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74話 ウルトラスイートルームと小悪党

「本当にウルトラスイートルームに泊まる人がいるなんて思わなかった! おじさん、大金持ち? あ、こっちだよ、ご案内しまーす」


 荷物を背負って、てててとエレベーターに乗り手招きをする灯花。その瞳はキラキラと輝いて、案内係には到底見えない。ホラー映画のストーリーテラーみたいな感じである。


(部屋の意味も知らずに、七千万エレをポンと支払う怪しげなおじさん! マークしないと! 非日常が待っている気がするよ)


 小悪党にしか見えない貧相なおじさんがアイテムボックスから札束を取り出した時点で、灯花の好奇心は天元突破をして、もはやバスケでエースをマークするディフェンダーの気分である。手錠があればお互いの手に付けて離れないようにする勢いだ。


「エレベーターで最上階か?」


 エレベーターに乗り込み、ランピーチが尋ねるが、灯花はむふんと鼻を鳴らすと、エレベーターのボタンを押す。


「へへーん、地下一階にごあんなーい」


「地下? 地下にウルトラスイートルームがあるのか?」


「うん。きっと見たら驚くよ〜」


 ドアが閉まり始める中で、サプライズが大好きな灯花はニマッと口元を笑みにするのであった。


         ◇


「おぉ、こりゃ凄いな。たしかに威張るだけはある」


「でしょー。最近はこの部屋は親戚の集まりにしか使わないんだ〜。あ、これ、この部屋の鍵だよ」


 灯花がカードを放ってくるので、受け取って見ると、ホテルによくあるカード式キーだった。たぶん使い捨てのやつだろう。結構高いのに、セキュリティに一応金はかけているらしい。


「でも、この黄金の鍵が部屋の鍵じゃねーの?」


「ううん、それは秘密の鍵。古めかしいでしょ?」


「たしかにな。おかしいとは思ってたんだよ」


 村正から貰った黄金の鍵はたしかに古めかしい。アンティークと呼んでも良いゲームでは洋館の鍵と呼び名がつきそうないかにもな鍵である。


「とはいえ、これだけの部屋を作ったのに、この鍵は変だもんな」


 チャリと鍵を手で回しながら、ウルトラスイートルームの部屋を見る。


 ━━━いや、部屋と言うには語弊がある。


「ペントハウスじゃん」


 眼前には綺麗に刈られた芝生がある庭や、水辺で游ぶためのひょうたん型のプールがあり、新築のような煉瓦風の壁で作られている平屋のペントハウスがあった。今のランピーチたちは庭の壁に備え付けられた柱型エレベーターから出てきたところだ。


 しかも、天井は青空が広がっており、燦々と陽射しが降り注いでいる。敷地にしたら百メートルくらいだろう。四方を囲む金属製の壁が存在しなければ、地下だとは信じられないだろう。


「良くこんなの作ったな。これを作るのに何千億エレかけたんだ? 普通に元は取れないだろ」


「ふふーん、これはね、千年前の遺産なの。『保存』『自動修復』『活性』とかたくさんの魔法が永久付与されてるんだって。魔法のことはよくわかんないけど」


 ペントハウスに入りながら、自慢気に言う灯花だが、詳しくは知らないようなのであまり感心できない。


「そこは興味を持った方がいいんじゃないか?」


「魔法って頭使うから、苦手なんだよね。あ、この荷物どこに置きますか?」


 中に入ると、ホームパーティーでもできそうな綺麗な内装のリビングルームがあり、山小屋へ荷物を運ぶバイトのように、ノシノシと入っていくと、灯花がよいしょと床に置く。


「半分は灯花の報酬だから、持っていって良いぞ」


「ここに持ってくる前に聞きたかった言葉だよ! 結構重いんだからね! これ、いま分けないでギルドで換金した後に分けようよ」


 気の利かない極悪人に、遂にタメ口となる灯花である。


「悪いけど、俺の分はギルドに納めるつもりはない。普通なら安く買い取られる代わりに、功績値が上がるけど、俺はだめっぽいからなぁ」

 

