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95話 新たなる始まりと小悪党

「ちゃーあー!」


 激しい戦いを意味するように、大きな叫び声がランピーチマンションに木霊する。パチンパチンと打ち合う音が響き、皆の緊張がランピーチマンション内に作られた訓練場の空気を引き締める。


「ふむ、激戦のようだな」

 

 ランピーチは肘掛けに肘を乗せて、フッとクールに笑い座布団の上で胡座をかいていた。隣にはチヒロを侍らせてもいる。まるで戦国時代の大名……いや、ならず者を集めた盗賊の頭のようだ。


 隣でせっせと団扇を扇いでいるうさぎがいるが、マハラジャをあおぐための大きな扇はなかったので仕方ない。全然かっこよくないどころか、うさぎを虐めて見えるのは気の所為だろうか。動物愛護団体が、この小悪党、うさぎを虐めるなと激怒して抗議してくるかもしれない。


「飽きちゃったうさ」


 すぐに飽きて自分を扇ぐウサギだが。


 そんな小悪党はなにをしているのかというと、ハンターギルドの入会試験とランク付けの大会だ。


 とりあえず最高ランクを決めておこうと、『心知体』の三つの部門での大会を開催していた。


 既に『心』、即ち強い精神を試すための大会は終わり、現在は『知』の大会だ。


 多くの人々が物珍しげに集まっており、観客として大会を面白そうに見ている。目端の利く者は屋台を開いて、肉串やカルメ焼きなどを売っておりお祭り騒ぎである。


「たぁ〜!」


 今は『知』の決勝戦。優れた頭脳のぶつかり合い。パチンパチンと激闘の音が再び響く。先手を取ったのは既に『心』で優勝している天才。


「やったぁ~! あたちのしろがにまいもふえたでしゅ!」


 対面の男と戦っている舞台は、俗に言うリバーシというゲーム。どこまでも奥深いゲームであり、プレイヤーの頭脳を試す。


 盤上にペチリと置いた白板が2枚の黒板を白へと変えて大喜びだ。


「えっと……はい」


 どことなく気まずそうに対面の男が黒板を置くと、一気に黒板へと変わっていった。


「がーん! あたちのしろがなくなっちゃった」


 その有り様を見て泣きそうになり、うるうると瞳を潤ませる。でも、泣かないもんと、小さな拳を握りしめて、体を震わせて耐える姿は皆の同情を誘う。そして、対面の男には殺意のこもった視線が注がれる。


 男はゴクリとつばを飲み込むと、頭をかいて空々しく上を向く。


「あー、この角を取られると逆転されちゃうなぁ〜、参ったな〜、痛恨のミスだなぁ、ここだよ、ここ」


「ここでしゅね! てーい!」


 角に指差して痛恨のミスだと悔しがる男に相手はむふーっと興奮でほっぺを赤くして角に白板を置く。パタパタと黒が白に変わっていき、ぴょんぴょんとジャンプしちゃう。


 男の人のミスを見抜いちゃったのだ。白がたくさん増えたのだ。続くターンでも男は白を一枚しかひっくり返すことは出来ずに、またまた角に白板を置いちゃう。その一枚で勝負はついて、白の勝ちに決まった。


「きゃー! コウメがかちました。ゆーしょー? コウメゆーしょー?」


 白はなんとコウメだった。『知』の大会で常に圧倒的な勝利をしてきた天才さんだ。嬉しくてランピーチに飛び込むと、頭を撫でて貰ってご満悦だ。常に敵のうっかりミスを見逃さない天才なのだ。


「おめでとう、コウメ。『心』の大会に続き二連覇だな!」


「がんばったの。コウメはがんばりまちた! あたまもっとなでて、ぎゅっとしていいこいいこして!」


「おめでとうございます、コウメ」


 チヒロと一緒に良い子だなと褒めると、子猫のように目をつむり気持ちよさそうに寛ぐコウメ。『心』のジェンガ大会も気合を入れて相手を睨むと、最初の板を相手は抜いて失敗して崩すので、コウメの相手にはならなかったのだ。


 『心』『知』を優勝したコウメ。皆が祝福して、拍手をしてくれて嬉しくて、パパしゃんの腕に頭を擦り付けるのだった。


 そのまま『体』の大会である格闘大会にも出場し、3冠を取るかと思われたが、コウメは疲れてランピーチに抱っこされて、すよすよと寝息を立てて寝ちゃうのだった。ミミがランピーチの腕の中に飛び込んで寝ちゃうのはいつものことだろう。


「うむ、『心知』の優勝者はハンター殿堂入りとして、『体』は気合を入れてやるから皆よろしくな」


 早くも殿堂入りが出現するオリハルハハンターギルドだった。


 そろそろ空気は温まったから、真面目に大会をする時間だよな。なんで、皆は親ばかだなぁと生暖かい目で見てるのかな?


