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8話 モンスターと戦う小悪党

 『刹那』


 確実に倒すために、時も止めてじっくりと狙いを付けてランピーチは引き金を引いた。特撮ヒーローとかではないのだ。必殺技だからととっておくつもりは毛頭ない。あと、反撃されるのも怖い。


 戦闘時に一回だけ使える『刹那』はまず最初に使い、敵の数を減らすのは常套手段だ。


『ゴブリンの頭:命中率70%』


 時を止めた一撃は過程を無視して、ゴブリンの頭に命中する。頭に小さな穴が空き、緑色の血を噴き出すとゴブリンは仰け反って地面へと倒れる。


 そう、ゴブリンなのだ。有名すぎるほどに有名な魔物である。ゴブリンが手に持つ木の杖に似た拳銃が地面へとガシャリと音を立てて落ち、ピクピクと痙攣する。


「うぉぉ! うぉぉ! うぉぉ!」


 そしてランピーチは必死の表情で叫ぶと、油断せずに引き金を引き続けて、銃弾を倒れたゴブリンへと集中させる。積雪に当たりポスポスと小さな穴を空けて、撃った銃弾の全ては外れていったが。


『ちょ、ちょっと待ってよ、ソルジャー。敵は死亡してるから! あれは死体蹴りになるよ。しかも弾倉空にしてるし!』


「死んでないかもしれないだろ! それかアンデッドとして蘇ったり、変身を3回残していたり!」


 倒されたはずのライブラが眼の前に出現すると、ズビシと額をつついて慌てた顔で止めてくるが、ランピーチはキシャーと怒りの表情で、空になったのに引き金を引き続けていた。恐怖で動揺して混乱して狂乱している小心者のランピーチである。


『それに命中してないよ! ほら、全弾外れ!』


「あ? ………ほ、本当だ。追撃しなくちゃ」


 息を荒らげてランピーチはゴブリンをよく見ると、アワワと慌てて腰から下げた弾倉を取ろうとして、おっととととお手玉をして地面に落とした。そして落としちゃったと慌てて跪くと弾倉をとろうとする情けない姿を見せるのであった。


『ライブラの解析システムオーン!』


『ゴブリンレベル1:死亡』


 こりゃ駄目だとライブラは嘆息して、空へと顔を仰いでシステムをオンにする。倒れたゴブリンの側に現状が表示されて、そこでようやくランピーチは息を整えて安堵すると座り込むのであった。


 『宇宙図書館スペースライブラリ』レベル1の能力『解析』だ。敵の名前と状態、そしてレベルが表示されるのである。他にもアイテムの解析もしてくれるので便利な機能であった。同等の能力で『鑑定』があるが、それの簡易版である。


『慌て過ぎだよ、ソルジャー! ゴブリンに弾倉一つ空にしてどうするのさ!』


 ライブラが怒ったようにペチペチと頭を叩いてくる。予想と違ったのだろう。


「そ、そりゃわかるよ? 言いたいことはわかる。だがなぁ、喧嘩と違い命が懸かってるんだ。パニクるのは当たり前だろ?」


 疲れたように項垂れて、ランピーチは先程の戦闘を思い返す。考えていた以上に怖かった。ステータス『精神』9は常人より1低いだけだが、命の取り合いに対して守ってはくれなかったらしい。そりゃそうだ、訓練されてない一般人がへっちゃらの顔で己の命をかけて銃撃戦などできるわけがない。


 断じてランピーチが小心者のせいではないのだ。たぶんそうなのだ。肩が小刻みに震えて、心臓の鼓動がうるさいけどランピーチのせいではないのだ。


「それに銃スキルを持ってない影響もわかったな、この距離じゃ当てるのは不可能だよ、これ」


 ゴブリンの死体は80メートルは離れており、アサルトライフルを連射しても命中しなかった。これは普通のことである。素人がこの距離でビルの裏路地にいる子供程度の体格の敵に命中させる。訓練された兵士でも難しいだろう。しかもアイアンサイトであり、狙いを付けるにも限界があるのだから。


精霊粉エレメントパウダーによる阻害もありますからね。魔力が付与されていないと全ての活動は減衰されちゃうから、レーダーなど魔力の乗っていない科学兵器は意味をなしませんし』


