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90話 方針転換と小悪党

「いやはや、申し訳ありません。まさか強盗に身ぐるみ剥がれるとは思ってもおりませんでした」


「お気になさらずに。地上街区も物騒なところがあると思っております」


 あははは~と、空々しく笑いあうのは、ランピーチと村正だ。朝の散歩から帰ってきたら、村正がまさかのパンイチであったので、部屋でソファに座って謝罪をしている最中だった。


 謝罪を受けているランピーチはニコニコと笑顔で寛容さを見せて、お饅頭どうぞと渡すくらいに優しい。きっと強盗にあった村正に同情してるのだ。パンイチにして、全てを剥ぎ取るなんて酷すぎると、内心で憤慨していた。たぶん憤慨していたので、瞳の中に魚群がピチピチ泳いでいるのは気の所為だろう。


「おじさん、強盗じゃないと私は思うんだ! お父さんはこれでもおじいちゃんの次に強い魔法使いだから、強盗相手に負けるなんてあり得ないんだよ」


 村正の隣に座る灯花がドンとテーブルを叩くと、サッと饅頭を奪い取り、頬張って幸せそうな顔となる。


「それにね、お父さんは敵の姿を思い出せないんだってさ、たぶん宇宙人とのコンタクトの記憶をメンカタブラックに消されたんだと思うの」


 そして、相変わらずの斜め上の推測をしています。


「ラーメンみたいに美味しそうな組織だな」


 ムフーと興奮気味に饅頭を食べる灯花へと、ため息を返して、村正の前にもう一つお饅頭を置く。


「それにね、宇宙人に攫われた証としてこんなものも置いてあったんだよ。たぶん頭に埋め込む予定だったのに、面倒くさくなって諦めたんじゃないかな」


 スッとお饅頭に手を伸ばして、灯花は真剣極まりない表情で言う。少なくとも饅頭を父親に譲るつもりはないらしい。


 その様子を見て苦笑しながら、村正は大事そうにきめ細かい輝きの宿るエメラルドのような精霊晶石をテーブルに置く。


 内包する精霊力は、素人でも精霊石とは比べ物にならないとわかる程に内部でエネルギーが渦巻いており、貴金属としても、ただのエメラルドが小石に見えるくらいに美しかった。


 ラスボス戦でしか手に入らない精霊晶石だ。この世界では極めて希少なはずの品物である。


(精霊晶石を見知らぬ宿泊客に見せるとはね……。自慢か? それとも吹聴してほしい? 俺とミチビキに繋がりがあるか確認したい? わからないな……)


「実を言いますと、これは村正の手に入れた品物だと吹聴して欲しくて見せております。これから付き合いのある者たちにも見せて回る予定です」


「自慢するために……というわけではないですよね?」


 どういうこと、新アイテムを手に入れたら自慢したい系のおっさんなのかしらんと首を傾げて疑問に思ってしまう。ランピーチの疑問は村正に伝わり、ニコニコと笑顔で返される。


「たいした理由はありません。この精霊石は売り払おうと考えてまして。元の持ち主は私だったと、いえ鶴木家だったと周りにも認識してほしいのですよ」


「なぜですか? 普通に売ればいいのでは?」


「ここまで貴重な精霊石ですと、売り払った後に盗んだものだと訴えられる可能性もありますからね。鶴木家の所有するテレポートポータルの先にあるものだったと、そういった話が必要なのです。まぁ、これは万が一の場合ですし、売却先は付き合いのある武装家門に売るので、問題はないかと思いますが」


「なるほど、パンイチで気絶していたら頭に乗っかってたとか、そんな話は噂になってほしくないと」


「はい。ランピーチ様もあまり地下街区の者と付き合いがある、などとは吹聴されたくないとも思います。それと同じです」


 脅迫にも聞こえるランピーチの言葉に、ニコニコと笑顔での反撃。その言葉にピクリと眉をひそめてしまう。


『なぁ、ライブラ。あのサングラスは正体バレしないんじゃないのか? あ、まだ復活していなかったか』


『ピンポンパーン、代行で私が答えますね。サングラスをつけた銀行強盗みたいな小悪党は決して正体はバレません。ですが、付き合いのある人間は誰かと推測されると、普通に鍵を持った人間が怪しい。きっと使い捨ての小悪党が先行していたんだろうと考えることはできます。正体がプレイヤーかもとは絶対に考えつきませんが』


 よくあるパターンだ。強くてかっこいい主人公とか、悪辣な悪党幹部が潜入する前に、スパイとか斥候とかで先に現地に行く脇役。ここが目的地ですぜ、ゲヘヘへと笑って、お前はもう用なしだとか、秘密の場所を見つけてしまいましたねとか言われて死体にジョブチェンジするまでがテンプレである。実にランピーチに相応しい役どころと言えよう。


『あ〜……それはありなのか。そこまでフォローしてくれればよかったんだがなぁ。無茶な相談か』


 納得した。


『でも、目の前でサングラスをつけても、偽物乙とか言われて信じてくれない可能性が大きいので、元々『因果混沌のサングラス』は必要なかったかもですね』


『くっ、早くライブラさんに復活をしてほしいな。復活したらチョコレートパフェでも奢って、今までの苦労を労わってあげるんだ』


 ライブラさんがどれほど優しいのか理解したランピーチは空に涙します。ごめん、ライブラ。エロだけでなくて、優しさもあったんだな。優しさ3割、エロ7割、仕事0割で作られたサポートキャラだったのだ。