           ◇


 格闘大会はガチバトルだ。魔法は無しで殺すのもなし。できれば怪我も負わないようにとしてあるが、緩いルールだ。


 そして、ハンターギルドは良くわからないが、優勝すると良いことがあるらしいと、そこそこの人数が出場していた。


 だが、所詮はスラム街の住人たち。あっさりと試合は進んでいき、スラム街の住人は敗退し、今は灯花とガイの決勝戦だ。ドライは準決勝で灯花に負けていた。


 灯花は『浮雲』を装備しており、ガイもそこそこ良い億超えの精霊鎧を身に着けている。そう、なぜかガイも出場していた。


「今さらだけど、なんでお前が出場してんの?」


「酷いべ、ランピーチどん! 春に合流するって言って何日経ってるべ! 全然探索者ギルドに顔を出さないから調べたら、あっさりとわかったから来たんだべよ!」


 ランピーチの言葉に反応して叫ぶ、忘れられた哀れな男、ガイである。


「嘘だな。俺の評判が良いことを知って媚びを売りに来たんだろ」


 だが、そんな演技は通じない。


「うぐっ……わかってるならツッコミは無しだべよ」


 目を細めて、皮肉げに肩を竦めるガイ。


 鈍い田舎者に見えて、ガイはなかなか鋭く頭が回る。ランピーチがしっかりとした拠点を築き、今までのパートナーと天秤にかけて、ランピーチの方が良いと考えて訪れたのだ。


 どうやら元パートナーとは上手くいってないらしい。それかランピーチが大きくなったかだ。両方という可能性もある。


「バレてるなら隠す必要ないべさ。とりあえずハンターギルドとかのナンバーワンとなるべ」

 

 自身の力に絶対の自信を持っているガイは朴訥そうな顔には似合わぬ不敵な笑みで拳を構える。


「おおっと、それは私を倒せるつもりなのかな? 私は強いよ、ええっとガイさん」


 そんなガイを楽しそうに見ながら、トトンとリズミカルに跳ねて、軽やかなる構えを見せる灯花。こちらも自信はありそうで、負ける気など毛頭なさそうだ。


「うにゅう〜。もっとあたまなでて〜」

「すやすや」


 腕の中で静かに寝息を立てているコウメとミミを優しくなでながら、ランピーチはコクリと頷く。


「では、正々堂々と始め!」


 ランピーチの言葉を合図に、二人は動き出す。


「スラム街でちっとばかし強くても、俺には敵わねぇだよ!」


 間違える体勢を取る灯花に、ガイが強き踏み込みをして、爆発するかのように床をへこませて、一気に間合いを詰める。


「むんっ!」


 右腕を引き絞り、風を唸らせて拳を放つ。全力のストレートにて一撃で片付けようという、よくアニメとかで見る主人公へと力を見せびらかす重戦車タイプで、しかも躱されてあっさりとやられる雑魚のような攻撃だ。


 素早さを得意とする灯花は小さなステップで身体を傾けるとストレートをあっさりと躱し、つま先を床につけるとバレエのように回転する。


 回転した灯花に、左のフックが通り過ぎ、ガイは小さく舌打ちすると、踏みとどまり右のジャブを連射して、灯花にダメージを重ねていこうとするが、回転する灯花が突き出す腕がジャブに合わされて受け流されてしまった。


「ストレートでフェイントをかけるなんて、やるねガイさん!」


「ちっ、そこはストレートを余裕で回避してフックに倒される流れだろうが!」


 舌打ちをして、距離を保とうとジャブを繰り返すガイ。灯花を馬鹿にする様なセリフを吐いても、実際はまったく油断してなかった狡猾な男だ。アニメなどの主人公のように余裕ぶって躱していたら、たしかに死角から繰り出されたフックに手痛いダメージを負っていたのは間違いない。


