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91話 帰還と小悪党

 ランピーチマンションの周囲に広がるスラム街。片側8車線、両側合わせて16線の道路が通る極めて交通の便が良い地域だ。元はではあるが。大昔といっても良いだろう。


 今は風化した車両がただの残骸の山となっているし、瓦礫が積み重なり防衛線でも構築していたのか、ところどころにバリケードの名残が残り、車両が走行するのは難しい。


 しかも、魔物や盗賊から身を隠すこともできないので、隣接する廃ビルなどには住民もいなかった。そのために、その先にあるランピーチマンションを拠点にすることもなかった。普通はもっと狭まった道路があり、魔物や人間からの襲撃を防ぎやすい拠点を選ぶからだ。


 だが、それも最近では様相を変えていた。地上街区からスラム街へと入る境目にコンクリートと鉄柵で道路は10メートルはある壁で塞がり、金属製の分厚い扉が設置されていた。精霊石で加工したのだろう、コンクリートも鉄も魔力が付与されており、そこらの攻撃では破壊されないように頑丈だ。


 だが、大体の人は勘違いするだろうが、地上街がスラム街との境界線を構築するために建設したものではない。


 そして、壁には等間隔で段ボールが貼られており、マジックペンで拙い文字でなぐり書きがされている。


『こっからパパしゃんのおうち』


 ランピーチが自分の地区だよと示すために壁で囲って、看板をつけたのだ。なにかお仕事したいのと泣く幼女に任せたので、看板が少し安っぽいが、幼女が書いたから稀少性が出て、後々価値が出るかもしれない。


 壁は地区全体を囲うように建設されているために、今も建設中だ。巨大化したハタラカンチュアたちがせっせと巣でも作るかのように壁を作っており、その周りに作業員も働いていた。


「えぇ〜、南部ではスラム街と地上街区の境目に壁を作ってるんだ。へぇ〜」


 壁を見て一般の人が考えることを灯花が口にする。ロングーコートを羽織り、フードを被った出で立ちだ。ナップサックを背負って、いかにも放浪する旅人といった感じである。


「いや、これは俺の拠点を示す壁だな。まぁ、小さい拠点だけど、後々の権利関係を考えるとアピールしないといけなかったんだ」


 隣に立っていたランピーチも同様の姿だ。


「なるほど、それじゃいこっか!」


「あぁ、了解」


 ランピーチはバイクを押して進む。鶴木屋に眠っていたかつては村正が乗っていたもので譲ってくれたのである。ここに来るまでに二人乗りでやってきた。


 ゲートは大扉を開け放しで、形だけの装備をした男が立っており、一応管理してますとばかりに暇そうなようであくびをしている。特に通行料も取っていないし、検問でもないので、その程度だろう。


 特に揉めることもなく、ランピーチはくぐり抜けて、灯花もついてくる。


「なぁ、灯花。本当にこっちに住むのか? 魔導学園に通うにはここは遠いだろ。車でも片道2時間はかかるぞ?」


「そろそろ一人暮らししたいと思ってんだ〜。で、下宿先として南部で暮らそうかなって思ってたからちょうど良かったんだ。後はテレポートポータルを下宿先と魔道学園に繋いでくれればオーケーだよ?」


 どうやら2時間かけて通勤する気はない模様。


「自分でテレポートポータルを買えよ」


「テレポートポータルなんか店で売ってないよ! 建造不可能で遺跡から回収しているんだから!」


「………希少な物だけど売ってるだろ?」


 ゲームではそうだった。本当に希少だが売ってはいたのだ。たしか店では2つしか買えなかったような気もするけど。一周で手に入るのは5個だったかな?


「売ってないって。武装家門とかもほとんど持ってないと思うよ。自由に使えるのは軍用に数本持ってるだけじゃないかな?」


「へぇ〜。まぁ、売り切れもあるからそんなもんなのか。というか店売りは既に買い占められた可能性が高いな………」


 確かに希少なアイテムだ。テレポートポータルは柱型のアイテムで、二本でワンセット。両方を設置することにより、空間を繋ぐアイテムだが、そこまで価値があったのか。


 とすると、俺以外のプレイヤーが隠れた店に売っていたテレポートポータルを買い占めた可能性は極めて高い。あれがあるとないとでは大違いだ。


(『パウダーオブエレメント』は長距離転移の魔法が存在しなかったからなぁ。『短距離転移ショートテレポート』だけだったから移動が面倒だったんだ。硬派なゲームだったよ、まったく)


 テレポートポータルは一度設置しても取り外し可能だったのだが、取り外しできる事を知らないで、使うのがもったいないと一周目は歩いてクリアしたランピーチは黒歴史だなとため息を吐く。取り外し可能なら、テキストに再利用可能と書いておいてほしかった。


「ねぇねぇ、おじさんは宇宙人技術でテレポートポータル作れないの?」


 整備されて、歩きやすい道路をスキップしながら進む灯花が見てくる。


「………まぁ、買うことはできる。伝手はあるからな」

 

 二周目からはじゃんじゃん使った。その理由は宇宙商店で経験値千で売ってたから。今も売っているのは確認済みだ。使ってみてから、再利用可能と気づいて、絶叫した覚えがあります。

 

