86話 祭壇と小悪党
村正が気絶して、カリバーンの魔力が尽き、円卓の騎士たちが消えていく。
『鶴木村正を倒した。経験値5000取得』
芝生の上に転がるカリバーンを見て、ランピーチはホッと安堵で胸を撫で下ろした。
「手加減って、恐ろしく難しいのな。村正を殺しちゃうんじゃないかって冷や冷やしてたよ」
「そうだね~。う~んと大丈夫、まだこのおじさんの首は繋がってるよ」
「おい、今にも首が千切れそうな表現は止めようじゃないか」
「あははは。大丈夫、まだ息はあるよ」
「その表現も微妙なんだけど」
実はと言うと、村正との戦闘は圧倒的に勝てると途中で確信していた。素のステータスでは厳しかったかもしれないが、強化のせのせ、麺硬め、野菜マシマシのランピーチならば楽勝だったのだ。
「このゲームは違う強化魔法ならいくらでも重ね掛けできるのが特徴だからなぁ。とはいえ、強化魔法を使っている間に短期決戦を求められると詰むんだけど」
『パウダーオブエレメント』は事前に強化魔法をかけまくれば、戦闘が一変するゲームだ。ノーマルの時は苦戦した敵でも、バフを乗せまくれば楽勝だったパターンが多い。とはいえ、終盤は魔法解除系統の魔法やスキルを使う敵が多いので、油断はできないが。
その仕様から考えると、アベージの部下たちの初手強化魔法を使う戦法もなんとなく理解出来る。魔導学園も同じような戦法を教えているらしいし。
「ただ、手加減して倒せるか極めてビミョーだった。ゲームみたいにHP1だけ残すとかすると、きっと駄目だろうし」
ゲームの手加減コマンドは敵のHPを1だけ残して気絶させる仕様だったのだ。
「その場合、息をしているだけの植物人間とかになってたかもね」
「体術スキルのレベルを上げておいて良かった良かった」
「だね。そうしないと強盗殺人ランピーチになっちゃうし。小悪党なソルジャーに相応しい称号かもしれないけどさ」
ホッカムリをして、ゲヘヘと包丁を舐めながら強盗をすらランピーチだ。実に似合っていると言えるだろう。
「強盗殺人が称号扱いとか斬新すぎるだろ。どんな漫画や小説でもみたことないわ。でも、たしかに村正の視点からだと、不法侵入からのお宝強盗なんだよな。この世界の基準なら殺されても文句は言えない。殺したら灯花の仇討ちストーリーとか始まりそうな予感がするし」
私は死んだお父さんの仇討ちに旅立ちますとか、満面の笑顔で外へと旅立つ少女の姿が幻視できる。そして、仇討ちは二の次にして、宇宙人がとか、パワースポットとか、怪しげな隠された基地とか探しそうな予感がします。灯花とは短い付き合いだが、なんとなくそう思う。
「まぁ、今更だとは思うけど。プレイヤーっていうのは哀しい生き物なのさ。盗んだらいけないアイテムでも誰も見ていなかったら盗むし、姿を消して、商人の財布を盗んだりとかさ」
遠い目をして、フッと笑うランピーチだ。その悲しげな瞳と歪んだ口元を見れば、誰もがこの男はろくでもないことを考えているなと、警戒するだろう。
「ゲームのプレイヤーは全員小悪党なんだね。まぁ、ヘソクリも盗むし、勇者って民間人の物を略奪しても平然としていられる勇気あるものっていう意味なのさ」
「嫌な言い方をするね。否定はしないけどさ。さて、では勇者ミチビキはアイテムを回収します」
空を背泳ぎしながら、クスクスと笑うライブラの上手い言い方に苦笑しつつ、転がった剣を回収していく。
『聖剣カリバーン:攻撃力120。12本揃えると『円卓の騎士召喚』を使用できる』
『聖剣エクスカリバー:攻撃力120。魔力を込めると『エクスストライク』、『ファイナルストライク』を使用可能。現在充填率100%』
「これは凄まじい性能だな。ストーリー終盤でも普通に使える武器だぞ。一周目ならと注釈はつくけどな」
「たしかに性能が破格だよね。地上なら伝説級じゃないかな?」