 『精霊粉エレメントパウダー』は世界に魔法という恩恵を与えたが、魔力の付与されていない物に枷をつけた。物理的な攻撃や探査は全て水中の中にでもいるかのように減衰されてしまうのだ。そのためにレーダーなども使用は制限されるので、レーダーサイトによるロックも難しいのだ。


 そのために有視界戦闘がメインとなり、無人兵器を使用することも難しい。


 ご都合ゲーム理論とも言えます。


『人類宇宙連合が圧倒的な兵力の地球軍に勝利できたのも『精霊粉エレメントパウダー』のお陰です。レーダーの使えない地球軍に対して新兵器━━』


「はいはい、その設定は知ってるから言わないでよろしい」


 ふんふんと得意気に話そうとするライブラを押し止める。どこかで聞いたことのある設定だよねと、たぶんプログラマーはファンだったんだろうなぁとランピーチは苦笑してしまう。小ネタとして設定されており本篇とまったく関わりのない話なのだ。たぶんプログラマーが遊んだのだろう。


『それじゃ、気を取り直してと。ゴブリンを倒した、経験値1を取得した』


 コホンと咳払いをすると、ライブラは巫女服を翻してひらりと回転するとニパッと笑顔で指を突きつけてくる。


「さよけ」


 『パウダーオブエレメント』は特別な敵以外は敵からの経験値は微々たるものなので、少しがっかりしながらも驚きはしない。このゲームはクエストクリアで貰える経験値が主なのである。


 やれやれだとランピーチはゴブリンの死体まで近づく。もはや動くことはなく、ゴブリンは頭から血を流して倒れていた。緑色の肌に小柄な身体、猛禽のような瞳に鶏のように口が尖っており細かな牙が生えている。この寒さでも腰蓑一つで、手に木の銃を持っていた。


 ゴブリンの基本装備だ……。手に取ると軽くて木製なのがわかる。銃弾を取り出すとどんぐりだった。だが、このどんぐりはゴブリンが魔法で作り出す特別などんぐりで、底を叩くと火薬のように爆発して、飛んでいく。


『木の銃:攻撃力1』


 ゴクリと唾を飲み込み、冷や汗をかき、木の銃を手で持ってみる。六連式のリボルバータイプ。どんぐりなど玩具に思えるが、ダメージは熊男みたいなツヨシの全力ストレート並みにダメージを入れてくるのである。しかも連発可能。


「これ、撃ち合いになったら死ぬかもな……」


 人間は頭部に当たったら、高確率で死ぬ。ゲームであってもあっさりと死ぬ。


 そう、このゲームが人気だったのは魔法というファンタジーの皮を被った、銃ゲーなのである。魔法や体術もレベルを上げれば物凄く強くなるが、初心者向けなのは銃だ。固定ダメージであるが銃が強すぎなのである。


 そして、敵に囲まれて蜂の巣にされたらあっさりと死んでゲームオーバー。


 難易度が高い銃ゲームで、それが人々に受けたのだ。


「は、早く銃スキルを取らないと━━━ん?」


 またもや感知したことに舌打ちする。


「新たに敵が来たな」


『そりゃ、あれだけ銃声を立てていたんです。聞こえて当たり前かと』


「だよな。くそっ、銃声で敵が集まってくるなんてリアルすぎだろ」

 

 木の銃を背負っているリュックサックに放り込むと、ランピーチは走り出す。木の銃は10エレ。どんなゴミアイテムでも売るのがランピーチなのである。そしてゴミアイテムを持ちすぎて重量制限を超えて歩けなくなり、敵の奇襲を受けて、うわぁ、アイテム捨てりゃ良かったと叫んで死ぬのもランピーチなのである。


 敵は3体。裏路地を駆けてくるのを感知。その速度は子供が雪の中で走り回る程度。即ちとても遅い。だが、ボヤボヤしていたら、やられてしまうだろう。


「ふっ」


 廃ビルの壁に足を踏み込み、壊れて穴の空いている天井へと手をかけると勢いよく身体を持ち上げて二階に移動する。


 体術スキルの力だ。二階通路を素早く走り抜けながらニヤニヤとしてしまう。


「パルクールができるなんて凄くない? 俺って凄くない?」


 俺ってかっこいいんじゃないと浮かれるランピーチ。元の世界では懸垂すらできなかったのだ。その口元はぷるぷると震えているので、気を紛らすためなんだろうなぁと、ライブラは苦笑しつつついていく。