 だが、油断することなく、ガイの攻撃を見て取り灯花はフェイントだと気づいて対応した。めげずにガイは距離を詰めての右、左とパンチを繰り出し、スウェーにて灯花が躱すと地を這うように身体を沈めての足払いを放つ。


「ととっ、やるねガイさん!」


 しかし、灯花は飛翔して躱し、反対につま先を立てての蹴りを突き出す。ガイはすぐに腕を交差させて受け止めると、体勢を立て直し反撃のフックを放ち、灯花が躱すのをみて間合いを保つのであった。


「ふんがー!」


「たぁぁ!」


 お互いに一歩も引かぬ打ち合いを始めて、見物客が歓声をあげる。ガイが重量級のパンチや蹴りを繰り出して、灯花も隙を見てハチのように鋭い攻撃を加える。攻守が度々交代し、どちらが優勢なのか分からない。


 延々と続く戦いを見て、チヒロがコテリと首を傾げる。


「えっと、ラン。どちらが優勢なのでしょうか? 私にはさっぱりわかりません」


 素人目には互角か、それか見た目から強そうなガイが優勢に見えてさっぱりわからないのだ。


「3・7でガイさんが3なのですが。儲かるのは7の方です」


 なんの数字かさっぱりわからないが、ランピーチは小悪党アイでガイを睨む。


「………ん〜、このまま続けば灯花だろ」


 睨むついでに妨害しようかなと思ったが止める。灯花の方が強そうなのだ。


「うん、灯花が勝つと思う。ドライも強かったのに、灯花はその上をいった」


「気絶から目を覚ましたか。大丈夫だったか?」


「うん、大丈夫。灯花は強かった。攻撃が当たるとは思えなかった」


 灯花との試合で気絶したドライは不満そうに頬を膨らませている。


 ドライだってレベルを上げて強くなったのに、灯花の相手にはならなかった。なんならガイよりも弱いだろう。


「レベルは上がっても技術がないからか……ドライはなんとかしないとな」


 今まで力押しで無双してきた主人公だが、達人に負けて初めて技術を学ぼうというイベントかなと、顎をさすり呟く。灯花は魔導学院に通ってるし、ガイも学園の技術を教えてもらっているらしい。独学では無理なんだろう。


 まぁ、それは後で考えようと試合を見ると、形勢が変わっていた。繰り返し放つ拳撃が全て躱されてしまい、ガイの息が荒れて、明らかに動きが鈍くなっている。


「くっ、小癪な真似を! ゼェゼェ、おらも強くなったはずなのに」


「悪いけど優勝しちゃうもんね! 毎日おじいちゃんに扱かれたのは伊達じゃないんだよ!」


 疲れからよろけるガイ。その隙を逃さずに、灯花は一気に決めにかかる。


「宇宙一式キャトルミューティレーション!」


 謎の技名を叫ぶと、ガイへと連撃を繰り出す。疲れからガイは躱すことができずに連打を受けて、膝をつきそうになるのを、下からの蹴り上げで灯花はガイの身体を浮かす。


「はァァァ!」


 脚に魔力を集めると、通常よりも遥かに強力な蹴り足を繰り出し、さらにガイを空へと上げる。2回、3回と蹴りにて浮かすと、自身も飛翔して縦回転からのムーンサルトキックを叩き込むのであった。


「ガハァッ」


 まるでスローモーションのようにガイは地に落ちてバウンドすると倒れ伏すのであった。


「宇宙人に勝つにはまだまだ精進が足りないかなっ!」


 くるりと回転して、決め台詞を口にする笑顔の灯花。まるで格ゲーキャラのようだ。


「うぉぉ、お嬢さんが勝った!」

「ガイがムーンサルトキックに負けたぞ!」

「全財産がぁ〜」


 観客も派手な決め技に大興奮だ。ランピーチもしたり顔で頷く。


「やつの敗因はソニックブームを連打してからの待ちムーンサルトをしなかったことだな」


 ソニックブームを連打すれば勝てたのにと、格ゲーでの卑怯な戦い方もわかるセリフである。


「やりましたよ、ラン! 今回は大儲けです。これは毎月やりましょう!」


 胴元は儲かるんですねとはしゃぐチヒロが抱きついてきて、ドライはもっと修行をしないとと心に誓う。


 とりあえずハンターの序列は決まったようだと、ランピーチは笑うのだった。

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