78話 笑いの止まらぬ小悪党
北部のスラム街。北部といっても、他の地区のスラム街とほとんど変わらない。延々と廃墟が広がり、壊れた家屋や廃ビルに、隠れながら住む困窮した人々がいて、路地裏や視界の通らない瓦礫だらけの廃ビルには人を食わんとするモンスターが徘徊している。
違いがあるとすれば、小規模拠点を形成するボスが乱立する南部と違い、北部のスラム街のほとんどは一つのチームが支配しているというところだろうか。
その北部のスラム街の一つのビル。外壁もまともに残っており、穴も空いておらず、外見はまだビルとして残っている一棟。その廃ビル内にて宴会が行なわれていた。
他者から見たら驚くだろう。一フロアをぶち抜いて作られた広間は内装は普通のパーティー会場のように綺麗だった。壁はヒビもなく、センスの良い壁紙が貼られており、天井に設置されている蛍光灯は新品で空調も効いているため過ごしやすい。
受付ロビーなどは、ぼろぼろでいかにも廃ビルといった感じであるのに、その広間は普通の内装であり、雑ではあるが隠されていることがわかる。
その広間は騒がしかった。いかにも荒くれ者といった空気を醸し出す男や女が酒を飲み、大皿に積まれている料理を食って馬鹿騒ぎをしている。
「飲め飲め。これで俺たちは金持ちだ。未来は明るいぜ! そうだろうお前ら?」
「ヒャッハー、さすがはアベージ様! これだけの精霊鎧があれば、ここらへん一帯で逆らえるもんなんかいないですよ」
「そうそう。さすがはボスの懐刀、その名はアベージ様! よっ、今孔明」
「農村地区への輸送隊を襲撃したけど簡単でした。探索者たちは雑魚ばかりで、もう少し歯ごたえが欲しかったくらいで」
広間の奥、上座に座るアベージはニヤニヤと口を歪めながら、酒をかっ食らう。
「だろう? 精霊鎧さえあれば、お前たちだって負けねーんだよ。これで腕よりも、装備の方が重要だってことがわかっただろ?」
広間に座る荒くれ者たちは、その振る舞いはチンピラのようで品がない。腕の立つ者ならば隙だらけだと呆れるくらいに、強者としてのオーラもない。無い無い尽くしだが、普通のチンピラとは違う点があった。
それは、全員が精霊鎧を着ているという点だ。ようやく星2になった探索者がお金をためて買うような、高価な精霊鎧ではないが、それでも精霊鎧は精霊鎧だ。その一点において、チンピラのような荒くれ者たちのレベルを強者へと変えていた。
「本当本当、俺たちを見たときの護衛の探索者たちの青褪めた顔といったら笑えたぜ」
「あぁ、いつも精霊鎧を着て威張り散らしやがって。俺たち全員が精霊鎧を着ているのを見て、慌てて逃げる奴らもいたよな」
「じわじわと精霊障壁が削られて、絶望の顔に変わっていく間抜けな様子といったら」
「精霊鎧を奪い取るために、手足を切ってやったら命乞いをしてたよな。何だっけ、最初は腕の差を見せてやるとか言ってたような? ブハハハ」
「覚醒詐欺で集めた精霊鎧を盗みにも活用する。俺たちを倒すにはかなりの戦力が必要だが、地上街区が出すのは討伐依頼程度。有象無象の探索者相手なら負ける要素はない」
アベージは想像以上に自身の作戦が上手くいっていた事に満足気に酒を呷る。
「精霊鎧があれば結局は個人の腕なんか誤差なんだよ。魔導学園で苦労して勉強や訓練をしても、かけた学費で精霊鎧を何着も買った方が良いに決まってるんだ」
精霊鎧の基本性能である敵の攻撃を防ぐエネルギーフィールドの『精霊障壁』、肉体を一定まで強化してくれる『固定身体強化』。この2つを揃えて、そこそこの武器を持てば、たとえ子供でも探索者を倒せる力を有する。
━━たとえ星3の探索者でも、数の暴力の前には屈するのだ。
「質じゃねぇ、数だ。数なんだ。より良い精霊鎧を集めれば、星4だって、いや、星5だって相手じゃなくなる。お前らのように少し喧嘩ができるような奴らも、一流の仲間入りだ!」
「そのとおりだ! 俺たちもこの底辺の暮らしから飛び立つ時!」
「詐欺で集めたのは安物の精霊鎧60着程度。だが、それでも十分だ。それに……俺らにはこれがある。この間手に入れたアーティファクト『飛来矢』だ。これを売れば数百億はかたい。その金で最高の精霊鎧を買い、探索者として活動するんだ」
グビリと酒を呷り、皆へと叫ぶように宣言する。
「そうして俺等は高レベル探索者となり、英雄となる! 星6を超える高レベル探索者ならなんでもできる。しがない盗賊が民衆の英雄として語られるんだ! 多くの精霊鎧とボスの力があれば簡単だ!」
「ウェーイ! ついていきますぜ」
部下たちがコップを掲げて、大騒ぎする。その様子を見ながら、目を細めて口を強く噛むアベージ。
(そうだ、俺を役立たずと言った奴らを見返してやる! 傍系の役立たずと言いやがった奴らにな!)