 床を擦って停止すると、窓枠から外をそっと覗く。そこには裏路地を走る3体のゴブリンがいた。


「ギャッギャッ」


「ギヒヒ」


「ギャッーッ」

 

 2体はさっきのゴブリンと同じく腰蓑に木の銃、だが、最後のゴブリンは羽飾りを身体中につけた派手なゴブリンだった。木の杖を持ちその瞳には知性が垣間見える。


『ゴブリンシャーマンレベル1』


 魔法使いタイプだと目を細めて、緊張感に包まれる。シャーマンの魔法を思いだす。


「たしかゴブリンシャーマンの魔法は『石礫ストーンブラスト』。その攻撃力の期待値は3、視界に入った敵の足元から石礫を生み出し攻撃する。障害物を超えて発動するタイプだから、放置しておくとめんどくさいんだよな」


 廃ビルの瓦礫を持ち上げる。手のひらよりも少しだけ大きな瓦礫を見て、ランピーチは薄く微笑む。


『瓦礫を持ってなにをする気なのかな?』


「そりゃ銃は役立たずだからな。頼るの止めた」


 持ち上げると、大きく振り上げてニヤリと悪そうな笑みでライブラに言う。


「投げて倒す!」

 

 足を踏み込み、ピッチャー第一投。


『体術』


 右腕に力をこめるとふんぬと口を引き締めて、体術スキルの補正のままに身体を動かして、ランピーチはきれいなフォームで瓦礫を投げた。


「ガハッ」


 ゴブリンシャーマンの顔に命中し陥没させると、瓦礫の威力によりその命を刈り取る。


「ゴブリンシャーマンのヒットポイントは7。だが頭部に当たれば耐えられないっ!」


 ランピーチの計算通りである。ゲームの設定通りだ。それに普通は手のひらよりも大きな瓦礫を野球投手が投げれば頭部に命中すると相手は死ぬ。


「うぉぉ、うぉぉ」


 叫びながら、ランピーチはビルの陰にすぐさま隠れる。少し後に銃声が響き、ゴブリンの撃った銃弾が勢いよくコンクリート壁に当たり粉々に砕け散っていく。


『なんで叫ぶのかなっ! そこは静かに移動しないといけないよ!』


「黙れ、ライブラ。一般人に銃撃戦を冷静に戦う力があると思ってるのかよ!」


 ライブラが両拳を顔の前にして、ぷんすか怒って来るので、ランピーチは険しい顔で怒鳴り返す。銃弾が飛び交う中で、一般人がかっこよく戦えるわけはないのである。


 他にも転がっている瓦礫を拾いあげる。今度はかなり大きく、数十キロはありそうだ。気合いを入れて苦労しながらよたよたと歩き、窓枠に近いほどで覗くと、アホなゴブリンは窓の下に集まっていた。


「ら、ランピーチアタッーク!」


 そしてポイと投げ落とす。


「ギャハッ」


 もちろん下にいたゴブリンの一匹は潰れた。ラスト一匹は潰れた仲間を見て唖然として驚いている。どうやらこんな方法で殺されるとはおもっていなかったのだろう。


「おっと、ゲームと違い敵の行動に変なところがあるんだな」


 驚くゴブリンを見て、僅かに目を見開いてランピーチも驚いてしまう。ゲームなら仲間がいくら死んでも、その行動に戸惑いはなく、魔法などで状態異常にしないと恐怖も覚えない。機械的な行動しか敵は取らないのだ。


「まぁ、生命らしくて良いんだけど、罪悪感も感じちまうな」


 機械的な行動しかしないから、こちらも罪悪感を覚えずに殺せるのだ。これが泣き叫んできたり、震えた手で攻撃をしてきたら、罪悪感で押し潰されるかも。


『刹那』


 G1突撃銃を構えると刹那を使って撃ち殺す。そこにためらいなく引き金を引く指に震えはない。


「まぁ、殺すんだけど」


 だが、罪悪感で押し潰されるよりも、殺される方が怖い。ランピーチは小心者の小悪党。なによりも自分の命が大事なのであるからして。


「ふー、かっこいい戦闘だったろ?」


 なので、生き物を殺した嫌悪感を押し隠して、ニヤリと笑う。


『期待していた戦いとは程遠いよ!』


 ライブラの呆れた顔でのツッコミに、ランピーチは大きく口を開けて笑うのであった。

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