけどさ」


 百万コインをテーブルに置く。


「それじゃ、放り投げるよ! 八幡菩薩よ、我に勝利をもたらせたまえー! とやー!」


「勝利祈願って、八幡菩薩だったっけ?」


 気合を入れてサイコロを投げるライブラに胡乱な目を向けてしまう。この子は見ていて飽きない子だなぁ。


 コロンコロンと転がる出目は7。シューターが問答無用で勝てる出目だ。クラップスは出目が7か11なら勝てるゲームなのだ。


 おぉ、と周りの人が唸るが、まだまだ最初だ。


「え、私たち勝ったの?」


 コインがじゃらりと集まり、不思議そうに周りを見渡すライブラの頭をポンポンと叩く。


「あぁ、ラッキーだったな。それじゃ次のゲームに行こう。ハイアンドロー、ルーレットと、順番に全てのゲームをやっていこうぜ」


「勝てたんだ! やっぱり得意なゲームだったんだね! うん、天才ギャンブラーの私に任せて!」


 やったぁと飛び跳ねて無邪気に喜ぶライブラと共に、他のゲームへと向かう。


 そして、全てのゲームに勝っていき、コインは増えていき、最後にルーレットの椅子へと座る。


 まずは観客を増やしたかったので、わざとルーレットは最後にしたのだ。予想通り、勝ち続けるランピーチに周りは注目し始めている。


「それじゃ、上限なしということだから、ルーレットを楽しむか」


 ━━━ここからが本番だ。きっと面白いことになるだろう。


 00にコインを全額かけて腕組みをして笑う。


「幸運が続いていますが、本当に全額でよろしいので?」


「もちろんだ。今日はついているみたいだからな」


 まだまだ余裕のディーラーへと微笑み返す。他のゲームで初回だけ勝つ可能性は少なくともあるのだろうと考えている模様。


 そうして止まった目は00だった。わずかに目を見張るディーラーへと、またもや増えたコインを置く。


 00へと。


「それじゃ次も00だ」


「………そうですか」


 またもや00だった。


「次も00だ」


 ━━━その次もさらにその次も。

  

 ディーラーの身体が震え始めて、見物客が騒ぎ始めても、ランピーチは気にせずに00に賭け続けて、勝ち続けるのだった。

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