内心で強く誓い、さらに酒を飲む。今日が始まりだと、その目に復讐心を宿しながら。
そうして、近い将来、クランの中でも極悪非道と呼ばれる有名なチームとなる。敵対する奴らは殺し、その力で恐れられるようになる。
━━━はずであった。
未来はたしかにそのようなレールを敷いていた。
階下から銃声が響き、見張りをしていた部下が泡を食って現れなければ。
「た、大変ですアベージ様! 襲撃です!」
「あん? どこの誰だ、そんなバカは。盗賊退治の依頼を受けた馬鹿な探索者か? 何人だ?」
「探索者のようです。相手は……二人!」
「たった二人か。馬鹿野郎が、慌てるんじゃねぇ。十人程、その愚か者を相手してやれ。二人ってことなら、精霊鎧を着た奴らだろうから、あまり精霊鎧を傷つけるなよ?」
「わかりやした! おら、お前ら酒は後でにしろ。行くぞ」
へーいと、面倒くささそうに部下たちが立ち上がって階下へと向かう。
どうせただの盗賊だと思っていたのだろうが、まさか盗賊全員が精霊鎧を装備しているとは夢にも思うまい。アベージはせせら笑い酒を飲む。
だが、いつまでたっても、銃声は止むことはなく、それどころか段々とその音は近くなってくるのであった。
◇
「ここが秘密結社『紅の暴走猪』の拠点なの、おじさん?」
「あぁ、そうだ。放って置くと、極悪組織になるだろうよ。それと秘密結社じゃなくて極悪クランな」
ランピーチと灯花は一昨日に行方不明となったアベージを追って、アベージの隠れ住む拠点へと訪れていた。
「むむ、秘密結社。それを討伐する謎の探索者の二人。キタキタキター。こーゆーのに憧れてたんだ!」
まったく人の話を聞く様子もなく、目を輝かせて、フンカフンカと鼻息荒い灯花を見て、まぁ、この娘は変わり者だから良いかなと諦めるランピーチだった。
「やろう! よくも仲間を殺してくれやがったな!」
廃ビルの廊下の角から男が剣を構えて飛び出してくる。
「俺たちは覚醒した『飛来矢』を受け取りに来たのに襲いかかってきたのはお前らだろ」
買ったばかりのBDを構えて引き金を引く。タタタと銃声が響き、小さな槍のような特殊貫通弾が敵へと飛んでいく。
「はっ、舐めるなよ。銃なんか効くか!」
『鉄鋼体』
バチリと体が放電し、皮膚が鉄色に変わっていく。
「フハハハ、肉体を鉄へと変えて、無敵の防御力をもたせる技だ。これでデデデ」
そして、そのまま正確無比に頭に銃弾のシャワーを浴びて、穴だらけとなり倒れ伏した。精霊障壁もあっさりと破壊して、鉄の身体もものともしない威力を見せたのである。
『えーっと、ここの人たちは馬鹿なのかな? なんでさっきから同じ技を使って死んでゆくのさ?』
『このクエストは未来でもあんまり変わらないんだよ。敵は精霊鎧を着ているが近接武器しか持ってないから、楽なクエストなんだ。雑魚はなぜか魔法もほとんど使わない』
ライブラが死体を見て呆れるが、肩を竦めて驚きもなく、死体だらけの廊下を歩く。その顔にはまったく罪悪感はない。ゲームの雑魚を倒したと、落ちたアイテムを気にする程度だ。
「おじさん、なんでここが秘密結社だってわかったの? もしかして宇宙からのメッセージ!」
尋ねてくるその様子には、盗賊が死んでも気にしている様子はない。ガチで鍛えられているらしい。
「盗賊団の居場所を教えてくれるって、どんな宇宙人だよ。仲間が潜入してくれてるんだ」
「あ、やっぱり! ミミちゃんが潜入してるんだよね? 私も一緒に潜入したかったのにぃ〜」
頬を膨らませて不満な灯花だが、潜入できそうにはとても見えない。好奇心が抑えられなくなり、たぶん盗賊団のアジトを見学して捕まる可能性が高い。
「あいつは姿を隠せるけど、灯花は無理だろ。適材適所だ」
この3日間、ミミがどこかに隠れているのではと、ランピーチという客がいるのに、ウルトラスイートルームのあちこちを探していた灯花はピンときたらしい。
『飛来矢』を渡した時に、実はミミに尾行させた。途中で寝たり寝たり寝たりするんじゃないかと不安だったが、しっかりと仕事はしてくれたのだ。どうやら指示は聞いてくれるらしいので、杞憂だった。
今も空中に映し出されているマップには、ミミが『飛来矢』の置いてある倉庫ですよすよと寝ている姿が表示されていた。
「ミミちゃんのお陰なのはわかったけど、もう一つ気になることがあるんだ」
「なんかあるのか?」
野郎と、またもや雑魚が数人廊下を走ってくるので、銃で迎撃する。敵はさっきの雑魚と同じように鉄の体になり、頭を撃ち貫かれて死んでいった。
「精霊障壁はそんな簡単に壊れないのに、なんで簡単に壊れてるの??? その銃はそんなに強いの?」
灯花の常識では、防御スキルを使った精霊鎧は硬く、近接攻撃しかダメージを与えられない。だからこそ、さっきから現れる敵は近接武器しか持ってないのだ。王道の戦法であるのに、サクサクと倒していくランピーチに違和感半端ない。
「ヘッドショットは6倍ダメージだからだろ」
ケロリとした顔でランピーチは答えた。
「え?」
「だから、ヘッドショットは6倍ダメージだろ。身体を固めて動きを止めたんじゃ良い的だよ」
ランピーチのゲームの理では6倍ダメージである。そしてその理は現実に働いていた。
「だから、ここはボーナスステージなんだよなぁ。その分発生期間が短くて、クエストを受けることが難しいんだけど」
そう言いながらランピーチは敵を駆逐していく。
「6倍ダメージ……宇宙人の技術なの? ねーねー、おじさん待ってー!」
やっぱり宇宙人なんだと目を輝かせてランピーチを追う灯花であった。