「おぉ、買って買って! いくらかな? 物々交換? 私は秘蔵の漫画を出すよ。古代の文化が分かる希少な漫画! 公園前のお巡りさんが文化の説明をしてくれるの!」


「………2時間の通学頑張ってくれたまえよ」


 漫画と交換できるわけ無いだろとジト目で返して、てくてくと歩いていく。


 そうして見慣れた新築のようなランピーチマンションが目に入ってくるのであった。


「ふっ、ようやく故郷に帰ってこれたか。変わってないな、ここは変わってないな」


 フードをわざわざ深く被って、薄笑いをするランピーチ。まるで数十年ぶりに帰還した男のように感慨深く呟く。


『たった一週間離れていただけじゃない?』


 興冷めする一言を言うライブラ。ウシシと顔を覗き込んでくるので、復活したあともいつもどおりだ。


『そこはほら、カッコをつけたいんだよ。いかにも久しぶりに帰還して、誰だこいつと周りから思われて━━』


「パパしゃん! パパしゃんだぁ〜。おがえりざない、コウメはよいこにしてたのに、おぞいよ〜」


 クールなるランピーチを演じようとしたら、涙と鼻水を流して玄関からコウメがテテテと飛び出してきた。ランピーチの脚にしっかりとしがみついて、よじよじと登って肩に乗る。ナップサックに入っていたミミが驚いて、頭を出してきゅーと鳴く。

 

「あぁ、ごめんごめん。良い子にしてたか、偉いぞ、ほら、お土産だ」


「さびじかったの、たくさんねたのに、パパしゃんかえってこないんだもん!」


 グリグリと頭を擦り付けてきて、泣いちゃうコウメ。かなり寂しかったようで罪悪感半端ないです。


「お仕事だから仕方なかったんだ。美味しい饅頭を買ってきたから、ほら」


 ご不満でふぐみたいに頬を膨らませるコウメに饅頭を押し付けると、エグエグと泣きながら食べて━━━パアッと笑顔へと変わる。


「おいしーでしゅ! ありあと〜パパしゃん!」


 さすがは幼女。さっきまでは泣いてたのに、もう笑顔だ。これからはお土産を忘れないようにしないとな。あと、灯花の分はないからね?


「急に走り始めたと思ったら……ゼェゼェ………お、お帰りなさいラン」


 ついで汗だくのチヒロが玄関から現れる。息も切れてて辛そうだが、それでも俺を見て笑顔となる。


「コウメの移動方法が変だった。なにか飛び飛びだったような? お帰りピーチお兄ちゃん」


 ポメラニアンを頭に乗せたドライも出てくるが、汗一つかいておらず、こちらは余裕そうだ。


 どうやら皆元気そうで、ランピーチは安堵すると、フードを外す。


「皆久しぶりだな、元気そうで何よりだ」


 フッとクールに笑うランピーチだった。


 離れていた時間はたった一週間のはずなのだが。


          ◇


「お帰りなさい、ランピーチさん。元気そうでなによりです。ですが、もう少し北部にいる予定では?」


 皆が自然と集まる居間代わりとなっている部屋にて、ランピーチたちは寛いでいた。ランピーチが戻ってきたと聞いて、セイジもやって来たのだが、早すぎる帰還に戸惑っていた。


「北部で探索者として活動したかったんだけど、星1にもならなかったから帰ってきたんだよ」


「星1になれなかったんですか? それはおかしいのでは?」


 ランピーチの意外な言葉にチヒロたちは不思議そうにする。あれほど強いランピーチが星1にもなれないとはおかしいと誰もが思ったのだ。


 まさか魔力がないからなどは想像もしていない。


「だからピーチお兄ちゃんは愛人を作って帰ってきた?」


 誰もが思っていても口にしないことをズバリと聞くのがドライだ。だが、ランピーチは思う。灯花に恋愛感情は持てないと。これは予想ではなく、確信だ。


「いや、ドライ。この子は下宿したいんだとさ。愛人じゃないぞ、俺に惚れてついてきたんじゃなくて━━━」


「鶴木灯花と言います! 夢は宇宙に出ること。好みのタイプは銀河の果てからやってくる人です! ここは面白そうなので来ました!」


 ピシッと手を挙げて自己紹介をする灯花の顔は清々しく嘘はない。チヒロたちがこの人はどういう人ですかと、視線で尋ねてくるのが俺にも答えられないことはあるのだ。とりあえずは愛人ではなさそうだと、安堵の顔となるチヒロたち。


「わかったと思うけど、この子は変人だ。で、俺が帰ってきた理由なんだけど、ほとぼりが冷めるまでとか、そんな受け身な行動は止めろと天からの指令があったんだ」


「天からの指令……ですか?」


「あぁ、これからは積極的に動くこととした。即ち━━━」


 周りを見渡して、にやりと悪そうに笑う。


「俺はここで店をやろうと思う」


「店ですか? それならばなんでもできるとは思いますがどんなお店でしょうか?」


 わざわざ口にする内容ではないとセイジが不思議そうにするが、普通の店じゃないんだ。


「ハンターギルド。精霊石などを買い取り、様々な依頼を出す組織を作るつもりだ」


「それって探索者ギルドと?」


「同業他社が設立されるのは資本主義の宿命。決して俺が星1になれなかったから逆恨みじゃないぞ」


 小さな組織だが、目立てば潰そうとか、依頼も来るようになるだろう。即ちたくさんのクエストが発生するはず。様々なクエストをじゃんじゃんクリアして経験値を稼ぎまくろう。


「そうだなぁ。至高のギルドオリハルコンギルドに……いや、もじってオリハルハギルドと名付けよう」


 そうしてランピーチは新たなる混沌を求めて活動を始めるのであった。


 

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