80話 精霊使いと小悪党
「さぁ、貴様ら下等生物に絶望の力を見せてやろう! 光れトパーズ!」
『ストーンスネーク召喚』
アベージが手に待つトパーズを放ると空中で魔法陣が描かれてトパーズに魔法の粒子が光の繊維となり、覆っていき、岩で形成された大蛇へと変わる。その重量を示すようにズシンと大きな音を立てて着地すると、ストーンスネークは生き物のように首をもたげて、すり潰すことを目的とするような歯を見せて口を開く。
「なんでエルフがこんなことをしてるのかな? 宇宙人みたいな耳をしててかっこよいのに! 本当は森じゃなくて、宇宙に住んでると思って、尾行もしたことがあって、お嬢ちゃん、クリームパンあげるから帰りなさいって、親切にしてくれたのに」
本人的には褒めているのだろうセリフを口にして、灯花が悲しげに……いや、好奇心丸出しで弾むような声で尋ねる。というか、尾行されたエルフは物凄い困っただろうね。
「それは簡単な話だ。俺は悠海家でも傍系。安全な生活ができる場所は本家が支配している。傍系の中でも役立たずは魔物が徘徊して、いつ死ぬかわからない場所で暮らさないといけない。だから街に来たんだ。ここで金持ちとなり、森のエルフなんかより遥かに良い暮らしをしてやるのさ」
「地上街区でも、スラム街があるように、森も貧富の差があるのかよ。自然に生きるってことは弱肉強食の掟に縛られているんだから当たり前か。エルフに抱いていた幻想は崩れたけどな」
「幻想は金の前に崩れさる。だが、エルフの力は本物だ! ルビー、サファイア!」
『サラマンダー召喚』
『アイスウルフ召喚』
ルビーから人ほどに大きな炎のトカゲであるサラマンダー。サファイアから氷の毛皮を持つ狼アイスウルフ。二匹が召喚されてストーンスネークをサポートするように後方左右に展開する。アベージは最後に背中に手を回すと、小ぶりの弓を取り出す。
(一人でパーティーを組めるとは、さすがはチート種族。主人公として選べないだけはある)
ランピーチはククッと笑うと、BDを仕舞う。『ミサイルプロテクション』があるなら、この銃はあまり意味がない。
「灯花後ろに下がってろ! エルフは強い、ここはおれに任せて」
「戦闘かいしーっ!」
ランピーチがかっこいいセリフを言う前に、脳筋娘は前傾姿勢となると、好戦的な笑みを浮かべて駆け出す。
灯花の動きに合わせて、ストーンスネークが口を開いて噛みつきに入る。切れ味鋭い牙ではなく、すりつぶすための歯は噛みつかれれば、その肉体はミンチになってしまうだろう恐ろしさだ。
岩山が動くかのようにストーンスネークが灯花に肉薄する。だが、灯花はクスリと笑うと、身体を右にずらしてくるりと回転させると紙一重で岩の塊とも言えるストーンスネークの噛みつきを躱す。
そのまま翻すと強く足を踏み込み、両手のひらをストーンスネークへと添えて、体内の気を練っていく。
『双掌気砲』
触れた箇所から爆発的なオーラが吹き出し、ストーンスネークの胴体を弾き飛ばす。コンクリートの床を削りながら転がるストーンスネークへと、トンと飛翔して間合いを詰めるとカモシカのような脚から鋭い蹴りを繰り出す。ストーンスネークの岩でできた胴体に大きな凹みが岩の破片を散らして形成された。
ふわりと軽やかに床に足をつけると、武道着のような精霊鎧を翻して、灯花は胸を張って得意げにピシリと親指を立てる。
「先祖代々の家宝『浮雲』! この精霊鎧は体重を雲のように軽くできるのだ!」
「おお、体術は見るものがあるな」
「鍛えられてるからねっと」
「グォぉぉ!」
