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82話 コロニーと小悪党

 無限に広がる宇宙空間。星の光は瞬くことなく輝いており、この場所が地球外に存在していることを示している。


 そこは宇宙空港のターミナルであった。宇宙航空会社のラウンジが軒を並べて、様々な店舗がシャッターを閉めているがずらりと並んでおり、本来ならば電光掲示板が光っていただろう電源が落ちているメインボードが天井からいくつもぶら下がっていた。床は不思議な素材で作られており、柔らかくもあり、それでいて足に力を入れると走りやすいように硬くなる。


 宇宙時代、映画や小説でしか存在しないだろう場所がここにはあった。ただ、非常灯だけがついており、薄暗く空調も効いていないのか、吐く息は白く、肌寒い。


「寒いところだな。人気がなくて寂しくもある。ゲームでは白い空間だったんだけど、現実だとコロニーに来てるのか?」


 かつては多くの人々で賑わっていたことだけがわかる光景に、ランピーチは眉をしかめて悲しげに周りを見る。


「そのとおりです、プレイヤー。このコロニーは遥か昔は多くの人々が住んでおり、この宇宙港ターミナルも、様々な人間が観光に、ビジネスにと集まっていたものです」


 床に並べたアイテムをせっせと整頓して、こちらをみない少女。まったく情緒を感じさせません。


「あのさ、ここは感傷的に語るところじゃない? よくあるじゃん、こーゆー滅びた施設を切ない表情で語る最後の守り人とか。なんで、せっせとアイテム整理してるの? もう少し俺の方を見てくれないかな?」


「山分けにするので、価値のある物を適切に分けているんです。そんなイベントよりも重要です。まったくプレイヤーはそーゆー形から入るから、いつも挫折するんです。運動して健康的な生活をしようとジャージを買って寝巻きにしているのを知っています」


「違いますぅ〜。俺はいつも形から入って、しっかりとやりますぅ〜。ジャージは最初から寝巻きのつもりで買ったんです〜」


『ソルジャー、その言い訳は少し厳しいよ!?』

 

 少女のツッコミに、ムキになって口を尖らせる大人げないランピーチである。その返答にちらりと見てきて、すぐにアイテム整理に戻る少女。まったくランピーチに興味を持たない模様。


「あーあー、ちゃんとかっこいいイベントだったら、分前は半々にしようかなぁと思ってたんだけどなぁ」


「もちろん今から真面目にやるつもりでした。信じてました、小悪党はきっと外見だけで、中身はチンピラよりもマシだって。山分けの選択は私がしますね」


 すくっと立ち上がる現金すぎる少女。コホンと咳払いをして、腰に手を当てると、ふわりと髪をかき上げて、美しい微笑みを向けてくる。


「予想はしているでしょうが、私の名前はミラ。よく来ましたね、プレイヤー。1256年と24日8時間47分ぶりの来訪者さん。宇宙コロニー『スイートパンケーキ』にようこそ」


 手を水平に伸びすとミラはくるりと回転し、むふんと自慢気に告げてきた。


「スイートパンケーキ?」


「パンケーキを重ねたような形なので、『スイートパンケーキ』です。本物のパンケーキではないから壁をかじっても食べられないので注意しておきます」


「食べるという選択肢はねーよ。というか、ネーミングセンス壊滅的なのはわかった」


『見てみてソルジャー! 外からみると本当にパンケーキみたいだよ。バターが天辺に乗ってシロップもかけてある!』


「いや、俺に同意を求めるなよ。ライブラみたいに壁を貫いて見れないんだからさ。でも、ライブラは見たことなかったのか?」 


 壁を透過して、外からコロニーの様子を見てはしゃぐライブラ。それを見て、憐れみの声をあげるミラ。


「彼女はプレイヤーのサポートとして作られたエロ要員なんで管理者権限がないんです。なので、コロニーも初体験ですね」


「ライブラって本当に泣けてくる可哀相なやつなのな……。そうか、平社員なのか」


 ライブラは予想以上に可哀相だったので、これからは優しく接してあげようと考えるランピーチ。


『そこで二人で憐れまないで!? 大丈夫、ソルジャーがレベルアップしていけば、いずれは私も最高レベルの管理者になれるからさ』


「そのとおりです。出世をしてこの会社のやり方を変えるのは貴女だけです。なので、馬車馬のように働いてください」


『ブラック会社の引き留め方法みたいなセリフだ!?』


 酷いよと、ライブラがランピーチの頭にしがみつき、ぎゅうぎゅうと締め付けてくるのでポンポンと軽く叩いて慰めつつ、ミラを観察する。


 腰まで伸びる黒髪は鴉の羽根のように滑らかで美しく、強気な瞳は力を宿し、その唇は意志の強さを示すように感じられて、それでいて幼さを見せて子犬のような庇護欲を湧かせるような小顔の顔立ちは可愛らしい。背丈はまだまだちっこくて、体にピッタリと張り付くような黒い強化服を着込んでおり、漆黒のマントをつけている。


「厨二病的なコスプレ装備に見えるよな」


「これは汚れないし、自動修復機能とついつい仕舞ったことを忘れちゃうポケットがあるので便利なんですよ」


「主に後者の機能が目的なんだろ。まぁ、良いや、よろしくな、ミラ。まだまだ雇うことはできないけど」


「契約が成立するまでは、コロニーにいますし、短時間なら支援もできますので気にしなくて良いですよ」


『そうそう。永遠に雇用しなくても良いと私は思うよ?』 


 ライバル視して、縄張りはわたしんだと、キシャーと威嚇するライブラだった。ライバル心を煽れば、これからはもっとスキンシップが激しくなるかもと、小狡いことを小悪党は考えているのかもしれない。


