88話 外付けと小悪党
『神霊融合』はスキルスロットを搭載しないでも役に立つと、ランピーチは理解した。ライブラ自体はさっぱり役に立たないが、『宇宙図書館』と繫がっている人工精霊ライブラは、『宇宙図書館』の演算能力を使用することができる。
即ち、融合したランピーチも外付けのメモリを搭載したかのように、『宇宙図書館』の演算能力を使うことが可能となった。
それは人の計算能力を遥かに上回る。雨粒を一つずつ認識し、風の流れを計算し、木の葉が空を舞う軌道を正確に予測する。
ステータスは変わらないが、神のごとき演算能力を手に入れたランピーチは予知能力者のように予測演算をすることが可能となっていたのだった。
「ライブラ、一応期待しないで尋ねるけど、俺が攻撃、ライブラが超能力を使う2回行動をとれたりしないよな?」
でも、もっと欲張る小悪党だった。他にも隠された機能がないか確認しちゃう。
『いたいけな少女に取り憑くおっさんじゃあるまいし、そんなことできないよ。頑張ってって、応援するだけさ』
アハハと笑うライブラは、サポートする気ゼロである。観客のように、ワクワクしてランピーチを見つめるだけだ。
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
がっかりだ。少女に取り憑く常に余計な一言を口にするおっさんみたいな活躍を期待したけど、ライブラは可愛らしい美少女なだけだった。まぁ、可愛らしい美少女に応援されるだけでも良いんだけどねと、苦笑してシルフへと向き直る。
「それでも、一体は倒せた。おい、シルフ。敵討ちに来ないのか? カモンカモンと挑発してやるぜ」
突然強力な力を手に入れて調子に乗った小悪党のように、ウヒヒと笑って手招きをする。
先程のランピーチとは違う。小悪党ランピーチは、ハイパー小悪党へと進化したのだ。少しネーミングを考えないといけないかもしれない。
シルフはわずかに表情を厳しくして、腕を交差させる。
『クロスウィンドカッター』
十字の風刃が放たれる。糸のように精緻な構成で形成された風の刃、だが、ランピーチには全てが見えていた。
頭を下げて右斜めに3歩。交差された風刃の合間をすり抜けて紙一重の回避をする。
『トリプルウィンドカッター』
シルフは怯まずに三連の風の刃を撃ち出す。僅かな時間差と、敵の動きを制限するように、その攻撃は上手い間隔をとって向かってくる。
『エンチャントサイキック』
ポゥと腕にサイキックが宿り、空間を歪ませる。一般的な風の刃はギロチンのように分厚く、その刃の横腹を叩くのは難しいが、それでも腕の立つ戦士なら命中させることができる。
だが、シルフの放つ風の刃は精緻の極み、一本の糸のような刃であり、触れればただではすまない。拳をぶつければ、破壊するよりも先に拳が切り裂かれるだろう。
━━だが、ランピーチの目には糸のように細い刃の僅かな隙間、触っても切れない箇所を見抜いていた。
バシッと小さな音をたてて、風の刃を手刀にて破壊する。僅かな刃身へと叩きつけて、自身は傷つくことなく、拳を振るい風の刃を霧散させて、シルフへと迫っていく。
「見える、見えるぞ、ライブラ。私にも敵の動きが見える!」
こういうシチュエーションでは、絶対に言ってみたいセリフも口にして、ニマニマと口元を緩ませて、調子に乗るランピーチだ。
タイマンなら、もはや楽勝だねと考えたがシルフもランピーチの急上昇した戦闘力を見て、対応を変える。
『ウィンドステップ』
逆巻く風を脚に纏わせて瞬時に後ろへと後退し、間合いを取りながらウィンドカッターで牽制をしてきた。それを見て焦ってしまう。
「くっ、なんて卑怯な奴。こーゆー場合は悔しげにしながらもプライドを守るために近接戦闘を仕掛けてくる流れだろ。それで俺にあっさりと倒されるまでが流れであり、テンプレだろ」
風の刃を砕きながら、間合いを詰めようとするランピーチだが、シルフは逃げてしまい、接近することができない。高度な演算能力があっても、扱う頭脳が小悪党なランピーチは、ウギギと悔しがり、ここは、パワーアップしたランピーチの見せ場じゃないのと、ゲーム脳から離れられない模様。
