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73話 ホテルに泊まる小悪党

「じゃ~ん、これがお勧めのホテル『鶴木屋』でーす。千年の伝統を持つ由緒正しきホテルだよ、おじさん」

 

「お勧めって、自分の家かよ。鶴木さんは、ホテル経営してたのか?」


「灯花で良いよ、おじさん! そうです、我が家でもありまーす」


 灯花が嬉しそうに、バッと片手を上げた先には、ホテルが建っていた。『鶴木屋』と書かれた看板が飾られている5階建ての古ぼけたホテルだ。


 狩りを終えて、ご飯の美味しい安全なホテルって知らないと灯花に尋ねたら案内されたのである。


 古ぼけた外壁は掃除をしているのだろうが、色褪せていて築100年は経っていそうだ。窓ガラスも曇っていて、垣間見えるホテル内の受付カウンターには暇そうにおっさんがあくびをしていた。


「どうぞどうぞ! 歓迎しちゃうよ。凄腕のコックがほっぺたを落とすくらいに美味しい料理を作るし、温泉が疲れた体を癒やすから」


 なんというか建物を見る限り、信じられないセリフである。ランピーチにとってホテルとは見るからに立派という外観をしていないと期待できないのだ。でも、可愛らしい少女が案内してくれるので断れない女に弱い小悪党である。


 狩りで全然役に立たなかったからと、山のようなドロップアイテムを担いでくれている灯花は笑顔で中に入っていく。ドロップアイテムを降ろしてくれ、他のホテルにするからと、冷たく断るような意思の強さを持たないランピーチは、トホホと肩を下げながらついていくのてあった。


『あ〜、亜空間ポーチを使えればなぁ。使わなかったのはの失敗したぜ』


『セイジからアイテムボックスは高価で希少って聞いたから使えなくなっちゃったもんね』


『そうなんだよ。現実準拠は面倒くさいよな、まったく』


 肩の上をふよふよと浮いている銀髪ツインテールの美少女ライブラと思念でやり取りする。


 灯花が素材を担いでいる理由は簡単だ。亜空間ポーチが珍しいものだと判明したからである。どうりで運送業者とかいるはずだ。小悪党は目立たないことを誓い、細々と行動をすることにしたので、亜空間ポーチを使っていないのであった。


『目立たない行動をとるって、大丈夫? できる? 私は心配だなぁ』


『大丈夫だ、俺は小石の如き存在感だからな。目立つことをしても目立たないと思う』


 背泳ぎのように空に浮いて、ニヨニヨと小悪魔スタイルのライブラが聞いてくるが、フッと髪をかきあげて、ダンディに笑い返す。他者から見たら、口元を歪めてなにか企むようなゲヘヘとした笑いだが、ランピーチはダンディスマイルだと硬く信じてます。


 自動ドアが開いたことに気づいて、受付カウンターに座っていたおっさんがこちらを見てくる。


「ん? 灯花、帰って来るときは裏口からにしなさいって、いつも口を酸っぱくして言ってるだろう?」


 個人経営の店にありがちな注意をするおっさんに、灯花は胸を張って自慢気にランピーチへと手を向ける。


「むふふ、今日はお客様を案内してきたんだよ。ほら、こちらランピーチ・コーザさんです」


「……お客様?」


「うん、お客様」


 訝しげな顔が段々と緩んでいき、喜色満面となると、おっさんはぴょんと飛び跳ねて、ダダダと駆けて来た。


「5日ぶりのお客様! ようこそ、ようこそ。千年続くホテル鶴木屋にようこそ! 私、ホテルの支配人、鶴木つるぎ村正むらまさと言います」


 そして、実に不安なセリフを堂々と口にしてくれるおっさんである。村正はかっこいい名前だが、スーツを着て背丈も160センチ程度で小柄で鍛えてもなさそうなので、名前負けも甚だしい。


「お泊りは何年ほどでしょうか? 2年くらいですかね?」


「おい、ホテルに泊まる期間じゃねーだろ。なんで、年単位なんだよ、おかしいだろ」


 早くも帰りたくなるのは気の所為だろうか。胡乱げな顔となり、ツッコミをいれるが、予想外に村正はきょとんとした顔となった。


「ん? 灯花、この人は?」


「探索者だよ。ギルドでパーティーを組んだんだ。ほら、私は昨日探索者として登録可能となったから、そこにいたおじさんを誘ったの」


「なんと! 普通のお客様! 失礼しました、お泊りは何泊ほど?」


 謎の会話をする二人に、ランピーチは眉をピクリとさせるが、村正は気にせずにニコニコとランピーチの両肩に手を添えると、受付ロビーに設置されているソファへと押していく。


「どうぞ、とりあえずはお座りください。お疲れでしょう? 今、コーヒーをお持ちしますので、少々お待ちを。5日ぶりのお客様〜、5日ぶりのお客様〜」


 スキップをしながら、村正はカウンター横に置いてあるカップにインスタント合成コーヒーの粉をササッと入れてお湯を注ぐ。


「ごめんなさい、おじさん。久しぶりのお客様でお父さん、浮かれてるんだ」


「うん、それはわかる。芋掘りロボットをボーイに使ったりしていそうなホテルだもんな」


 漫画とかで見たようなおんぼろホテルである。モンガァとか叫んでテレポートしてくれる宇宙人とかいそうだ。


「やだなぁ、ロボットなんて高価な物使えないよ。それなら人間を雇ったほうが遥かに安くすむよ」


 ケラケラと笑って、ランピーチの肩をバシバシ叩いてくる灯花だが、そのとおりと言わずを得ない。


『精密機械の塊で高価なロボットを摩耗させて肉体労働に使うなら、人間の方が使いべりしないもんね』


『そうなんだよなぁ、ロボットが量産できれば人は仕事をしないで楽になると昔は言われてたけど、実際は頭を使う仕事はロボットにとられて、人間は肉体労働しか仕事がなくなる奴隷生活となる流れだったからなぁ』


