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75話 人工精霊と小悪党

━━━次の日である。


『そちらは大丈夫ですか? ご飯は食べてますか? お風呂は入っていますか? ちゃんと寝てますか?』


「へいへい、大丈夫だ。チヒロは心配性じゃないか? これでも俺は大人なんだ。しっかりしているからな」


『ランは私たちの想像を超える行動をとるので心配なんです。悪目立ちとかしていないですよね?』


「全然まったく目立ってないぜ。目立とうとしても、俺はしょぼいからなぁ」


 心配げなおかんみたいなチヒロの言葉に苦笑してしまう。たぶん次はハンカチ持った? ちり紙は大丈夫とか聞いてきそうだ。


『そこには強い魔物がいる? ドライもそちらに行った方が良い?』


「ドライはそっちでしばらく魔物狩りをして鍛えてろよ。良い装備をしてるんだからと無理はするなよ」


『今は阿蘇精霊区の中層で、昆虫系統の魔物を倒しまくってる。あいつらは攻撃力と素早さは高いけど、紙装甲とひ弱な体力な上に数が多いから稼ぎやすい』


「痛恨の一撃は気をつけろよ。基本は魔法で攻撃して近接戦闘はなるべくしないようにするんだぞ」


 ドライはレベルアップに邁進している模様。たしかにβ版のレベルアップ方式なら、阿蘇精霊区の昆虫たちは良い狩り場だろう。


『パパしゃん、いつかえってきましゅか? きょうかえってくりゅ? コウメはまってるよ』


「あ〜、しばらく帰って来ないから、良い子で待ってるんだぞ、お土産持って帰るからな」


『あい! よいこでまってりゅからはやくかえってきてね。あちたかえってくりゅの? おひるねしたらパパしゃんかえってくりゅかなぁ』


「いや、もう少しかかる。六回くらい夜に寝たら帰るから」


 無邪気にパパを待つコウメには罪悪感があるけど仕方ない。パパしゃんはお仕事なのだ。あまり長く離れていると顔を忘れられるかもしれないから、早く帰ろうとも思う単身赴任の親バカなおっさんみたいな男である。


「おじさんって、たくさん家族いるんだね〜。意外、もしかして妻帯者ですか?」


「まぁ、スラム街に家を持ってるからなぁ。家族はたくさんいるぞ。妻帯者ではない悲しい独身だけどな」


 ランピーチは大型マンションを家と言いつつ、一通り連絡を終えると、雪うさぎに搭載されていた特別製のスマホでの通話をやめて椅子に座る。『精霊粉エレメントパウダー』のジャミングを超えて長距離通信できるスマホを見れば、100億エレを出しても惜しくないと考えるものは大勢いるだろうが、ランピーチは貴重さにまったく気づかない。


 目の前のテーブルにはほかほかの炊きたて白米と湯気立つ豆腐の味噌汁、綺麗に焼けた卵焼きにハムエッグが置かれていた。全て天然物で美味しそうだ。卵が少し多いけど、美味しそうな朝食である。


「さすがは一千万エレ。料理は一流だな。たんにボッタクリの部屋代だと思ってたんだが」


 お茶碗を持つと、白米を口にいれる。微かな甘みがあり、米の味がはっきりわかる。久しぶりのお米、この世界では初だろう。感動してしまうよ。


「ボッタクリの値段にしないように料理は凝ってるんだよ。はい、ミミちゃん」


「ありあ……すよすよ」


 お櫃からご飯をよそったお茶碗を椅子に座って、ぷらぷらとちっこい脚を振っているミミに渡す灯花。お茶碗を受け取りながらも眠そうなウサギである。目をほとんど閉じながらも、ご飯を食べる器用さを見せていた。


 ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら、灯花は自然な様子で自分にもご飯をよそう。朝食はなぜか3人分あるのだ。


「なぁ、今更だけどなんでお前の分もあるの?」


「ウルトラスイートルームは女将さんが専属でつくんだよ。で、私はパーティーメンバーだし、一緒に食べてるってわけ」


 自分も食べ始めながら灯花が言うが、ちょっとよくわからない。


「今の理由、どこかぶっ飛んでなかったか? 気の所為か理由付けにしては意味不明なんだけど」


「まぁまぁ、良いじゃん。かたいっこなしだよ、おじさん。それにしても金の鍵の秘密を教えなくて本当にいいの? 後悔しない? 『剣の墓場』に入る方法知ってるの?」


『そうだよ、ソルジャー。この鍵の使い方も知ってるの?』


『この鍵は見たことがないが、同じような鍵は使った事があるんだ。調べる必要はあるが、それでも大体見当はつく』


 横合いからそ~っと卵焼きを盗むライブラがもぐもぐと幸せそうに頬張りながら聞いてくる。どうやら天然物なら食べるつもりの模様。贅沢なサポートキャラである。


「え〜、それじゃ代わりにおじさんの正体が聞けないじゃん。この子は人工精霊だよね? なんでご飯食べることができるの? 自我もあるみたいなんだけど、どこで作ったの?」


「そこら辺のお店で買ったんだよ、セール品だから、安かったんだ」


「こんな高度な人工精霊がセール品なわけないじゃん! 人工精霊はロボットみたいに指示があるまで動かないし、精霊石が尽きると動かなくなるのが当たり前なんだよ? 眠ったり、ご飯を食べるウサギなんか見たことないよ!」


 お味噌汁は飲みにくいやと、チロチロと舐めて、熱っと身体を震わせるミミ。ウサギには熱い飲み物は苦手な模様。というか、なんか変なこと言わなかった?


