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89話 晶石と小悪党

 激戦であった。時間にすれば数分といったところだろうか。だが高速戦闘を行っていた身にとっては何十分も経ったような気がする。


「休んでいる暇はありませんよ。さっさと立ち上がって退却しましょう。欺瞞工作はそこまでの難度ではないので、生きていることがバレれば、今度は先程よりも多い敵兵が送り込まれる可能性があります」


「欺瞞工作? サービス良いね。床に落ちている物をポケットに入れなければ感謝の言葉を送るよ」


 黒いウサギちゃんが倒した精霊の石をせっせと拾って、小袋に入れようとしていたので、苦笑をしながら立ち上がる。………が、身体中が軋むように痛みが走りよろけてしまう。想定以上にダメージを負っていたらしい。


「くっ、結構ダメージを受けたな………極大魔法とか、雑魚が使ったらだめじゃない。あ、肩を貸してくれるか?」


「精霊晶石は諦めますので、他のアイテムは私の物にしてくれるなら、肩を貸しますよ。支援代金として計算できますので、私は黒字ですし」


 黒うさぎはランピーチに肩を貸しながら、精霊晶石を渡してくる。精霊石と違い、石の中にどこまでも深い光が宿っていた。精霊石など比べ物にならないレアアイテムだ。


「精霊晶石……ゲームではラスボスが持っていた核石だ。伝説級のアイテムを作れるけど、一個しか手に入らないやつ。なんで雑魚が持ってるんだ?」


「プレイヤー的な言い方をすると、最高難易度でしか解放されないトゥルールートに入ったからと答えられます」


「わかりやすい説明どーも。そういうゲームあったよなぁ。『パウダーオブエレメント』でもあったのか」


 たまにそーゆーゲームがあるんだ。難易度が高ければ高いほど、良いアイテムがドロップするゲーム。それなら納得だねとゲーム脳なランピーチは嘆息する。


「ナイトメア難易度を超えるプレイヤーを殺すために存在する難易度。しかも操作するキャラはセコくて頭が悪く小悪党のTHE・ザコ。ここまでこれたのは驚き……でもないんですけどね」


「悪意しかない言い方! だが、驚かないのは、転生した天才の俺が中にいるからだろ?」


 俺は選ばれた人間なんだろと、フンスとドヤ顔になるランピーチだが、黒うさぎは哀れみの目を向けてくるだけだった。美少女の哀れみの眼は、心にグサグサと………無視されるよりは良いかなと思っちゃうランピーチ。


「いえ、それは計算された………そんなことよりも急ぎましょう」


 肩を貸すというか、二人三脚でもするような早足です。この子は容赦という言葉を知らないか、本当に危険なのだろう。たしかにさっきの敵が5体現れれば詰む。ゲームと違ってロード機能ないし。


「それにしても強すぎないか? 円卓の騎士もレベル6だったけど、あそこまで理不尽じゃなかったぞ? 極大魔法を使う雑魚がたくさん出るのはクソゲーだぞ」


「知らなかったんですか? 精霊たちは同じレベルの通常モンスターの数倍は強いんです。それに先程から極大と言ってますが、精霊たちにとっては基本魔法なんです。最高魔法は他にあります」


「………まじかよ。あれか、チョコナズンが爆発系最強魔法だと思ってたら、チョコグランデが実はあったとかいう?」


 シリーズを重ねるごとに強力な魔法が出てくるみたいなやつかと、顔をひきつらせるランピーチ。小悪党の動揺する表情を見て、黒ウサギは真剣な顔で、コクリと頷く。


「チョコグランデの魔法を覚えるクエストが発生した時は、私も行きますのでよろしくお願いします。仲間はずれにしたら、サポート流のお礼返しをするつもりなので、忘れないでくださいね?」


 真剣なのは、お菓子だからの模様。無駄に気合を入れる黒うさぎだった。


「たぶん、スペースバックスとかなら売ってるよ。フラペチーノとかもあるかもな。でも、俺よくわからないんだよ。ラージがグランテだっけ?」


 初心者に優しい単位にしてほしいと、前世ではトッピング呪文の詠唱が長いし、単位もわかりにくいので、注文の仕方が良くわからなかったので、利用するのに二の足を踏んでたランピーチである。グランデ系統を覚えるにはネックとなるかもしれない。

 

「お小遣いが足りないんです。今日は18点しかもらえませんでしたし。これは児童虐待ではないかと思うんですが、どう思います? 一日一個はフラペチーノを食べられる生活をしたいんです」


「ねぇ、それってたった今俺がエクスカリバーを犠牲にしてようやくもぎ取ったやつじゃない?」


 この子はえげつない徴収をしているのではと疑問に思いながら進み、ようやく隔壁が目に入ってきた。ミミがレバーにプラブラとぶら下がり、今にも隔壁を降ろしそう。あ、降ろした。


「あと少しで出口です。頑張ってください!」


 ますます足を速めて黒うさぎが必死そうな顔となる。


「わざわざゲームっぽいイベントはいらないんだけど?」


「隔壁が降りるギリギリに滑り込むのは、プレイヤーとして当然です。さぁ、速く!」


 ゴウンゴウンと音を立て隔壁が閉まり始める。このままだとスライディングからの滑り込みセーフとなるだろう。いかにもゲームっぽいけど、自作自演という言葉を教えたい今日この頃です。