ランピーチの背中にひっついてライブラも聖剣の性能を覗き込み同意する。聖剣というだけはあると、拾った聖剣の性能を確認して舌を巻く。星9を倒せると豪語してたのは嘘ではない。村正はバフ系の使い手でもあり、一対一ならば楽に勝てていただろう。
万が一、ランピーチがステータスをリセットせずにストーリーを進めていたらやばかった。
『強盗ランピーチが現れた!』
テッテケテーとホッカムリをしたランピーチが出現して、あっさりと殺されていたに違いない。ここにも死亡フラグは存在していたのかと慄然とする小悪党だった。
「タキシードや指輪とかも金目の物っぽいけど………さすがに申し訳ないから止めておくか。灯花の親父さんだしな」
「一番良い物を懐に入れたのに、なんか小悪党が言ってる!」
「これも善行だよ。勇者は民間人に慈悲を与えるんだ。善人だからな」
胸に手を当てて、穏やかな笑みでランピーチは言うのだった。本当に穏やかな笑みなのかは手鏡を見ないといけないだろう。
◇
「とはいえ、レベル5で星7とか現実だと弱いな人間。というか俺が強すぎるのか。まぁ、経験値5倍に、宇宙装備、そして賢者の如き深い叡智を持つ俺だからなぁ」
アッハッハと得意げに笑い、調子に乗るランピーチだ。村正という凄腕魔法使いを圧倒的な力で勝利したことにより、その鼻はにょいーんと伸びて高々だ。
『あのさ………まぁ、良いんだけどさ』
なぜかライブラがジト目で嘆息したが、気にすることはないだろう。
「さーてと、それじゃ、このダンジョンをサクッとクリアしますか」
再度双精霊の鍵を取り出すと祭壇に掲げる。鍵が光り輝き辺りを照らして魔法陣が再び稼働すると、青き光柱が天井まで伸びていく。ダンジョンにつながるテレポートポータルだ。
「この先のダンジョンは手つかずのはず。ウヒヒ、攻略サイトに載せちゃおうかな」
『不安しかないなぁ。もう少しカッコ良い入り方をしたほうが良くない?』
揉み手をして、猫背になって小悪党スマイルを浮かべながらランピーチは苦笑するライブラと共にポータルに入る。
パアッと空間が光り、眩しさに目を細める。ようやく光に慣れてきて、周りを観察するして、ほほぉと感心の息を吐く。
「近代的なダンジョンだこと」
そこは貨物室のような部屋だった。周りは床も壁も天井も金属製で、非常灯が部屋をぼんやりと照らしている。テレポートポータルの横には円柱の端末が設置されており、小さなコンテナや棚などが部屋内に置かれていた。
『端末はまだ生きているみたい。ほら、モニターになにか色々と表示されてるし』
「たしかに。これは……」
『機械操作』
『電子操作』
スキルを発動させて、どのような機械なのかを判断しようとする。ランピーチの頭脳には『宇宙図書館』の知識がインストールされているのだ。なので、遺跡の機械も解析できる。叡智の賢者、それがランピーチなのである。
「テレポートポータル用の機械のようだ」
『ふむふむ。それで?』
「て、テレポートポータル用の機械のようだ………」
『それしか分からないの!? 操作方法は?』
叡智の賢者ランピーチ、役立たずであったことが判明しました。
「しかたねーだろ! レベルが低過ぎるんだよ。せめて6レベルはないと厳しい。でも、機械操作なんかに経験値を費やすことはなぁ」
頭をペチペチ叩いて責めてくる銀髪巫女に、苦々しい顔で嘆息する。現実だとゲームとは違い、様々なスキルが必要らしい。買い物にも必要だし経験値分配がますます厳しくなると肩を落とす。
「というか、ライブラさんは操作できないの? サポートキャラがこういう時に大活躍するんじゃ?」
『…………えっと、なにか言った? え、なんだって?』
「なんでもない。うん、ライブラはそれで良いと思います」
胸をランピーチの頬にぎゅうぎゅうと押し付けて桃のような柔らかさを堪能させてくれて、小首を傾げる可愛らしいライブラさんだ。うん、これでこそサポートキャラだねと、デヘヘと鼻を伸ばすランピーチです。
