84話 村正と小悪党
「ずっと待ってたのか? 魔法陣が反応するまで?」
ポータルが開くだろう魔法陣は、囲んでいる剣の力により発動を阻まれている。どうやら、前々からこのようなパターンを予想して用意していたのだろう。
「そのとおりです。この庭に儀式用の祭壇が埋まっているのは昔に調べて判明しておりました。以来、祭壇が反応したときに、テレポートで来れるようにマジックトラップを仕掛けてあったのですよ」
ランピーチの問いに淡々と冷笑で答える村正。その瞳は執念と言う名の光で濁っており、殺意を感じさせてくる。
「やれやれ、そういう裏技をすると先祖が泣くぜ?」
「私は入り婿なので大丈夫です。この祭壇を知ってから二十年以上待っていたのです。トンビに掻っ攫われるわけにはいきません」
「祭壇目的で結婚したと聞いたら、嫁さんが泣くぞ」
「もちろん妻も愛してますし、目的も告げております。家庭崩壊は結婚記念日を忘れた時だけです。あの時は土下座と高級レストランでなんとか許してもらいました」
「なんだよ、そこは祭壇目的だけと言ってくれれば罪悪感なしで倒せたんだけどな」
説得失敗。こーゆー場合は鍵を狙うために結婚したと答えてくれば遠慮なく倒せるのに、不仲になる理由が現実すぎてため息を吐いてしまう。
お互いに会話でのジャブの応酬を終えて身構える。灯花には悪いが、ここからはゲームの時間だ。
「だが、私と対面したことを暫くはベッドの上で後悔してくれ給えよ」
拳を構えて、呼気を整え神の視点へと変えて村正を睥睨する。超越者のエネルギーが身体から湯気のように吹き出して、超常の力を感じることができない村正も本能が警告を発して、眉をピクリと動かし警戒の表情となる。
「一撃で眠らせてやる!」
ランピーチことミチビキは体内の超力をみなぎらせて足を踏み出す。軽く踏み出すとその体がかき消えるような疾風の速さで村正へと間合いを詰める。
「ムウッ!?」
一瞬で村正の間合いに迫り、ランピーチの突き出した拳が村正の顔面の前に現れて、意識を刈り取る一撃となる。
ガイン
だが精霊障壁が発動すると、拳は半透明のシールドに阻まれてしまう。しかし予想通りであるために、ランピーチは左手を腰だめに掌底を繰り出す。
そうして二撃目。掌底により精霊障壁はガラスのように割れて砕け、その反動で弾かれるが、ランピーチは余裕の笑みで後ろに下がった反動を利用して村正の脇腹へと蹴りを放つ。
「くっ、速いっ!」
予想外の速さだと村正は顔を歪めて慌てて魔法を発動させる。
『短距離転移』
「おろ?」
蹴りが命中する寸前に村正の身体が消えて、一瞬のうちに離れた場所に村正は姿を現す。おっととと蹴り足を引き戻して、村正へと向き直る。
「転移魔法とは珍しい。なぜ潰れかけたホテルの支配人をしているのか、それだけ伝説の地とやらを発見したかったのか」
転移系の魔法は高難度で覚えることができる魔法使いは一握りだ。ゲームでもテレポ屋という転移をしてくれる魔法使いはいたが、転移料金は高額だった。
「魔法使いは叡智を求める者。最近は流行りではありませんがね」
パンと柏手を打ち、口元を歪めて村正は魔力を放出させる。
「思った以上に腕が立つらしい。ですが、今度は私の反撃といきましょう」
『円卓の騎士』
そして、祭壇の周りに刺さっていた剣から聖なるオーラが吹き出すと、人型へと形成されていく。
「むっ!? リビングメイルか?」
『ソルジャー、周りの剣から特殊な魔力が感じられるよ! 気を付けて! 村正のステータス解析!』
『鶴木村正:レベル5』
今度は役に立つぞと、ライブラが村正のレベルを解析する。そのレベルは想定内だったので、動揺しなかったが━━。
『円卓の騎士:レベル6』
周りの敵も合わせて解析するが、その強さにランピーチは目を見張り、うめき声を上げてしまった。
「リビングメイル……ではないのか?」
(レベル6? レベル6!?)