『きっと新しいサポート役のほうが役に立ちますよ。私は黒ウサギですが、可愛くて強いミラはおばちゃんたちに大人気ですので。チョコレートパフェをくれれば忠誠度99の呂布くらいに活躍するはずです』


『呂布は忠誠度99あっても裏切るじゃねーか』


 黒うさぎとの心温まる会話をやめて、嘆息混じりに『双精霊の鍵』を取り出す。正体バレしないなら、もう鍵も返していいだろと考えたのだ。


「この鍵はもういらないようですよ。あの祭壇も壊れたみたいですしね」


 『因果混沌のサングラス』の効果はどれくらいかなと、内心ドキドキだ。普通に考えれば、村正を倒したミチビキが所有していただろう鍵をランピーチが返却するのだ。ミチビキの正体はお前だろと、頭脳が子供でもわかるだろう。


「助かります。これがあればポータル先に侵入したとの話も説得力がありますし、あの祭壇が使えなくなったとの話も理解してくれるでしょう」


 寂しげな目で村正は庭を見る。ストーンヘンジは粉々になっており、魔法陣の描かれていた地面は砂となり、もはや何もなかった。黒うさぎが、うううのう〜と鼻歌を歌って、箒ではらっちゃったのだ。


 そして、村正はランピーチがミチビキの正体だとは考えなかった。


「地下街区の人間が出張るとは予想もしてませんでした。外へと地下街区の人間が工作員を送るとは噂話に聞こえてきますが、本物を見たことなどなかった。地上街区の凄腕のことを地下街区のエージェントだと言われてたとばかり思ってましたが、見識が甘かったようです」


 誰にも負けないと傲慢なことを考えていたものだと、村正は苦笑をしてしまう。上には上がいるとは考えてはいたが、それはほんの僅かの差であり、状況や戦術により覆すことができると思っていた。


 なんと馬鹿だったのだろうか。相手はこちらを無力化する程手加減が出来る程に強かったというのに。


「お父さんは、これから他のストーンヘンジを探すの?」


 もちろん村正の娘の灯花は村正の目的を知っていたので不安げな顔となる。


「お父さんが旅に出ると……旅に出ると………」


 父親がいなくなることが不安なのだろうと、村正は優しげな目で、灯花を見て━━━。


「ホテル経営を私がしないといけないじゃん。私じゃ無理だよ? 絶対に無理! おじいちゃんは道場でお母さんは先生で忙しいから、ホテル経営なんかしてくれないし! この間の数学は赤点だったんだからね!」


 不安の理由が違った。そういや、我が娘はこんな娘だったと胡乱げな顔となる。


「大丈夫だ。もう旅は諦めたよ。きっと侵入可能なテレポートポータルは破壊されてしまうのだろう。もし侵入ができても、その後で殺されることを考えると、もはや私は家族もち。無理だと言えるからね」


 前までなら、殺しに来る敵は返り討ちにできると自信を持って言えたが、今はそんな自信はない。叡智は欲しいが、家族が一番大切なのだ。


「私は魔法使いとしては失格だ。これからはこの精霊石を売って、鶴木家の元の支配地域を買い戻そうと思う。未来の孫のために、家門の力を取り戻しておこうと思うのです」


 それに家門の復興は楽しそうだと村正は思う。叡智を求める旅を終えた今、他の趣味を見つけるべきだろう。


「孫? 孫はまだいないよ!? ここに可愛らしい娘がいるよ?」


「灯花……お前に金を残しても全部宇宙人関係に費やすだろう? だから早く結婚して孫を産んでください。育てるのは私と妻に任せれば………いや、もう一人子供を作るかな」


「酷いよお父さん! そーゆーことを言われた子供は深い傷を心に負うんだからね!」


「数学の赤点はきっちりとお母さんに伝えておくからね?」


「私の心はセラミックでできてるから傷つかないよ! だからそれだけは許してお父さん。またお小遣い減らされちゃうよ〜」


 泣きそうな顔でしがみつく灯花に、村正が勉強を毎日2時間はすることと言って約束しようとしているのをランピーチは見ながら、ソファにもたれかかる。


「親子で忙しそうだな。まぁ、俺も忙しくなりそうだから家に帰るんだけどさ」


 ランピーチの言葉に、灯花がピタリと動きを止めると、ギギギと首を曲げてくる。


「ええっ! これからも一緒に探索するんじゃないの、おじさん?」


「ここにいるよりも家の方が良いと気づいたんだ。自分のやれることは家にある」


 そう。ランピーチは双精霊の墓場での戦闘で思い知らされた。ランピーチ難易度の難度の高さを。


 これまではなんとなく大丈夫と根拠ない自信があった。いや、根拠はあった。ステータスリセットから始まり、2周目でないと手に入らないはずの固有スキルに、経験値5倍。そして攻略法も知識としてあった。だからこそ、これからのメインストーリーも楽勝かもとも思っていた。


 だが、ランピーチ難易度はそれらを駆使してもなお難しい難易度だったのだ。


 だからこそ方針転換をすることとした。


(ほとぼりを冷ます? いや、こっちから動こう。たくさんのクエストをクリアしていくのだ)


 ━━━そのためにこの世界が混沌の世界となっても気にすることはない。


 なにせ、ランピーチ・コーザは小悪党なのだから。

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