「話を戻しましょう。コロニーの稼動をさせないといけません。とりあえずはこの区域だけでも稼動をしましょう。稼動エネルギーは経験値うんめいえねるぎー5000です」


「がめついなぁ。そんな機能はゲームではなかったのに……」


「現実ではあるんです。稼働させないと商店とかを利用できませんよ?」


「脅しだよね。…仕方ねぇか。経験値5000を使用する!」


 嘆息混じりに宣言する。経験値はもったいないが仕方ない。


『スイートパンケーキの宇宙港ターミナルを稼働します』


 ウゥーンと、小さな振動がすると、天井の明かりがついていき、電光掲示板が息を吹き返し、ホログラムが空に標示されていく。店舗のシャッターが開いていき、様々なお店の看板に明かりがついていった。


「ふふっ、ようこそプレイヤー。人類最後の居住コロニーにして、最後の要塞へと。歓迎しますよ」


「おぉ、お邪魔しますと言っておこう」


『邪魔しまーす』


 妖精のようにふわりと舞って、手を差し出してくるミラに、ランピーチは手を差し出そうとして、ライブラがしがみついて妨害するのであった。


 ともあれ、気になるセリフがたくさんあるが、ゲームと同じく施設は使えるらしい。


         ◇


「私はアイテムの選別に忙しいので、案内はスキップします。自分で見て回ってくださいね」


「ねぇ、それってプレイヤーが言う言葉じゃない? なんでサポートキャラであるミラがスキップするんだよ」


「むむむ、切れた銅線と錆びた歯車……どっちを私の分にしましょうか。古びた雑誌と空き瓶の分け方も迷います」


 ジト目でツッコむが、既にミラは真剣極まる顔でアイテムの選別をしているので話しかけるのは諦める。なんとも強欲なサポートキャラだねと嘆息もしちゃうランピーチである。


 これ以上話しかけても、ゲームキャラのように同じ言葉しか返してくれなさそうなので諦めて、店舗を見て回ることにする。


「いらっしゃいうさ。お饅頭買って。できたてうさよ? 久しぶりのお客様うさ」


 それぞれの店舗はレストランから、武器屋までたくさんあるが、全て店員はうさぎだ。たった一人のお客様を前に、期待の目を向けてくるので、居心地が悪い。


 価格はホログラムで映し出されているのでわかるが……。


『コロニー饅頭:50点』


「やはりエレじゃないのかぁ〜」


「経験値でお支払い可能うさ」


 スンスンと鼻を鳴らす店員ウサギ。そのセリフは予想通りだった。


『へー、この商店は経験値支払いなんだ?』


「そうだ。コロニー商店は全て経験値支払いなんだよ………エレはゴミなんだ。その分、性能は地上の店売りなんか比較にならない高性能なんだけどな」


 この商店は『宇宙人』スキルを取得しないといけないため、殆どの者は2周目から来られる場所である。経験値での支払いからわかる通り、5倍経験値ボーナスも無いとつかえないので、完全にクリアした人のための優遇措置だといえよう。


「あ、プレイヤーは1278点、四捨五入して1200点のお金を渡しておきますね。私からのサービスです。初めてのお買い物を楽しんでください」


 ピッと白いカードをミラが投げてくるので、受け取る。電子マネーみたいに格納されている模様。一見親切に見えるが━━━。


「……サービスじゃないだろ! これ、俺が魔物を倒した端数の経験値だろ! なんで反映されないかと思ってたらここにあったのか! それに四捨五入じゃねぇ!!」


「あ、バレましたか。点数に直す時に手数料を取りましたが、微々たるものです。それにこの経験値がなければ私も稼働できませんでしたので必要経費ですね。四捨五入はミラ的四捨五入です」


 ピンときたランピーチに、テヘペロと小さな舌を出してミラがそっぽを向く。おかしいおかしいとは思ってんだが、原因が判明しました。こっそりと盗んでいる娘がここにいた模様。


「それと、買うなら、まずは『因果混沌の仮面』をお勧めします。では、アイテム整理に戻りますね」


「『因果混沌の仮面』? ゲームではなかったけど、なにそれ?」


 もはやミラに話しかけても答えてくれないだろうと考えて、饅頭を持つ店員うさぎに話しかける。


「『因果混沌の仮面』は1000点で買える便利なアイテムうさ。その仮面を被っていれば、『看破』レベル7以下相手には絶対に正体がバレないうさ。目の前で脱がなければ、明らかに親分と同じ行動をしても、相手は絶対に親分だとは推測できないうさよ。過程を見ても結果は混沌とさせる、それが『因果混沌の仮面』うさ」


「『偽装』スキルが役立たずになった瞬間だなぁ。というか認識妨害じゃなくて、因果を誤魔化すって恐ろしい性能だ」


『でも、ソルジャーのこれからを考えると必要だよね。これからも浄化していくんだしさ』


「まぁな。目立っても正体がわからないのは良いよな。それじゃ、その仮面を一つくれ」


「毎度うさ! 仮面タイプは角つき兜、サングラス、般若の面、ヒョットコとあるけど、どれにするうさ?」


『もちろん角つきモガガ』


 余計なことを言おうとするライブラの口を塞いでおく。あんな恥ずかしい仮面を被れる程精神が強くないのだ。


「サングラスでよろしく」


 コロニー商店の最初の買い物はサングラスとなった。その様子を見て、キラリンと目を光らせる店員ウサギたち。


「お客様うさ……」

「お金持ってるうさよ」

「うさのも買って〜」


 そして、お金を持っているとわかり、他の店員うさぎに群がられるのだった。

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