円卓の騎士とやらは、金の意匠で装飾された白銀の立派な全身騎士鎧で形成されており、関節部分は青白い炎が繋げている。手に持つ長剣は魔力を宿し、ランピーチが見ても強そうだ。
「ふっ、今ならばまだ降伏を認めます。大人しく鍵を渡してくれますか?」
「いや、降伏するつもりはないが、それよりもこれはなんだ? 君よりも強そうに思えるが」
皮肉げに包囲してくる円卓の騎士とやらを横目で見る。リビングメイルにしては歩き方や体の動かし方が滑らかで、ゴーレム系統にはとても思えない。
「これらは私が集めたコレクション『円卓の剣』です。12本の剣それぞれに遥か昔の英雄騎士たちが宿っております。星9の者でも私のこの陣形の前には相手にはなりません」
余裕の態度で会釈する村正。名前と違って、剣士ではなく魔法使いらしい。
「星9とは大きく出たな。では、君は星9というわけか?」
「いえ、私の最高ランクは星7です。ですが、それは探索者を途中で止めたから。自身の力は星9を超えると思っております」
そういうこともあるのだろう。嘘をついているようには見えないし、村正は自信に満ちている。ランピーチはその様子を見て、悔しさで歯噛みしてしまう。
「恐れをなしたのであれば鍵を渡していただければと存じますが? 去るものは追わず。後ろから攻撃することもしません」
悔しげにするランピーチを見て、村正は戦力差を感じて後悔しているのだろうと推測した。
だが、ランピーチが悔しがるのは理由が違う。
『ライブラ、星9以上って言ってるよ? 解析のやり直しを要求する! レベル5とか嘘だろ。せめて召喚騎士と同じくレベル6にしてくれよ!』
うぬぬと悔しがる理由。
『クエストクリア時はボスのレベルが報酬に関係するんだぞ! レベルが1違うと5000の差があるんだぞ!』
経験値が欲しかったからである。せこいと言うなかれ、プレイヤーなら必ず文句をつけるところなのだ。
『まぁまぁ、この人は中ボスでしょ? 奥にいるボスのレベルはもっと高いはずだよ』
『それでもこのボス戦で手に入る経験値が千違うよ! 補填してくれよ!』
『予想以上にセコかった!』
呆れるライブラだけど、千といったら結構な経験値なのだ。そして、村正は運営になんとか詫び石を貰おうとするせこい小悪党を待ってくれなかった。
「諦めが悪いご様子。時間切れとなります」
その手にワンドを持つと、村正はタクトのように振るう。
「円卓の騎士よ。この者を殺せ!」
その指示に従い、包囲していた円卓の騎士たちが剣を構えて突進してくる。ドスドスと芝生に足跡を残して、ランピーチへと迫ってきた。
「ちっ、仕方ないか」
舌打ちをして、最初に接敵する円卓の騎士へと身体を向けて、ランピーチはスウッと目を細める。先ほどまでのアホな会話をしていた姿はどこにもなく、達人の空気を纏わせて、立つ姿は凛としており、その瞳はなにか別の物を見ているかのように超然として。
ヘルメットのスリット越しに炎のような瞳を燃やして、円卓の騎士が剣を突き出す。突風が巻き起こり、風の壁を貫いて、強力なる一撃を繰り出す円卓の騎士。
だが、突き出された剣の横腹を撫でるように添えると、その軌道を変えて受け流し、同時に兜へと反対の拳を叩き込む。よろける円卓の騎士の胴体に蹴りを叩きこみ追撃をして地面に転がす。
右脚を支点にくるりと駒のように回転すると、ランピーチの背中へと突きを入れようとする二匹目の攻撃を躱して、横腹に蹴りを喰らわせる。三匹目が横薙ぎに剣を振るってくるので、素早く地に伏せると足払いをして転がす。
金属音がうるさく奏でられて、残りの円卓の騎士たちが攻撃を止めてその場に立ち止まるのを冷笑で返す。
「そこらのチンピラと同じような腕の木偶の坊たちだな。これが円卓の騎士か? ランスロットとかランスロットとかランスロットとかなのかね?」