「ええっ! これ普通じゃないのか? 俺の周りはこんなんばかりだぞ?」


 ようやく変なことに気づいた小悪党である。ライブラは口笛を吹いて明後日の方向を向く。


「やっぱり住んでいるところが違うんだ! どこ? どこからきたの? もしかして宇宙から? 私がファーストコンタクトかな。えっと、ワレワレハチキュウジンダー」


「なんで、地球人の方が片言なんだよ。えぇっ、このウサギは買うとどれくらいだ?」


「そもそも売ってないよ。簡単な会話ができる人工精霊もいるけど、それも機械的だし。アレックス、お風呂を沸かしてとか、部屋の電源を付けてとか言うと、少し気の利いた返答をするけど、それもパターンは決まってるし」


「そうだったのか………知らなかった」


 黙ってやがったなとライブラを見ると、ニヒヒと笑ってしがみついてくる。


『まぁまぁ、少しだけ技術が進んでるだけだよ。この千年の間に失われた技術ってやつ。作る技術はあるんだけど、意味がないからやめちゃったってやつ』


『あぁ、サボったり寝ていたり巣を作る機能なんかいらないもんな。AI技術が進んでも、それを実用化するかは別の話なのか』


『だね。だからそれ程気にしないでもいいと思う。ほら、金持ちの道楽的な人工精霊だって説明すれば良いよ』


 嘘である。ライブラはムギュッと胸を押し付けながら、見惚れるような甘いスマイルでランピーチに嘘をついた。現代の技術では『宇宙図書館スペースライブラリ』の技術で作成された人工精霊を作ることなどできない。だが面白さを求めちゃうので仕方ないのだ。本当に仕方ないかはライブラ基準です。


『それなら金持ちのスポンサーがついていることにするか。セイジあたりの支援があることにしよう』


 胸の柔らかさにあてられて、セイジが聞いたら泡を吹くような事を考える小悪党であった。


「俺はスラム街を拠点にするしがない男だよ。これは俺のスポンサーがくれたんだ。だから怪しいバックボーンなんか俺にはない」


 パクパクと飯を食べながら答えると、疑わしいとジト目の灯花。適当すぎる返答なので怪しまれるのはあたり前だ。だが、嘘をつくときは抽象的にして、解釈次第でいくらでも新たなる嘘を被せるようにするのがコツなのだ。あまり設定に凝ると後で穴を見つけられるのである。


「絶対に嘘だよね? もしかして宇宙語を使わない相手とは本当のことを話さないとか?」


 そして斜め上のぶっ飛んだ解釈を真面目な顔で尋ねてくる灯花であった。


 この子の性格はなんとなく普通じゃないなと、最後の卵焼きを口にして━━部屋に備え付けられた内線電話がプルルと鳴る。


「は~い、ランピーチの部屋でーす。あ、お父さん? なんでそこにいるかって? うん、女将をしてたの。うんうん、おじさん、受付ロビーにお客さんだって」


「なんで電話を取るんだよとのツッコミには女将だからと答えるんだろうな、まぁ、良いや。予想よりも早くやってきたようで何よりだ」


 ちょうど朝ご飯も食べ終えたしなと、ナップサックに潜り込もうとするミミを掴んで、にやりと笑うのであった。


         ◇


「いよう、ランピーチ! 久しぶりだなガハハハ」


 受付ロビーに行くと、小太りのおっさんがガハハハと笑いかけてきた。おっさんというか、クリタだ。


「セイジの下請けご苦労さん。真面目に仕事をしてるのか?」


「もちろん俺なりにな。鶴木屋に泊まるってーと、ウルトラスイートルーム目当てなんだろ?」


 やせ細っていたのに、リバウンドして元に戻ったクリタだ。資産を全て失ったのに元気に今はセイジの下請けの小さい仕事をしていた。心臓がダイヤモンドで作られているのだろう。


「なんだ、鶴木屋って有名なのか?」


 意外なセリフに少し驚きながら対面に座ると、なぜか目をキラキラと輝せて隣に灯花が座る。その顔には『面白そう』と書いてあったので、もはやなにも言うまい。


「あん? そんな事も知らないのかよ。鶴木は『武装家門』という地上街区を支配している家門の一つだ。現在は当主が勢力争いに興味がないから落ちぶれてるけどな。道場をやっていて、武を高めることしか興味がない爺さん、その娘と入り婿も同じく勢力争いは興味がないんだと」


「『武装家門』……そんなのあったのか」


 ゲームでは聞き流していたし、そんな設定を憶えていなくてもゲームはクリアできるのだ。もう少しこの世界のことを知ったほうが良いかもしれない。


「そして、『鶴木屋』のウルトラスイートルームに泊まると、金の鍵を渡されて、資格がある者は『剣の墓場』と言われるダンジョンに行けるとか。そこで宝剣を貰えるらしいが、数十年に一人らしいぜ」


「有名じゃねーか。俺、ドヤ顔で昨日言ったんだけど」


「おじさんは本当に知らないんだなぁと、その時思ったよ」


 羞恥で赤面するランピーチである。皆が知ってる内容を、謎めいた男だのように告げた黒歴史が作られたのであった。


 うぉぉぉと、恥ずかしくてぷるぷる震える小悪党に、哀れみの目でクリタがテーブルに銃を置く。


「その様子だと本当に知らなかったんだな……調べればわかるだろ」


「情報を集めるのは俺の役目じゃねーんだよ。それよりもこれが頼んだ物か?」


「あぁ、合わせて七億エレの銃だ。確認してくれ」


「おぉ、よくやったクリタ。お礼にこの素材の買い取りを許可するぜ」


 置かれた銃を手に取り、フフンと笑うランピーチだった。

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