「そういえば、おじさんはなんで魔力がないの? 隠してるんなら、止めないとランク上がらないよ?」


「そうなんだよなぁ。まいったね、こりゃ」


 ソファに座ってランピーチは嘆息する。ゲームと違う部分はあるとは覚悟はしていたが、一番困るところで、差異があったのだ。


「………まぁ、これは後で解決するとして、俺の分は売り先があるから問題はない」


「あ、それじゃ、私のも合わせて売ってください。私も功績は暫くは必要ないし」


「それじゃ、後で連絡しておくから、明日には商人が来るだろ。今日はお疲れ〜」


 ひらひらと手を振ると、なぜか驚いた顔になる灯花。


「えー! その鍵の秘密をこれから尋ねてくるんじゃないの!? さっきからワクワクしてるんだよ」


「それは後で。今日は疲れたから休む」

 

 精霊区での冒険で疲れたのだ。小悪党は貧弱なので、もう仕事はしたくないのです。


 ━━それに、この鍵がなんなのかは見当がつく。聞くまでもない。


「むぅぅぅ………仕方ないかぁ。それじゃお疲れ様〜。また明日ね、おじさん」


「明日は学校じゃないのか?」


「狩りに行くなら、放課後まで待ってて! 絶対に急いで帰ってくるから!」

 

 お出かけするなら絶対についていくからねとおねだりする子供のように手をぶんぶんと振って、灯花はエレベーターに入りながら釘を刺してくる。エレベーターの扉が閉まり、灯花がいなくなると、やれやれと息をつく。


『ねぇ、よく七千万も払ったね。その鍵はなんなのさ?』


 思念のやり取りを我慢していたライブラが現れると肩にのしかかってくる。だいぶストレスを感じていたのか、ランピーチの持つ鍵をつんつんとつついて、頬は不満で膨らんでいた。


『知ってる。似たような鍵を手に入れたことがあったからな。だいたい想像はつく』


『どうゆうこと?』


『それは数日経ってからのお楽しみだ。それよりも疲れたから、ジャージに着替えるとする。飯を食べて酒を飲んで寝る』


『おじさんの行動だ〜』


『元はおっさんだからなぁ』


 へらりと笑い、ランピーチはジャージの入ったナップサックに手を突っ込む。


 そうしてひょいと取り出すと、愛用のジャージは白いもふもふだった。なぜか長い耳もついていて、つぶらな赤い瞳もしている。眠そうに目を半分閉じてもいた。


「…………」


 ポイと白いジャージを投げ捨てると、もう一度手を突っ込む。


 布の端切れ、布の端切れ、布の端切れ。ナップサックをひっくり返すと、出てくるのは布の端切れだけだった。


「おい、俺の服は? どこにやったんだ? そして、なぜここにいる?」


 白い毛皮のジャージ………ではなく、ハイラビットガンナーの耳を掴んで持ち上げると、怒気を纏わせて睨みつける。


「あれぇ? ミミの巣だよぉ。ここはどこうさ?」


「うさぎ鍋のレシピは知ってるんだ」


 スンスンと鼻を鳴らして、実に不思議そうだ。可愛いだけに怒りにくいが、ここは心を小悪党にして、もう一度聞く。いつも小悪党かもしれない。


「んとね………長くて複雑で寝ちゃうくらいの理由があるうさ。聞く?」


「話せ」


 コテンと小首を傾げるウサギに、怒りを堪えて頷くのであった。


 ━━━朝の話うさ。


 朝早く、いつものように親分の顔を枕に寝ていたら、親分が起きて落ちちゃったの。


「まだ眠いよぉ」


 ミミは眠たくて泣きそうになったんだけど、床に転がっている良い具合の巣を見つけたの。


 中に入ると、ぴったりの巣だったうさ。


 しかも、布切れがあったから、頑張って千切ってフカフカの巣にしたんだよぅ。


 そんで、さっきまで寝てたのに、起こすなんてひどいうさ。


 ━━━━長くて複雑で寝ちゃうくらいの回想終わり。


 うさぎの習性だから仕方ないよねと、説明をしながら、眠そうにうつらうつらするうさぎ。よくよく見るとナップサックに『ミミのおうち』とマジックで書いてあった。このうさぎはミミという名前らしい。


