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83話 鍵の秘密と小悪党

 ━━━次の日の朝。


 ウサギたちの群れをいなして、ミラとアイテムを山分けしたランピーチはあのあとすぐに帰っていた。

 

 ゆっくりとベッドで寝られて、十分に回復している。


「結局買ったのは仮面とおまんじゅうと精霊鎧だけだったな。それと万が一の万能ポーション80点なり」


 まぁ、ほとんどなにも買わなかったけど、予定していた精霊鎧も手に入れたし、収穫は大きかった。次に行った時は、宇宙コロニーなんて初体験だし、今度は宇宙遊泳もしてみたい。


『私としては木刀も欲しかったよ?』


 伸びをしながら、ふくれっ面のライブラに舌を出す。なにしろ貴重な経験値を使うのだから、木刀とか買う気にはなれない。


「無駄使いできる余裕はうちにはございませーん」


『ウサギたちの泣きそうな瞳に負けて饅頭買ったくせに〜』


 きゅーきゅー鳴いて、鼻を擦り付けてくるウサギは世界最高レベルの可愛さだったのだ。耐えられる人なんかいないと思っています。


「あんなに愛らしいウサギに、もう買えないとか言えないだろ。最後はジャンケンで買う相手を決めさせたんだけどさ」


 ライブラとの軽口を終えて、ベッドから起床する。あくびをしながらボサボサの髪を手櫛で直していると、壁越しに元気な声が響く。頭にしがみついて、すよすよと寝ているミミが少し重い。


「起きてー。ご飯だよ〜」


「おはよう。朝から元気だね、君は」


 寝室を出ると、既にテーブルには朝食が並んでいる。いつもどおり、合成食料ではない天然物で美味しそうなご飯だ。


「へいへい、おじさんご飯だよ〜。今日は豚肉の良いのが手に入ったんだ。南部から流れてきたらしいけど珍しいよね。最近、やけに天然物の豚肉や卵が出回るのが多いらしいよ?」


 ニコリと笑い、灯花が得意げに並べる料理は、朝からポークソテー定食だ。なかなか重いが、ランピーチは若いから余裕なのだ。以前なら朝食を抜いています。


「へ〜、そりゃ珍しいな。どこかのウサギが狩って大蜘蛛が解体しているのかもな」


 その源は知ってはいるが、わざわざ教えるつもりはないので、頭にしがみついて寝ているミミをそっと隣の椅子に置いて、眠たそうに自身も座る。


「今日は何するの? 明日は土曜日で休みだから、それまではのんびりしていていいよ」


「この娘はナチュラルに我儘を言うから侮れないよな。あ、ほら、土産やるよ。饅頭一個だけど」


 饅頭を取り出すと、ご飯をよそっている灯花に放り投げる。残りはチヒロたちに渡す予定。


「お饅頭? どこで買ってきたの?」


 受け取った灯花はお茶碗を渡してきて、お饅頭を口に運ぶ。パクリと一口食べて━━━バタンと倒れた。


「え??? なんで倒れるんだよ。これ、もしかして人間には毒だったのか!?」

 

 慌てるランピーチだが、キョンシーのようにムクリと起き上がると、灯花はくわっと顔を歪めて、少女がしてはいけない形相となる。


「毒じゃないよ! これ、美味しすぎるんだよ。なにこれ? おまんじゅうの小豆の甘さが口に広がって、皮のフカフカが私の身体を溶かすみたいに、とっても美味しい! こんな美味しいおまんじゅう初めて食べたよ! どこで買ってきたの?」


「時折道端に現れる行商人から買ったんだ。ソウカーソンナニオイシカッタカー」

 

 信じられない程に美味しかったのはわかったので、箱ごと渡さないでよかったと冷や汗をかくランピーチである。特に箱はやばかった。今気づいたけど、『宇宙コロニースイートパンケーキ製造』と書いてあったし。灯花がこれを見たら大喜びして、スッポンのように食いついて離れないだろうことは想像に難くない。