『ソルジャー、シルフは自動機械のようなものだから、そんなことはしないよ!? というか、後ろからノームが現れたよ!』
「わかってる! とするとシルフを倒すのは無理か……。あいつ絶対にノームが来るまでは逃げるだろうし、悔しいが今の俺には追いつける方法がない」
シルフは冷静に時間稼ぎをして、ノームを待っていた。人間よりも遥かに厄介なところが感情に釣られないところだと歯噛みしつつ、ランピーチは呼気を整えて立ち止まる。
ランピーチを挟み込むように後ろからノームが姿を見せる。シルフよりも遥かに遅いが、岩の体はまるで重装騎士のようで厄介そうだ。
ノームは岩の瞳に赤い焔を宿らせて、岩の腕を向けてくる。その腕に大地のオーラを纏わせて、魔法を発動させてきた。
『極大大地裂』
地面に魔力が薄く広がり、金属の床を土が瞬時に覆うと、波打ちながら岩の刃へと変わり、突き出てきた。
「こいつも土の最高魔法かよ! 笑えるね!」
地面が波打つ刃へと変わり、地に立つ者たちを切り刻まんとしてくる。逃げようにも、その魔法の効果範囲は広大で一面を大地の刃へと変えており、逃げ切ることは不可能だ。
ランピーチは素早く亜空間ポーチを開くと、何枚もの魔鉄の板を取り出して、宙に浮かす。
『テレキネシス』
板を踏み台に、ランピーチは宙へと駆け登り━━━体を翻す。
『ウィンドブレード』
体を翻したランピーチの下をシルフが己の腕を剣へと変えて通り過ぎていった。ノームが援軍に来たのを見て、素早く戦法を変えたのだ。
「人類さんこんにちは。そしてさようなら」
『ロックカタパルト』
躱したランピーチへと、カタパルトから射出される戦闘機のように、高速でノームも飛び上がってくる。
「ちいっ、仲良すぎな精霊たちだこと」
岩の突撃を前に躱しきることができずに肩が掠り、メシリと骨が折れたような音が響く。よろけるランピーチへとシルフが斬撃で詰めてくる。
「うぉぉぉ!」
「人類の排除」
咆哮するランピーチとシルフの残像を残しながらの高速での打ち合い。ぶつかり合う事に衝撃波が生み出されて、突風が嵐のように巻き起こっていく。
ノームも戦闘に加わり、シルフのような速さはないが、一撃の強さを見せて拳を蹴りだしてくる。
ムカつくことに、シルフが速さを利用して、ランピーチの動きを制限し、隙が生まれるとノームが攻撃を繰り出す完璧な連携だ。ゴスゴス殴られて、段々とダメージが蓄積してくる。これはまずい予感。
『ソルジャー、こいつら強いよ!』
「演算能力に俺の身体能力がついてかないんだ!」
シルフの斬撃の軌道は予測できている。その力の起こりから、次の攻撃がどういう攻撃かも。しかし、未来予測をしても、ランピーチの身体が、スピードが全然足りない。強化しても、この二人との高速戦闘には足りていなかった。
『ストーンブラスト』
「ちいっ、せこい真似を!」
ノームが牽制の魔法を使う。ランピーチの周りを金剛石の輝きを持つ岩の破片が無数に生み出されて、回転しながらランピーチの体を穿とうとしてくる。
『乱刃拳』
仕方なくランピーチは迫る岩の破片を撃ち落とすべく特技を発動させる。腕がかき消えるような速さで振られて、白銀の輝線が一つ一つの岩の破片を正確に切り裂いていく。
「おまけだ!」
『乱刃拳』
息を荒げながらも、無理やりに連続して特技を発動させる。ノームは繰り出された連撃に回避することができずに、まともに受けるが━━。
『金剛体』
「なにっ! この火力でも倒せないどころか、ろくにダメージも入らないのか!」
体の硬度を高めて、ランピーチの手刀は浅く入り、岩の表面を傷つけるだけに終わってしまった。
少なくともノームに大ダメージを与えて、敵の攻撃の隙を作り出そうとしていたランピーチは想定よりも硬い敵の防御力に驚愕し、すぐに離れようとするが遅かった。
『風乱撃』
シルフが腕に魔力を込めて振るい、空間に軌跡を奔らせる。
「ま、魔鉄よ!」
『テレキネシス』
残りの魔鉄を取り出して、シルフの間に浮かせるが、まるで紙のように切り裂かれて、ランピーチの身体にも軌跡が奔り、鮮血が散る。
