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72話 雑魚狩りをする小悪党

 『躑躅精霊区』は森林のエリアだ。見通しが悪く、いつの間にか接近されていて、不意打ちを食らい命を落とすことが多い。その理由はというと、以前の地球ならば地を走る狼くらいを気にすれば良かっただろうが、この世界は高速で迫る好戦的な存在は木々の合間を縫って移動してくることも当たり前だからだ。人間は立体的な戦闘には慣れていないのである。


「きたきたきたー。『気配察知』には木の上からも迫ってきているのが感じられるよ。しかもかなりの速さ!」


 自らのマナを波紋のように空間に広げて、敵の気配を察知している灯花がとても良い笑顔で拳を前に出して半身となり構える。その様子からは恐れはまったく見えずに、これからの戦いを楽しもうとしている様子であった。


 正直、予想と違う反応に、この子は大丈夫なのかと心配してしまうレベルである。


「肝ったまが太いんだな、お嬢さん。自身の力に自信があるのか、それとも、その精霊鎧の力が凄いのかな。いかにもオンリーワンといった店売りではなさそうな鎧だからな」


「両方だよ! 私はこのエリアなら精霊鎧がなくても楽勝だし、その上家宝の精霊鎧『飛来矢』があるからね!」


「『飛来矢』かよ、それは、良いもん持ってるなぁ」


 ランピーチはゲームの中で、その鎧名を知っていたので、顔を顰めてしまう。


 『飛来矢』は風龍の人工精霊の宿る鎧で、その効果は素早さ大幅アップと遠距離攻撃無効だ。矢や銃弾を弾き、遠距離魔法すらダメージ50%カットのオプションの性能が良い鎧。無効スキルはかなりレアなので覚えていた。


 ランピーチも3周目で手に入れたが、中盤までは重宝していたことを憶えている。基本性能が低く紙装甲なので、終盤には耐えられない性能だが、銃撃戦などで、かなり使える鎧だった。


「家宝って、そんなもんを持っているということは………そうか、鶴木の一族なのか」


「さっき自己紹介したじゃん! もう忘れたの?」


「すまん、さっきは適当に聞き流していた」


 ぶーたれる灯花に適当に謝りながらも内心では複雑な気分だった。


(鶴木家のクエスト発生率はとにかく低いんだよな。『飛来矢』を手に入れたのも鶴木家のクエストだったが……3周目以外ではクエストは発生しなかった。発生条件も攻略サイト毎にバラバラで信用できなかったし…なのに、この世界で発生したか。『飛来矢』を報酬として貰えたクエストはどんなクエストだったか……)


 正直言うと『飛来矢』はかなりほしい精霊鎧だ。なので、ゲーム時のクエストを思い出そうとするが━━━。


「ますます接近してきたよ!」


「それは後で考えることにするか。さて、とりあえずは迫る魔物を倒していきますかね」


『ソルジャー、バトルの始まりだね!』


 灯花が警戒の声をあげて、ライブラが決めポーズを取るように腕を敵に向けて伸ばす。


 DG5アサルトライフルを構えると、フッとニヒルに笑い、アイアンサイトにて、木々の間を駆け抜ける魔物へと銃口を向ける。


『フォレストウルフ:レベル2』


「雑魚だな」


 続々とやってくる狼たち。その数は20匹を超えており、舌を出して走りにくい森林の地形をものともせずに、まるで平地のように走っている。その体は3メートル近く、灰色の毛皮は弾力性があり、下手な革鎧よりもよほど硬い。新米探索者なら身体を強張らせて、戦うことも逃げることもろくにできずに、その鋭い牙に噛み殺されるだろう。


 だが、ランピーチにとっては見慣れた光景だ。刻一刻と迫る凶暴なるフォレストウルフを前にしても、ただの的あての標的でしかない。


『銃術レベル4を取得。特技は『扇撃ち』だ』


『取得しました。銃術レベル4、超能力レベル4を達成したため、融合特技『レインスナイプ』を取得しました』


『扇撃ち:扇状に掃射をして範囲攻撃を与える』

『レインスナイプ:弾丸を無数のエネルギーの矢へと換えて、敵をホーミングで貫く。ただし弾丸がエネルギー系統に限る』


 銃術をレベル4に上げて、残り経験値は千だ。だが、この特技を取得したことにより、銃を最大効率で使うことができるようになった。


「それじゃ、釣瓶打ちといきますか! 恨んでくれるなよ。こんな社会が悪いと思ってくれ!」


『スタートさ、ソルジャー!』


 ノリノリでライブラが裾を翻して、むふんと笑うのに合わせて、ランピーチは引き金を引いた。


『銃術』

『銃習熟』

『早撃ち』

『扇撃ち』


 フルオート射撃にて、放たれた銃弾は雨のように敵へと向かっていく。


 重なり合ったパッシブスキルが銃弾の効果を高めて、木々の合間を縫うように飛んでいき、走るフォレストウルフの頭を正確に撃ち抜いていった。


 木々の合間、草むらが視界を阻み、岩地が自然の防壁となる。ただでさえフォレストウルフの走る速度は速く、しかも障害物の多い森林だ。本来ならば命中させることも難しいはずであるのに、まるでフォレストウルフ自身が当たりに行っているように、予測射撃をして、その頭を撃ち砕いていく。


「キャンッ」

「ギャウッ」

「ガッ」


 フォレストウルフたちは獲物に牙を突き立てるどころか、遥かに遠い間合いにて断末魔の叫びをあげて死んでゆく。鮮血が飛び散り、躯が積み重なるのを無感情に見てとり、扇撃ちにて尽きたマガジンをコンマの速さで入れ替えると、銃口を空へと向けてランピーチは無造作に引き金を引く。