「今日はうさぎ鍋だな。鍋を借りてくるから少し待ってろ」


「きゅー!」


『脱兎』


 ミミは生命の危険を感じてスキルを発動させる。瞬間、ミミの姿が消えて、テテテと走り去っていく。


『脱兎:必ず逃走できる』


 ハイラビットの固有スキルだ。絶対に捕まらないチートなスキルである。ああなると捕まえることが難しい。


「ただいま〜。冷蔵庫になにもないから補充しに来たよおじさん」


 間の悪いことに、エレベーターが開くと、酒やらジュースやらアイスにお菓子と山と両腕に抱えた灯花が戻ってきた。どうやらウルトラスイートルームの準備はできていなかった模様。山と抱えるお菓子を見て、ミミがぴょんぴょんと近づく。


「ミミはストロベリーアイスちょーだい」


「え? は!? あっと、ハイどうぞ?」


 逃げていたミミは小さなもふもふおててを灯花に突き出す。灯花はいきなりのことに混乱しながらも、とりあえず渡す。


「美味しそうだよぅ」


 ストロベリーアイスを貰うとご機嫌になってポテポテと戻ってくると、ランピーチの膝の上にぴょんと乗り、蓋を開けてペロペロアイスを舐め始めた。


 怒られていることは3歩歩いて忘れたらしい。鳥頭みたいなウサギである。


「はぁ〜、ったく、仕方ねぇなぁ」


 もとより犬や猫は好きなランピーチだ。無邪気でアホなミミに、怒りを消してうさぎのふわふわな頭を撫でるのであった。


 やはりもふもふは最高だねと、ランピーチはそれで終わりにしようとしたが、終わりに出来ない少女がいた。正気に戻ると、雄叫びをあげて向かってきました、


「きゃーーー! おじさん、なにそのウサギ? 普通のウサギじゃないよね? え? もしかしてもしかしなくても、人工精霊!?」


「あぁ、これはペットのミミだ。どうやらナップサックに隠れてついてきたみたいでね。仕方ないから後で家に帰すよ」


「人の言葉を話してたよ!?」


 興奮でもはや叫ぶだけの灯花。


「おいおい、動物と話せる不思議っ娘だったのかよ。キューという鳴き声しか聞こえなかったよ? な、ミミ?」


「きゅー」


 スンスン鼻を鳴らして、ちっちゃな舌でペロペロアイスを舐めるミミ。


「ほらな?」


 つぶらな瞳のウサギを見て、そうだったかなと、思い直す灯花。会いたいと思いすぎて、幻覚だったのかなと、首をひねる。


「ごちそうさま〜。おやすみなさ~いうさ」


「やっぱり、言葉を話すよ、このウサギさん。ねぇねぇ、ご飯も食べてるよ?」


 だが、アイスを食べ終えたミミはちゃんと寝る前の挨拶をして、ランピーチの誤魔化しを無にする。マイペースなミミは丸くなってすやすやと寝始めた。


「おじさん、何者? そうだ、その金の鍵の使い方を教えるから、私にもおじさんの正体を教えて! 異世界人? 宇宙人? この間の私の召喚の儀式で来てくれたとか?」


「これの使い方は知ってる。『剣の墓場』に繫がる鍵なんだろう?」


 手に持つ金の鍵をチャラリと回し、小悪党スマイルをランピーチは見せて、決め顔でふふふと格好をつける。だが灯花は私の踊りが効果を出したのかもと、小悪党をスルーしてベントラーベントラーと踊り始めるのであった。意思疎通は宇宙人レベルであるのは間違いない。

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