「ちょっと街中を探してくるね! それじゃまたね~」


「あぁ、いってらー」


 猛然とダッシュして部屋を立ち去る女将さんに、やる気のないセリフで見送る。あの娘は本当に自由だなぁと苦笑しつつ、金銀の鍵を取り出すと、これ幸いと灯花のおかずを手元に引き寄せて、自分の分のご飯をよそっていたちゃっかりもののライブラへと差し出す。


「ライブラ、わかってるだろうけど、無駄に宇宙人のレベルを上げたわけじゃないんだ。『アイテム解析』よろしく」


「ふぉい」


 もぎゅもぎゅと朝ご飯を食べながら、箸でツンとつつくと鍵の上にウィンドウが表示された。


『金の鍵:剣の墓場ポータルを開く。銀の鍵と組み合わせると双精霊の墓場ポータルを開くことが可能となる』

『銀の鍵:弓の墓場ポータルを開く。金の鍵と組み合わせると双精霊の墓場ポータルを開くことが可能となる』


「ビンゴだ。面白そうなテキストが記載されてるじゃないか」


 今日はポークソテーかと、若いから脂身も胸焼けせずに食べられるんだよねと、肉を食べながらニヤリと笑う。


「元々どんな鍵だったのさ?」


「銀の鍵はだだっ広い石室に移動できるだけだったんだ。本来ならレアな弓がいくつもあったんだろうが、全て取り尽くされていたわけ。剣の墓場は見つけたら名剣が手に入るとか言ってたろ? あれも同じだと思う」


「同じ? だって、名剣が……あぁ、千年続けば、お宝も空になってるってことか。その鍵はただの客寄せアイテムなんだね?」


「そのとおり。以前はたしかに宝剣があったんだろうが、今はないんだ。そうでなきゃ、鶴木家が鍵を見知らぬ泊り客に預けるわけ無いだろ。ポータルの出し方を知らない? 嘘だね、宝剣が手に入るというのに研究しないわけがないだろ。しかも千年以上研究する時間はあったんだし」


 白米は美味しいねと、頬張りながら苦笑いする。いくら一泊一千万エレのウルトラスイートルームでも、本当に宝剣が手に入るなら安すぎる。


 皆、この鍵は役立たずだと知っていたのだ。だから宿泊客もいなかった。


「この部屋と飯で一千万エレ。鍵を宣伝に使うとは、あくどいというか………」


「あくどいというか?」


「もう一つの可能性を探っているのかもしれない」


 話しながらも、フト思いつく事があったので、目を細めて僅かに真剣な声音となる。


「まぁ、使ってみればわかる。そろそろ朝食は終わりだ。腹ごなしに一つ運動といこうか」


「お味噌汁をお代わりしたらね! 久しぶりのまともなご飯なんだから、ゆっくり食べさせてよ、もぉ〜」


 味噌汁をズズッと飲んで、もう一杯と欲張る銀髪巫女。どうやら美味しいご飯に飢えていた模様。今度、コロニーで飯を奢ろうかなと考えつつ、2つの鍵を手に持ち庭へと出る。


「鍵を組み合わせて……ふむ」

 

 古ぼけた鍵同士を合わせると、パズルのように一本の鍵へと姿が変わった。金銀のコントラストが綺麗で、芸術品としても価値がありそうだ。


『双精霊の鍵:ある祭壇で使用すると、双精霊のポータルが開く』


「ある祭壇ねぇ……。まぁ、シチュエーション的にここなんだろうけど、少し気になるな」


「なにが? ごはんをお代わりしても良い?」


「すまん、今度からちゃんとご飯用意してあげるから。口元にご飯つぶついてるぞ」


 白米を口いっぱいにほお張り食い溜めをしようとする欠食児童みたいなライブラに、少し反省しつつ、『因果混沌のサングラス』を亜空間ポーチから取り出して顔につけて、薄笑いを浮かべる。