カッコをつけたい小悪党だが、円卓の騎士はランスロットしか知らなかった。ジャンヌダルクも円卓の騎士だっけとか思ってます。
村正はミチビキと名乗る男の卓越した腕に驚いていた。たった数手だが、その腕は尋常ではないことがわかった。だが、自身の力を見せるのはこれからだ。
「私の二つ名はアーサー王。その力をお見せしよう」
ワンドに魔力を込めると不敵に笑い、村正は数多の敵を倒してきた必殺の魔法を発動させる。
『軍団強化』
『軍団超強化』
魔法が発動され、円卓の騎士たちの身体に赤いオーラを包み強化していく。
「見たことのない魔法だな。軍団を強化できるのか」
「驚くのはまだ早いですよ。この先がアーサー王と呼ばれた私の力です」
『円卓の加護』
『アーサー王の加護』
『聖戦』
空に白銀の魔法陣が描かれると、円卓の騎士たちが煌めく身体となる。これぞ、村正の必殺陣法、『王の率いる円卓の聖騎士』たちである。
「一体一体が星9並みの力を持つ円卓の騎士たち。これに貴方は敵いますか? この陣法を使い敗北したことが私はありません」
勝利を確信し、村正はワンドを振る。ランピーチに倒された円卓の騎士も立ち上がり、剣を構えるとランピーチへと襲いかかる。
先程までは足音はドスドスと重々しく、鈍重さを感じさせたが、今度はタタッとその足音は小さく、まるで鎧の重さを感じさせない。
3方向から矢のような速さの同時の突き。ガシャンと音がして円卓の騎士たちが重なり合い、ランピーチの姿が消える。
「申し訳ない。気の毒に思いますが、私もこのために長い年月をかけてきたのです。恨むのならば、せめて宿泊客としていらっしゃれば命を助けたのですが」
倒したと確信する村正だが━━━。
「このホテルに泊まる金がなくて申し訳ない」
上空から声が聞こえてきて、村正は目を疑う。
飛翔して躱したランピーチが空へと滞空しており、服がバタバタとなびく。
他の円卓の騎士たちが、上空に免れたランピーチを追って飛翔して、剣を振るい交差する。風が吹き荒れるようにランピーチの姿がブレて、何事もないように着地して━━━交差した円卓の騎士たちがバラバラになって落下してくるのであった。
「…………精霊鎧にいつの間に着替えたのでしょうか?」
信じられない光景を見て、まず出たセリフがそれだった。
先程まではジャージだったのに、今は剣士の衣を羽織っていた。しかもその衣はとんでもない魔力を宿しており、世界を旅した村正でも見たことがないレベルだ。編まれている糸一本一本が魔力で作られているかのようであり、国宝級よりも価値があると一目でわかる強力な衣だった。
「奇遇だな。君が円卓の騎士なら、私は『剣聖』の精霊鎧だ。どちらが強いか試してみようじゃないか」
ランピーチはフッとクールに笑い、羽織りをバサッとはためかせる。
『剣聖の衣:防御力150。攻撃力50%アップ、身体能力50%アップ、スキル『剣聖』使用可能』
一周目では手に入らない強力無比な精霊鎧。コロニー商店で経験値一万で買った装備である。
『ジャージから装備を切り替えるとかかっこいいよソルジャー! ジャージからとか』
『普段着も買うから、そこは言わないでほしい』
さっきまではジャージだったランピーチでした。
「くっ、そこまでの装備を持つとは……何者か興味はありますが、円卓の騎士の真の力はこれからです」
バラバラに切り裂いたはずの円卓の騎士たちが、炎に包まれると、その姿を元に戻す。まるでダメージを負っていないかのように平然と立ち上がるのを見て、村正は得意げに笑う。
「これこそ、聖剣カリバーンの力。無限の回復力を持つ不死たる円卓の騎士たち相手にいつまで戦えますかね?」
「円卓の騎士全員がカリバーンとやらを持っているのか……。では、どこまで戦えるか試してみようか!」
村正と円卓の騎士たち。強力なる軍団を前にしても、ランピーチは不敵なる笑みを崩すことなく楽しそうに口を歪めるのであった。