 いつの間にかセミオートへと切り替えていたランピーチは、少ない数の銃弾を空へと放つ。枝葉の間に銃弾が潜り込むと、少しして人の太さもある蛇が頭を半分砕かれて落ちてきた。


 なんということもないようにランピーチは蛇の死骸を一瞥するだけで、得意げにすることもなく、身体の向きを変えると、射撃を始めるのであった。


 そうして銃声が響くと、その数だけ魔物の死体は増えていく。速さに自信のあったフォレストウルフや、短剣のような牙を持つカミキリス、空を飛ぶ刃の翼を持つブレードバードは真っ先に撃ち殺されて、木に擬態して密かに迫り不意打ちで敵を殺す木の葉蛇や毒の牙を持つ大蜘蛛も、その全てがランピーチの前に立つこともできずに駆逐されていった。


(す、凄い! 凄いよ、このおじさん。体術の達人かと思ったのに、見たことないよ、こんなに腕の立つ銃の使い手は!)


 接近してくる魔物を倒そうと勢い込んでいた灯花は唖然として、ランピーチの戦いぶりを見ていた。


(これだけの銃の使い手なら、魔物が集まってきても平気なはずだよね。全部倒しちゃえば良いんだから!)


「あ、戦いたかったか? 悪いな、全部倒しちゃって」


 灯花の視線を勘違いしたランピーチは引き金を引く指を止めて頭を下げる。知り合いでもない少女に見られていたら、とりあえず下手に出るのがランピーチの処世術なのだ。


「ううん、気にしないでください。戦いは余裕を持っていたほうが良いもんね。わざわざ危険なことをする必要ないから」


「そりゃどうも。それなら全部倒しちまうから、少し待っていてくれ」


『扇撃ち』


 扇状に射撃をして、敵を殲滅させていく。


『うひゃー、凄いねソルジャー。でも『扇撃ち』はこんなに簡単に魔物を倒せる威力だっけ?』


『いや、本来はここまでの威力はない。これは効果的に取得したビルドのおかげだ』


 本来の『扇撃ち』は範囲攻撃ということもあって、銃弾がバラけるので攻撃力は低い。だが、ランピーチはそれを覆すべく行動していた。


 『パウダーオブエレメント』は変わった仕様だ。特技はレベルが上がるごとに無数にあるスキルから一つ覚えることができる。なので、初めて『パウダーオブエレメント』を遊ぶプレイヤーは必ず特技は必殺技を覚えていった。


 敵に2倍ダメージを与えたり、命中すると爆発したり、スタンやノックバックさせたりと、エフェクトも派手で、敵をあっさりと倒せる特技を選ぶ。

  

 だが、その選択は誤りなのを2周目から理解する。2倍ダメージを与える特技よりも、攻撃速度が上がる早撃ちの方がクリティカル率が上がり、銃習熟で5割も攻撃力が上がる。


 パッシブスキルは地味であり、ゲーム序盤はダメージを与える必殺技の方が有利であり、サクサクと敵を倒せるが、中盤になると積み重なったパッシブスキルにより、断然戦闘が楽になる。


 所詮、序盤に取得した必殺技など、後々は使わなくなりお蔵入りとなり、低レベルでしか取れないパッシブスキルがあったことに絶望するのだ。


 ランピーチの経験談でもある。なんだよ、全然戦闘力が違うじゃんと、他の人の『最強のガンナーを目指してみた』とサブタイトルがついているゲーム動画を見て、見なけりゃよかったと悔しがったものである。


 その効果がじわじわと発揮されており、『扇撃ち』の威力が大幅に上昇していた。

  

 そうして、前回の『夢の島精霊区』の時とは違い、危なげなくランピーチは魔物を殲滅したのであった。


 その殺戮により、この精霊区はしばらく静かとなるのであるが、その原因はランピーチと灯花以外は知る由もなかったのである。


          ◇


「おおう、おじさん、この数の魔物から体内の精霊石を取り出さないといけないのかな?」


 そこかしこに積み重なる死骸を前に、灯花は少し引き攣った笑みを浮かべる。


「それに、強いのはわかったけどあんまり面白くなかった! なにか面白いことが起きると思ってたのに!」


 そして、無茶振りをしてくる少女だった。


 なんとなく肩の力が抜けて、どんよりとした目でランピーチは灯花を見る。


「面白いことってなんだよ。こやつ隠れた強者だ! とかそんなイベントじゃだめなわけ?」


「そーゆーのって、最近学園で見たし、その人はドヤ顔で鼻をぷっくりと膨らませていて、正直なんだかなぁ~って感じだったよ。それよりも変わったことが見たかったの。なんていうか非日常的な面白さを求めたんだよ」


「無茶振りだな……。まぁ、それなら手品を見せてやるよ。そこの狼の死骸を俺に向けて放ってみな」


 カリカリと頭をかいて言うと、躊躇いなく灯花は投げてくる。もう少しためらっても良いと思うのだが。


「とやっ」


「ほいさ」


『解体』


 放り投げてきたフォレストウルフの死骸に触れた瞬間に、死骸は光の粒子になると毛皮と精霊石に変換される。


「おぉ〜!!! 凄い手品だね、おじさん。トリック、トリックのタネは?」


 毛皮を手にして、目をキラキラと輝かせる灯花。強かったイベントよりも、感動しています。


「自分で見抜かないとな。手品師は商売のタネを教えることは」


「ていていていてい」


 目を輝かせて、灯花はダッシュすると、転がっている死骸を次々と投げてくる。手品は大好物なのだ。


「絶対に見抜くから、どんどんみせて!」


 空を舞ういくつもの死骸に、どうやらそんなに時間をかけずに獲物を回収できそうだとランピーチは苦笑するのだった。

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