画期的な誤魔化し方をしてくれる美少女に、また今度同じ質問をしようと誓いながら、次の手を考える。
「それじゃ『遠征指示』だ。ウサギに指示を出す。この機械を解析せよ」
駄目で元々だと指示を出すと、テレポートポータルが歪み、ウサギたちがとてちてと入ってきた。ベッドですやすやと寝ていたミミもいる。
「う~んとミミはわからないから、ここで寝てるねぇ」
そして、ペチペチと機械を叩いてすぐに諦めると寝ちゃった。やっぱり駄目らしい。
「これはテレポートポータルの転移先を操作できる端末です。他の地域から転移されないように設定を消去。新たなるテレポート先に『スイートパンケーキ』を設定。鶴木屋への転移は1回だけ帰還する際に使用できるようにします。そうしないと、帰る際に困りますからね。あ、うさぎ」
でも、もう一人のウサギは役に立ってくれた。どこかで見たタキシードを背中に背負って、腰に下げた小袋から財布やら指輪がちらりと覗いている。
でもうさぎ耳だし、毛皮はぴっちりとしており黒いが変異種なのだろう。脚の毛皮は網タイツに見えるが気の所為、気の所為。小柄で平坦な胸元を見せる幼さを残すうさぎさんを直視すると、なぜか背徳感と罪悪感が湧くけど気の所為。
『にゃ~! 駄目だよソルジャー。あのうさぎをジロジロと見たら警察に電話するからね!』
なぜかライブラが叫んで、首を両足で絞めてくるが、なにか心の琴線に触れたのだろうか。ランピーチ的に全然わかりません。
「へいへい。で、すぐに設定できるのか」
「五分程度でウサギ」
バニーちゃんはライブラよりも遥かに役に立つ模様。時折支援してくれると言ってくれたので、助けに来てくれたのだろう。放置した宝箱を回収しにきたわけではないはず。
「サポートキャラは……うう~ん、チェンジは無理だな」
柔らかな胸を押し付けて、すべすべの生足を首元に回す可愛らしい美少女サポートキャラはチェンジはできない。長い付き合いなのだ。情が湧いたのだ。それ以外に理由はありません。
「それじゃお願いするよ。俺はこのダンジョンをクリアしてくるから」
「頑張ってください。この先はきっと今までよりも面白い場所だと太鼓判を押しますよ」
ふふっと笑うバニーちゃんへ手を振ってお願いして、隔壁の横にあるレバーを引くと、非常灯のランプが点灯しくるくると周り、ゴウンと重々しい音を立てて開いていく。かなりの分厚さを持つ隔壁で、しかも何重もの隔壁であった。
「おぉ、なんだこれ? かなりの広さ。え、ドーム何個分?」
その先はだだっ広い部屋だった。部屋といってよいのか迷うくらいに広い。天井は百メートルはあり、横幅は薄暗い中では広すぎて端は見えない。金属の柱がまるで神殿のように並んで聳え立っており、街の一ブロックくらいは入りそうだ。
やはり金属製の床や壁で、ランピーチが脚を踏みだすと積もっていた埃が薄っすらと舞う。
「静寂が支配する死の基地ってところか?」
『そうかも。なにもなさそうだね』
歩きながら周りを見て、埃っぽいなと話しながら進み━━━。
「どうやら敵さんのお出ましだぞ」
視界がギリギリ届く数百メートルは離れた前方に緑の身体の少女が二人立っていることに気づく。
身体つきは少女のものだが肌は滑らかな緑色で蛍光色のようだ。顔立ちは可愛らしいが無表情で、ぼんやりとランピーチを見ている。
『狂いしシルフ:レベル6』
素早くライブラが敵の正体を看破して、ぴしっと指で指す。役に立つところを虎視眈々と狙うライブラはとっても良い笑顔だ。
『ソルジャー、敵のお出ましだよ。優秀な私がサポートで解析しておいてあげたよ!』
「ありがとさん。では、最初のエンカウントはサクッと倒して━━━」
身構えて余裕の笑みを浮かべるランピーチだが、シルフは手をかざすと小さく呟く。
「人類の侵入を確認」
『極大暴嵐』
『極大暴嵐』
「はぁ?」
ランピーチが声をあげる間もなく、ランピーチたちを覆い尽くす嵐が吹き荒れるのであった。