天井近くまで軽く力を込めて飛び上がる灯花。その真下をストーンスネークが列車でも走っていくかのような速さで通り過ぎてゆく。
結構なダメージを負ったにもかかわらず、ストーンスネークは精霊らしく、痛みを感じず反撃してきたのだ。
サラマンダーとアイスウルフも口内に魔力を溜め始めているし、アベージも矢をつがえている。
「お喋りをしている時間はなさそうだな!」
フレイムマグナムとアイスマグナムを腰から引き抜くとランピーチは冷めた目で敵を俯瞰する。どんなに不意を突こうとしても、ランピーチの神の視点からは逃れることはできない。
『第三者モード発動! 略してTPS視点!』
『略すとかっこ悪いからやめてくれる?』
ライブラがカッコ悪い叫びをあげてくれるので、戦意が漲りランピーチは目を細めて二匹の精霊へと銃口を向けて、全体を把握していく。
ストーンスネークと肉弾戦を始めた灯花を前に、アベージは驚いて動きを止めている。だが、サラマンダーとアイスウルフの動きは止まっていない。機械のように無感情に攻撃を繰り出そうとしている。
「攻撃パターンは知っている。ブレスだろ! だが、俺が相手で残念無念!」
サラマンダーへアイスマグナムを、アイスウルフへフレイムマグナムの銃口を向けて引き金を引く。
『早撃ち』
炎と氷の弾丸が発射されると、二匹の精霊の口内に入り込む。魔力を溜めていた精霊たちは魔法の弾丸を受けて、魔力を暴走させて爆発した。炎と氷の残滓が残り、核となった宝石がコトリと床に落ちて砂へと返っていった。
「なっ! 俺の精霊を一撃だと!」
「相性の問題だな。お前はアンラッキーだったんだ」
属性弾は精霊に対して相性が良すぎる。炎なら氷、氷なら炎、そのダメージは3倍。さらにヘッドショットで6倍。合わせて9倍ダメージであれば、たとえ弱い銃撃でも下位精霊ごときあっさりと倒せる。
「ちっ、見た目と違い、腕が良いのか、この小悪党め!」
ストーンスネークと戦闘を繰り広げる灯花をアベージは横目で見て、まだまだストーンスネークはやられないことを確認すると、ランピーチへと弓を向ける。
「まずはお前を片付けてやる!」
『二連射』
プンと弦の音が鳴り、矢が放たれる。と、即座に弓から細い枝が育つように矢が作られて、再び矢が放たれた。魔法によるあり得ない射撃だ。
二本の矢はほとんど同時にランピーチへと向かってくる。だが、ランピーチは二丁のマグナムで迎撃する。いかに速い矢であっても、属性弾には敵わない。燃え尽き、凍りつき、放たれた矢は落ちていく。
「ルビーとサファイアよ!」
『サラマンダー召喚』
『アイスウルフ召喚』
即座に魔宝石を取り出して再度の召喚をアベージは行う。
『手慣れてるよ、ソルジャー! 追撃をしなくちゃ!』
『わかってる! だがダメージコントロールに気をつけないとこいつは倒してはいけないんだ!』
『倒してはいけない? 変身でもするの?』
『もっと酷いことになるんだ!』
コテンと首を傾げてライブラが不思議そうな顔になるがスルー。これを逃すととんでもないことになるのだ。
「タイミングがシビアだから集中!」
再び召喚される精霊を即座に撃ち殺し、間合いを詰めるべく駆け出す。トトンと軽く蹴るだけで、その驚異的な身体能力で一気にアベージとの間合いを詰めていく。
「ちっ、近づけさせるか! シルフよ!」
『風魔法強化』
アベージの周りに小さな翅を生やした緑の体を持つ精霊が漂い、風の魔力を強化する。アベージは手を振ると、魔法を発動させる。結構戦闘に慣れているようで、発動速度がかなり早い。