「着脱時さえ見られなければ絶対に俺だとわからないんだよな?」


「うん。そのはずだよ。でもなんでここでつけるのさ?」


「ここにいるのはランピーチだけだ。それなのにランピーチだと本当に分からないのか試してみたくてな。名探偵でなくとも分かる答えに、誰も辿り着けないのなら、このサングラスは信用できるというものだろ」


 不思議そうな顔をするライブラだが、バレても問題ない時に試しておきたいのだ。今が絶好のチャンスと言えよう。


「それじゃ、鍵を使おうかな。使用方法なんて簡単だ。鍵に対して『使用する』と思念を送ると……あら、不思議」

 

 双精霊の鍵から光が放たれて、庭を指し示す。ありがちなイベントだけど、現実だと少しワクワクするかもと庭に出て行くと、地面が鳴動しストーンヘッジがせり出してきた。中心には魔法陣が彫られており、神秘的だ。


「神秘的というか、ゲーム的だけどな」

 

 感動はするけど、こういう点がいまいちゲームの世界ではと思う原因になっていると苦笑しちゃったランピーチである。

 

『狂いし双精霊を倒して、エレメンタルストリームを正常に戻そう』


 と、眼前にステータスボードが表示される。


「おっと、クエストも発生か。やったことのないクエストだな。しかもなんか面白そう」


 しかもクエスト発生。クエスト名から推測して、面白そうだ。


「それじゃ、魔法陣の中心に立って、鍵を使用する?」


「だな。それじゃ、開けゴマ〜」

  

 お茶碗を持つライブラの言葉通り、魔法陣の中心で鍵を翳す。お茶碗は置いていってくれない?


 鍵に反応して、魔法陣が光り始めて━━━。消えてしまう。その予想外の光景にため息を吐いて、ランピーチは肩を落とす。簡単にはいかないんじゃないかなぁと思ってました。


「………この祭壇が現れることを待っていたか。やれやれ、人の執念というものなのかね?」


 周りにいつの間にか剣が刺さっており、剣から放たれる光が魔法陣を覆い、鍵の力が霧散していた。そして、さっきまでは感じなかった人の気配を背後から感知する。


「どこのどなたか知りませんが、感謝の言葉を告げなくてはいけないでしょう。お名前をお伺いしても? ミスター?」


 男の冷ややかな声にランピーチは振り向くと、タキシードを着た男がニコニコと笑顔で立っていた。


「お客に貸しているのに、アラームを仕掛けているとはたちが悪い。一千万エレもしたんだろ?」


「申し訳ありませんが、貴方はお客様ではないようですし━━━その魔法陣が反応する時を私はずっと待っていたのですよ。いつか必ず発動する時があると信じてね」


 男は村正だった。いつもの人当たりの良い男はどこにもおらず、その表情はゾクリと背筋が震えるほどに冷酷で、その瞳は目的のものを見つけたと喜びで澱んでいる。


「さて、その鍵を置いていけば見逃します、ミスター。賢明な判断をしていただけますかな」


 慇懃無礼な嗤いを見せる村正に肩をすくめて見せる。どうやら本当にランピーチだとわからない模様。恐るべき性能のサングラスだ。


「悪いが、この鍵を見つけたのは私だし、この先の宝も私が頂く。尻尾を巻いて逃げたほうがいいぞ、支配人」


「ふむ……予想通りのお答え。では死ぬ前にお名前だけお伺いしても?」


 顎を擦り村正はランピーチを睥睨してくるので、笑って返す。


「俺の名前はミチビキ。精霊を導く者だとでも記憶しておいてくれ」


 この男、正体がバレないと確認できたので、カッコをつけて、黒歴史モードとなる。


『ボス戦:伝説の地を探す執念の魔法使い、鶴木村正を倒せ』


 早くもボス戦発生のお知らせです。


「立ち塞がる敵は全て排除していくから、心するように。後悔しないようにな」


「よろしい。お互い引くことはないということはわかりました、ミチビキ様」


 そうして二人は睨み合い、ランピーチ難易度のクエストの火蓋は切って落とされたのだった。

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