77話 詐欺師と小悪党
「『覚醒』はしたくないかい、お嬢さん」
中位地区。人々が治安が良く悪人がいないと考える場所。そこで一人の男が探索者たちに声をかけていた。
男の名前はアベージ。人の良さそうな誠実そうな顔立ちの男だ。見かけだけは。
「『覚醒』ですか? ん〜……でもお高いんですよね? 私は星1だから、持ち合わせはそんなになくて」
路地裏から声を掛ける怪しげな男を前に、無防備に首を傾げて、眼の前の少女は悩む。騙されるとは詐欺だとは頭から考えていないのだ。
中位地区はスリも空き巣も強盗も、そして詐欺師もいないと考えているためだ。中位地区は理想郷であるとの先入観を持っているためだ。
狙い目は星1や星2の探索者。中位地区は善人しかいない、大丈夫と考えて、早くこの地区に住めるようになりたいと、自身の力を高めることに貪欲な者たち。中位地区に持つ理想と、成り上がりたいと考える焦りの心が、怪しげな男が声をかけてきても判断を曇らせる理由となっている。
「ローンでも大丈夫ですよ。なんならリボ払いでもオーケー。私たち『探索者支援財団『へイボーン』』は人類圏を守る探索者の皆さんを支援するために存在するのですから」
胸に手を当てて安心させるような笑顔を向ける。アベージの装いは一見神父のようだ。見た目は清潔で、誠実そう。人の良さそうな顔をしており、本当の神父にも思える。いや、昔は本当に神父だったのだが━━。
「お聞きになったことはありませんか? 『へイボーン』財団の名前を」
「えっと……ううん、聞いたことないです。おじさん聞いたことある?」
高価そうな武道着にも見える精霊鎧を着た少女は隣に立つ青年に声を掛ける。
「ううん……『へイボーン』か? 聞いたことがあるようなないような? いや、どこかで聞いたかぁ?」
その顔立ちは貧相で気弱そうに歪める口、知ったかぶりをしたいのだろう。顎に手を当ててはっきりとした返答をしない青年。目つきは小狡そうで、いかにも小悪党といった青年は口籠る。
こういった男がそばにいると助かるのだと内心で嘲笑いつつも、真摯な顔を見せる。
「この数年に設立された財団なのです。人類圏を守る探索者を支援するために活動しており、最近ようやく人に認知されてきたと考えて━━」
「おや、マダスンさんじゃないか。また新米探索者を支援しているのかい?」
最後まで口にする前に、通りがかった探索者パーティーが声をかけてきた。新米から抜け出して、強者の道を歩み始めた実力者、そのような空気を醸し出しており、着込んでいる精霊鎧は一億エレ程度の量産型だが装甲から発する魔力のオーラは本来の精霊鎧よりも遥かに強力そうだ。
「あははは、タクラさんじゃないですか、お久しぶりです。『覚醒』をしたあとの精霊鎧のお力はどうですか?」
「あぁ、バッチシだ。これまで星2で足踏みしていたのに、今じゃ星4だぜ。これもあんたのお陰で精霊鎧を『覚醒』できたらからだな」
ドンと胸を叩く男へと、アベージはニコニコと笑顔をみせながらも、手を振って否定する。
「元からタクラさんの実力があったからですよ。私たちのした『覚醒』はそのきっかけに過ぎません。これも貴方の実力です。私どもは隠れた原石を助けるために活動しているだけですので」
「相変わらず謙虚だなぁ。あっと、新しい原石との話を邪魔したか。悪かったな、それじゃまた会ったら酒でも奢らせてくれ」
「はい。その時はすごく高めのお酒を奢ってください」
そう言ってタクラは去っていくのをアベージは見送る。
「お話中に申し訳ありません。では話に戻りましょうか」
そうして申し訳無さそうに、少女へと向き直る。
「いえいえ、えっと今の人は?」
「あぁ、最近メキメキと腕を上げているタクラさんです。名前をお聞きになったことはありませんか?」
「えっと………おじさん知ってる?」
「聞いた事があるようなないような?」
やはり口籠る雑魚を横目ににこやかに見守る。このあとのパターンには慣れている。
「もしかしてあの人も、その『覚醒』をしたんですか?」
「はい。私どもの『覚醒』を受けました。それがきっかけに今や一流探索者に仲間入りをしておりますので、私どもも嬉しい限りです。この仕事をしていて一番嬉しいことですね」
「そうなんですか! でも『覚醒』はすごいお金掛かりますよね?」
興味深げに前のめりに聞いてくる少女に内心で食いついてきたとほくそ笑みつつ、表情はあくまでも誠実そうにする。ここまでくれば、だいたいは引っかかるので、慎重にせねばならない。
「先ほどもお伝えしたとおり、ローンやリボ払いで大丈夫です。そもそも私どもが声を掛ける探索者の皆様は原石でありこれから宝石のように輝く者たち。なので、そのお財布事情は悪く、ほとんどの方はローン払いですよ」
咳払いをしつつ、一旦間をとり少女の様子を見る。ほうほうと頷いて先程よりもアベージの話に聞き入っている。隣の男も同じように熱心に聞き入っていた。
「『覚醒』がなんなのか知っているとは思いますが、説明をいたしますね。『精霊鎧』に付与されている人工精霊。ただのエネルギーとして鎧に付与されているだけですが、特殊な魔法陣を使うことにより、実体化できます。実体化した人工精霊は支援魔法などを使い持ち主を助けます」