『岩拳』
仰け反るランピーチへと、ノームが岩の拳を繰り出して、その体に食い込ませる、ミシリと嫌な音がして、ランピーチは吹き飛ぶと地上へと落下していき、叩きつけられてしまう。
「ゲハッ、……ちくしょう、敵の攻撃は見えているのに、ダメージを抑える程度にしか使えないとは情けない」
口元に血を垂らして、ランピーチは悔しげに唸る。攻撃がどのようにくるかは予測していたが、身体は追いつけずに、ダメージを抑えるために、後ろへと下がるしかできなかった。
「駄目だ……シルフとノームの連携は最悪だ。俺では倒せない」
『宇宙図書館』の優れた演算能力を元に、敵の戦力との比較ができて、その結果は敗北だとランピーチは理解してしまった。
『えぇ~! それじゃどうするのさ? 逃げる? それともうさぎに援軍を頼む?』
「いや、逃げても追いつかれるし、ポータルのところまで来られたらまずい。ウサギたちもこのレベルの戦闘にはついていけないだろうから、支援はなしだ」
こりゃ大変だと踊るライブラを見て、反対に冷静さを取り戻し、ランピーチは静かに地面へと降りるシルフとノームを睨む。『極大大地裂』にて作られた砂のようにサラサラの土の上に足をつけて、二人の精霊はこちらへとゆっくりと歩いてくる。慎重を期して倒そうと考えているのだろう。
「俺では敵わない……だから、こうする!」
『テレキネシス』
ニヤリと笑い、念を送りこみシルフたちの足元の土を操り、波へと変えて覆い尽くす。
シルフたちがギョッとして下がろうとするが、砂粒の一つ一つを把握して、土を蛇のように操ると関節部分へと絡めて、力を入れにくくなるように体勢を崩させて、その動きを阻む。高度なる演算能力にて、敵の能力を正確に推測できるがための結果だ。
(だが、動きを止めていられるのも数秒! その間にかたをつける!)
亜空間ポーチからエクスカリバーを取り出して構えを取る。神秘の輝きを持ち、膨大な魔力が込められている聖剣。
『エクスストライク』は込められている魔力を放つことができる。ここで使えば2人に大ダメージを与える事が出来るだろう。
━━だが。
「うぉぉぉ! エクスカリバーッ!」
『ファイナルストライク』
ランピーチはもう一つのスキルを発動させる。咆哮して聖剣を突き出し、全てを消滅させる膨大なエネルギーが光となって放たれた。
聖剣を犠牲として放つ最後の必殺技。全てを聖剣と引き換えに倒す切り札だ。
シルフとノームは逃げようと力を込めていたが、すぐに対応を変更させる。機械的な思考を持つからこそ、逃げようと慌てることはない。
『極大暴嵐』
『極大大地裂』
命を捨てることすらも計算に入れた狂いし精霊たち。エクスカリバーから放たれたエネルギー光が地面を削り、空間を消滅させて、二人をその光の中で焼き尽くし、ランピーチは吹き荒れる嵐と波打つ土の刃にて切り刻まれる。
音を発しないエネルギー光が二人を消滅させて、カランと核が落ちると同時に、ランピーチはバラバラとなって粒子となって消えた。
そうして、粒子が再び集まると、ランピーチの肉体が形成され━━━よろよろと地面に倒れ込んだ。
「カハッ………。か、勝ったか?」
掴んでいた聖剣が崩壊し、サラサラと砂へと変わって地面に落ちてゆく。
「エクスカリバーを雑魚戦で使い果たす……笑えねぇ。うぅ、俺のエクスカリバー……だけど、確実に倒すには使うしか無かったからなぁ」
ハハッと空笑いをして、ライブラに話しかけるが返ってこない。『神霊融合』で倒されたので、復活まで24時間のクールタイムが必要となったのだろう。
先程までの激戦が嘘みたいに静かとなった空間で、ランピーチは疲れて息を吐いて倒れ込む。
「こりゃ駄目だ、このダンジョンをクリアするにはもっと鍛えないといけない」
『狂いし精霊の群れを倒した。経験値18を取得した』
「そうしないと赤字決定ですからね」
倒れ込んだランピーチに、黒ウサギがヒョコリと顔を覗いてきた。助けてくれても良いのにと、苦笑をしてランピーチは撤退を決断するのであった。