「仕方ねぇな、もぉ~」


 身体が痛み死にそうなんだけどと嘆息しつつも、駆けて滑り込む。ほんの僅かな隙間をランピーチと黒うさぎは滑り込み、中へと入るのであった。


「きゅー、お疲れさま、親分〜」


「サンキュー、ミミ」


「きゅー」


 ミミのもふもふの頭をなでて、礼をいう。ミミは目を瞑って、そのままコクリコクリと船の旅に出掛けちゃう。そのいつも通りの姿にホッとして、ようやく緊張が解けるランピーチだった。


「では欺瞞工作を解除します」


『パウダーコントロール』


 黒うさぎは隔壁が閉まると同時に手を空へと動かす。空間が数秒だけ蜃気楼のように揺れると、ふむふむと確認して、黒うさぎは手を止めるのだった。


「何をしてたんだ?」


「空中に存在する精霊粉エレメントパウダーを利用して、魔法的、電子的に改竄したデータを残してました。小悪党は「こ、こんなはずじゃぁ、財産はミラに相続を〜」と情けなく叫んで精霊たちと相打ちとなって死亡したというデータです。痕跡を探られても、分からないようにしておきました」


 ウヒャァと叫んで倒れると、ひくひく痙攣する演技をしてくれる黒うさぎさん。哀れっぽく片手をあげて震えさせている芸の細かさまで見せるので踏んで良いだろうか。


「やられる際の叫び声おかしくない? まぁ、良いや、サポートキャラってそんなことできるんだ」


「私の基本能力は高いんです。雇用代金もそのため高いんです。時折ご飯をあげれば満足する戦闘能力3の子とは違うということですね。私は3食昼寝付き、有給40日、夏休み一ヶ月、賞与は年に3回で2年分を求めます。危険手当は別料金です」


「ライブラはそこらの村人よりも弱いからな………。黒うさぎは雇用内容が高すぎるけどさ。しばらくはスポット対応でよろしく」


「長い目で見るとスポット対応は高いんですよ。年間保守契約は高いからと契約しない会社に限ってスポット対応の費用が馬鹿高いと後悔して、来年度は年間保守契約をするんです」


 スポット対応とは、困った時だけ雇う事をいう。機械の故障時、普通は年間保守契約を結んでおり故障時もタダだが、年間保守契約の代金は高いと契約を結ばないパターンがある。その際に故障時の時だけ支払う契約をするのだが、その金額がバカ高いのだ。1時間エンジニアを一人拘束するだけで高級ホテルに宿泊できる代金となる。二人拘束して修理するのに数時間かかるとスイートルームに宿泊できる金額となります。


 黒うさぎもたしかに高そうだ。………だが、経験値かねが足りないのだ。今はサービスの支援に頼るしかない。


「ライブラのために研究所も解放しないといけないようだし……経験値がほしい〜。あ、そういえば、俺はサングラスをかけているから、存在がバレないけどお前らはどうなるんだ? ミミが俺の隣をテコテコ歩いてたら簡単にばれない?」


「大丈夫ですよ。過程を見ても結果は混沌とすると説明したと思いますが、ミミを見ても、私を見られてもサングラスの効果で、別のウサギとして認識されちゃいます」


「そっか。それなら安心だな。それじゃ撤退するかぁ」


「一応注意しておきますが、ゲームみたいに入り口で敵を一匹倒して逃げるといった行動はとれませんからね? 小悪党らしく通り魔をしたら、敵に気づかれてポータルを破壊される可能性もありますので」


「りょ、了解」


 そっぽを向いて冷や汗をかくランピーチ。


(あぶねぇ〜、危うくやるところだった。そっかできないのか……残念)


 少しずつ敵を倒してアイテムを稼ごうかなぁと考えてました。他のゲームで橋を渡れば敵が強くなるが、経験値が美味しいので、橋の入り口付近で稼いでいたこともあったのだが、それと同じ戦法は駄目らしい。がっかりである。


「それをやるときは、生け贄が必要です。侵入者を倒したと敵が勘違いするための、白くてもふもふの生け贄がデコイとして必要です」


「きゅー、ウサギの心を持たない子だよぉ」


「さすがに毎回一匹倒すだけにそんなことはできない。うさぎたちの忠誠度がガンガン下がりそうだし」


 足にしがみついて、スンスンと鳴くウサギを生け贄にしたら罪悪感半端ない。これも現実準拠だからだねと諦めることとする。


「さて、それじゃ戻るとするか」


「次からはコロニーに来てくださいね。テレポートポータル用のターミナルがありますので」


「了解〜」


 黒うさぎはその場で手を振って、笑顔で転移していく。


「なんだかんだいっても手伝ってくれるあたり、あの子は優しいよな」


 ポータルをくぐり抜けて、ランピーチは元のホテルへと戻り━━━。


 パンツ一丁で倒れているおっさんを発見した。


「前言撤回、あの子が善意のもとで活動していると考えるのはやめておこう」


 泊まり客がいる部屋でパンイチの支配人………。これは社会的にまずいのではなかろうか?


「ただいま〜、ねぇ、おじさーん。行商人が見つからなかったから、もう一個ちょーだーい」


 そしてタイミング悪く灯花の声。探すのを諦めるのが早すぎる。


「こ、これは賠償金ということで」


 村正の頭に風の精霊晶石をコトリと置くと、ランピーチは小悪党スキル『黒い虫歩法』を使い、「ジョージ・ワシントーン」と呟きつつ、カサカサとその場を脱出するのだった。


「キャー! お父さんがパンイチで倒れてる〜! キャトルミューティレーション? 起きて、お父さん、どんな宇宙人に誘拐されたの!?」


 予想していた悲鳴とは違う灯花の叫びが聞こえてきたが、すぐ後にトイレに行ってたけど、どうしたんだと現れる予定のランピーチだった。

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