「はい。超一流の探索者たちは皆『覚醒』した精霊鎧を待ってますもんね。『覚醒』した精霊鎧を持ってこそ、超一流の証!」
「その代わり、『覚醒』は貴重な素材を触媒に使うし、魔法使いも高位の奴らを使わないといけない。それこそ超一流の稼ぎをしないと『覚醒』の儀式はできねーだろ。触媒を揃えることのできる財力と高位魔法使いを用意できる人脈が必要なんだ」
『覚醒』の条件が難しいことを口にする二人に、詳しい奴こそカモとなると思いながらアベージは頷く。
「そのとおりです。ですが、それですといつまでも探索者たちの卵は孵化できません。その卵の中身が龍であっても孵化しなければ意味がない。そのため、私ども探索者支援財団『へイボーン』は私財を投じて、これはと思う探索者に声をかけさせて頂いたのです! そのため、探索者の方にお支払い頂く費用は実際の費用の1割程度。しかも後払いで結構なのですよ」
「おお〜。それは凄いや」
「だな。これは乗るしかないだろ。幸運だったな灯花。あぁ、俺も精霊鎧を着ていればなぁ」
もはや完全にかかったと確信しながらも慎重を期す。
「お支払い金額は一千万エレ。ですがローン払いで月払いの十年で結構です。月にたった十万エレとなります。頭金も無しとなります。どうでしょうか? 今装備している精霊鎧を『覚醒』させませんか?」
「します! 『覚醒』させます! 私の『飛来矢』を『覚醒』させてください」
手をあげてあっさりと考えることもなく、話に乗ってきた。
(バカがっ。猿でももう少し考えるぞ、頭の中身は風船か。これだから探索者たちはやりやすい)
「良かった。それではこちらにどうぞ。他の探索者に聞かれると、私も俺も覚醒させてくれと押し寄せてきますので、秘密にしないといけません」
「だから、路地裏で声をかけていたんですね」
「えぇ、怪しく見えるのは承知の上ですが、防犯カメラがありますからね。大通りでも路地裏でも治安は変わりませんし問題ないかなと」
路地裏の防犯カメラは故障させているが、素知らぬふりをして、巧妙にカメラに映らないように移動して、ビルの裏口から中に入る。
「おぉ、立派なビルですね!」
キョロキョロとビル内を見て、感嘆の声をあげる少女。予想よりも遥かに立派だと考えているに違いない。
「そうでしょう? 財団に支援してくださる方は日に日に増えておりまして。なので、資金には困らない状況となっております」
裏口から入ったにもかかわらず、ビル内は綺麗で内装も絨毯が敷かれて絵画も飾られており、高級ホテルのように立派だ。雑居ビルのようにしょぼいビルでは疑われるため、用意したビルである。
確かに内装は立派だが、その実は、レンタルオフィスビルだ。いくつかのダミー会社を経由してビルの一室を借りているのだが、知らない者は財団が所有しているビルだと勘違いする。
「こちらです。どうぞお入りください」
詐欺の成功率は、前準備に賭けた金額による。部屋の中は魔法陣が床に描かれており、ローブを羽織った仲間たちが中心に置かれている精霊鎧に『発光』の魔法をかけていた。
その様子は一見すると、高位の魔法使いが儀式魔法を使っているような壮大な光景に見せていた。
「せわしなくてすいません。皆さん、『覚醒』の儀式をするのに忙しくて。ハハハ」
「ほへぇ〜、『覚醒』の魔法なんて初めて見たよ。ね、おじさん凄いよね?」
「だなぁ。これで灯花も超一流の仲間入りかぁ」
「そうですね。将来は人類を守る英雄となりますよね。ご期待しております」
さぁ、こちらへと魔法陣の横を進んで、応接室に案内する。それぞれがソファに座り、話を進める。
「ではこちらは契約書となります。どうぞご確認してください」
「はーい! えっと甲乙つけがたい?」
「よく読むんだぞ。契約書の中身はしっかりと確認しないとな」
「うん、……えっとローン払いで月十万エレで十年払いと」
頼りになる大人を演じたいのだろう。男が契約書を確認する。確かに契約内容は確認することが大事だ。内容はカモが有利となる内容しか書かれていないし何ら問題はない。
(普通ならな! だがそんな契約をそもそも守る気もない相手には無効なんだよ)
「うん、問題はない。が、一つ条項を追加させてもらおう。灯花の『飛来矢』は家宝。その値段はつけられないほどに価値がある。なので『覚醒』に失敗したら、千億エレを払って貰おう。そして『覚醒』の儀式行う期間は明後日までな。払えない場合はそちらの資産を回収させてもらう」
内心でゲラゲラと笑うアベージに、男が小悪党のように嫌らしい笑顔を浮かべてくる。失敗すれば大金を稼げるとでも思っているのだろう。愚かなことだ。こちらはそもそも契約を履行するつもりもないのに。
「わかりました。それくらいお安い御用です」
お互いにサインを行ない、別室にて着替えて、少女が脱いだ『飛来矢』を受け取る。
(思ったとおりだ! この精霊鎧はかなりの値打ちもんだぞ! 数十億エレは堅い。いや、もしかしたら一桁増えるか? こりゃ、今日で店仕舞いだな!)
「では3日後にご訪問ください。『覚醒』した精霊鎧をお渡ししましょう」
「ヨロシクお願いします!」
「本当によろしくな。3日後を楽しみにしてるぜ」
内心は狂喜しながら、なんとか表情を変えないように気をつける。そうして馬鹿な探索者たちを見送り━━━。
次の日には部屋を引き払いもぬけの殻として、姿を消すのであった。