 肉体労働をすると意外にロボットは部品が摩耗する速度が早い。メンテナンスや部品交換の金額を考えると、肉体労働しか仕事が無くて、体が再生する人間の方が皮肉にもコスパが良いのだ。


「人工精霊なら自動再生もできるけど、精霊石の消費速度を考えると、やっぱり人間一択だよ」


「仕事が欲しい人間なんかいくらでもいるもんな。で、どうしてここには支配人しかいないわけ?」


「お母さんは大学の教授をしていていないけど、他にも5人くらい雇ってるよ。この時間は掃除とか洗濯とか料理の下ごしらえとかで忙しいんだと思う」


「長期滞在のお客様か多くて、受付の仕事がないのが現状なのですよ、ランピーチ様、コーヒーをどうぞ」


 村正がニコニコと笑みを浮かべて、コーヒーをテーブルに置いてくれるので、どうもと軽く頭を下げて、一口飲む。


 ん? と、もう一口。ふむ? 意外と美味しい。


「……ふ~ん、意外と流行ってるんだな、もしかして年単位で宿泊してるってやつ?」


「ははは、半分程度は客室は埋まってます。で、ランピーチ様はどれくらい宿泊のご予定でしょうか?」


 ランピーチの質問に笑って答える村正。誤魔化すような話題の変え方に、少しだけ興味が出てきたランピーチである。


(年単位ってのは、ボケたわけじゃなくて、本当なのか……この謎はクエストに繋がっているような気がするな!)


 思わせぶりな会話。気になる内容を尋ねても誤魔化すおっさん。ゲーマーの心が沸き立つぜと、内心でニマニマとしながらも、何泊しようか考える。


「えーと、とりあえず一週間くらいかな。部屋によって金額の違いとかあるの?」


 もう絶対に泊まるぞと、張り切るランピーチ。


「はい。一般の部屋は一泊十万エレです。ウルトラスイートルームは一泊一千万エレとなります」


「……? もう一回教えてくれる?」


「はい。一般の部屋は一泊十万エレです。ウルトラスイートルームは一泊一千万エレとなります」


「??? エルトラなんだって?」


「はい。一般の部屋は一泊十万エレです。ウルトラスイートルームは一泊一千万エレとなります」


 聞き間違いではないらしいと、思わずテーブルをバンと叩いてしまう。


「なんで一千万エレ? このホテルで? 他の部屋は一泊十万エレなんだろ? 高すぎない?」


「ハッハッハッ、たしかにここ数年、宿泊するお客様はおりませんでした」


「このホテルのネタみたいなもんだよ。泊まっている人なんか見たことないもん」


「本当にあるのかよ。なるほどね」

 

 二人の言葉に嘘はないらしいと、納得してコーヒーを啜る。なるほどねぇ。なるほどねぇ。………なるほどねぇ。


「それじゃ、ウルトラスイートルームに一週間宿泊するからよろしく」


「は? え?」


 あっけらかんと伝えると、今度は村正が聞き返してくる。


「だから、ウルトラスイートルームに一週間ね。これ、前払いで七千万エレ」


 亜空間ポーチからドサドサと札束を置く。さっき亜空間ポーチを使わないと誓った記憶は既に無くした模様。


 積み重なる札束を見て、ランピーチを見て、また札束の山を凝視する二人。


「エエエエエエエエ!」


「エエエエエエエエ!」


 そうして叫ぶ灯花と村正であった。


「うるさいから、もう少し静かにしてもらえるかな?」


 驚く二人に、にやりと小悪党スマイルを見せるランピーチ。なぜこんな高価な部屋をとるのかは簡単だ。


 イベントが発生しそうだからである!


 ゲームでも見たことがないイベントが発生しそうだからである!


 ゲーマーはイベントがあるなら、金に糸目はつけないのだ。クエストで百億払えと言われたら払い、火口に飛び込めと言われたら飛び込むのがプレイヤーなのである。


「あわわわ、まさか本当に泊まる人がいるなんて。数年前も親戚の集まりで使ったきりなのに、本当にこの金額は出さなかったのに正気ですか? 申し訳ありませんが、その身なりだとお金に困っていそうに思えるのですが?」


「あぁ、金に困ってはいる。だが、この程度の端金で困る程度ではないぜ」


「……わかりました。ふふふ、この部屋の意味を知らないのに、宿泊なさるとはなかなか面白いお客様ですな。では、ご案内致しましょう」


 村正の眼光が鋭くなり、しょぼくれたおっさんの空気が、重く危険な空気へと変わる。


「灯花、御案内しなさい。そして、これがお部屋の鍵となりますので、くれぐれも紛失なさらないようにお願い致します」


 パチリと指を鳴らす村正。テーブルに宝石の嵌まった黄金の鍵がチャリンと落ちる。紫色のオーラが鍵から発生していて、呪われていそうな禍々しさを見せている。


「どうも、支配人。この鍵を失くさないように気をつけますよ」


 鍵を手に取ると、ニヤリと笑うランピーチであった。


 どうやら面白そうなイベントが発生したらしいと。

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