『トリプルウィンドカッター!』
三つの風の刃を作り出し、正面から一つと、左右に挟み込むように二つ。
風の刃というだけあって、その攻撃速度は狭い広間ではランピーチへと一瞬で到達する。精霊障壁ならば防げるだろうが、ランピーチは装備していない。それは魔法に対して無防備であることを示している。
「とった!」
醜悪な笑みで、ランピーチを殺したとアベージは確信するが、この程度で殺られるわけがない。
「いやいや、やられねーよ」
『エンチャントサイキック』
ランピーチの肉体が蜃気楼のように歪み、超常なる力が宿る。理を歪める魔法を超えて、新たなる理を創る人を超えた力が。
「ふんっ!」
眼前まで迫る風の刃。物理的な効果を宿すその死のギロチンに、横腹を叩くように拳を叩きつける。魔法の力で形成されていた風の刃は、サイキックエネルギーを前にあっさりと霧散して消えていく。
正面の脅威がなくなったランピーチは両脚に力を込めると虎が獲物に飛びかかるように床を蹴り、さらなる加速をして左右の風の刃を躱すとアベージに肉薄しようとする。
「魔法を消した!? ディスペルではないようだがどうなってる?」
『ウィンドステップ』
信じられない光景を前に目を剥いて、間合いを取ろうと風の力を足に纏わせて大きく後ろに下がり、手を腕輪に添えるとアイテムボックスをアベージは開く。
アベージの持つアイテムボックスの亜空間が開き、腕を差し入れて魔宝石を取り出そうとし━━。
「それを待ってたんだ」
ランピーチの顔が目の前にあった。ニヤリと笑うその顔には目に獲物を捕まえた光を宿し、ランピーチは悪魔のような笑みを浮かべて、腕を振るう。
「なっ! なんて速さだ」
慌てて魔宝石を取り出そうとするアベージだが、その意思は腕に反映されなかった。
━━━なぜならば、アベージの両腕は切断されており、鮮血を撒き散らして宙を舞っていたからだ。ランピーチがたった一振り腕を振るっただけで、アベージの腕を切り裂いたのだ。
「ひっ、俺の腕が!?」
宙を舞う己の腕を見て、アベージは絶叫して、ランピーチは嗤い、アベージの首を掴む。
「アイテムボックスに手を突っ込むその瞬間を待っていた。本来なら、所有者しか使えないアイテムボックスだが、開いた状態で倒すとアイテムボックスは他人も使えるんだよ」
欲にまみれた小悪党スマイルで、上手くいったと。
「エルフは必ず魔宝石を持っている。その魔宝石を奪う方法は二つ。敵が宝石を投げて召喚する前に掴み取るか、アイテムボックスを奪うかだ。投げる時に奪うのはリスクが高すぎるから、こっちがポピュラーだな」
「エルフを金庫だとでも思っているのか」
「悪人エルフに対してはそうだ。敵の中で一番人気を争う存在、それがエルフだからな」
プレイヤーたちには大人気。接近してからの腕の部位破壊。厄介でタイミングもシビアだが、誰もが挑戦する。
「ではお別れだ。三途の川への渡り賃は渡せないが、そもそもエルフだから人間ではないと渡し守にはゴネてくれ」
「くっ、狂人めが。お、俺を殺すとまずいことになるぞ。後ろ盾が黙っちゃいない」
軽口を叩くランピーチに、憎々しげにアベージは睨みつけて脅しをかけてくる。だが、そんなのは今更だ。
「大丈夫。お前の後ろ盾は知ってるから安心して死んでくれ」
「こ、こいつっ、なんて目を」
人を見る目ではないランピーチに怖気を感じるアベージが悲鳴を上げるが、それまでだった。
「小悪党らしく、お前を片付けようじゃねーか」
床に一気に叩きつけ、ズガンとコンクリートを砕き、アベージは肉塊へと変わるのだった。