71話 パワーレベリングの小悪党
「はぁ? 俺とパーティーを組んでくれるって? 俺だぞ? この俺だぞ?」
素っ頓狂な顔で、男は自身の顔を指差す。どうやら信じられないといった顔だ。当然だろう、その顔は小狡い顔つきで、なにやらせこい悪事をしそうにみえるし、装備も銃以外は安物だ。
だが、少女は瞳を恋するように輝かせて、コクコクと頷くと、笑顔を見せる。
「はい! 私の名前は鶴木灯花です。今年魔導学園に入学したぴちぴちの鮎みたいな生きのいい探索者です! おじさんとパーティーを組むと、なにか楽しそうな予感がしたので、一緒に行動したいんです!」
そうして、笑顔で挨拶を返すのであった。その名は鶴木灯花。魔導学園の1年生だ。
サイドテールをピコピコと尻尾のように振って、ご機嫌の犬みたいな灯花であった。
「ちょ、ちょっと、灯花ちゃん。この人は駄目駄目。どう見ても小悪党でしょう? 一緒に探索なんかしたら、強敵が現れたら囮にされて逃げるし、宝を見つけたら独り占めしようと背中からナイフで刺してきそうよ?」
「受付嬢さんのナイフのような言葉に俺は既に瀕死なんですけど? 俺はお客様じゃなかったでしたっけ?」
「申し訳御座いません。ですが、友人が死地に踏み入れようとしているの見過ごすことはできないので、辛辣になりますがはっきりといいます」
「受付嬢さんの大事な人を守る高潔な精神を魅せるイベントに見えるけど、俺が何かをするのは決定事項なのかな? デスソース並みの激辛のセリフで俺は倒れそうなんですけど?」
「ここに私の手鏡がありますがお渡ししましょうか? 賄賂を渡そうとしたり、不自然に魔力測定機用水晶が壊れたランピーチ様?」
「あ、はい。すいませんでした」
受付嬢のお姉さんの視線に耐えられなくなって、気まずそうに頭を下げるおじさん。おら、見てみろよと、お姉さんに頬にぐいぐいと手鏡を押し付けられて、すいませんと小声で謝る情けなさも見せていた。
「おじさんの名前はなんですか? パーティーを組むんですし、仲良くしましょう」
「え〜、パーティーを組むのは決定なわけ? 断りたいんだけど」
「そうよ、灯花ちゃん。もう少し行動を注意しないとお嫁にいけなくなる身体になるわよ?」
「俺は受付嬢さんの言葉に注意したいんだけど。………まぁ、初めての場所だ。わかったよ、一度だけパーティーを組もう。俺の名前はランピーチ・コーザ。しがない探索者だ」
実に嫌そうな顔になるが、少し考え込むと思い直したのか、実に悪そうな顔へと変えて握手を求めてきたので、喜んで握手をしちゃう。
やったね、なにか怪しい人とパーティーを組めるよと、灯火は小躍りするのだった。
「はぁ……こうなると止まらないのよね。良い子なんだけど、変なところがあるのよねぇ」
へいへいと踊る灯花を見て、受付嬢は説得を諦めてため息を吐く。鶴木灯花の友人である受付嬢は知っている。彼女は変なことに首を突っ込むのが大好きなのだ。ツチノコが裏山にいると噂されれば一週間は裏山に籠もり、宇宙人を呼び出す召喚陣があると聞けば、喜び勇んで試してみる。
この剣と魔法と科学の存在する世界で、さらなる変わった非日常を求める少女。それが鶴木灯花という少女であった。
呆れたジト目の受付嬢のお姉さんの視線は慣れているので、灯花は気付かないふりをしておく。この間、ギルドのトイレで花子さんを呼び出そうとして、コンコンとリズミカルにトイレのドアを叩いた時も同じ視線だった。ついでに頬をむにーんと引っ張られて怒られた。
「それじゃ、精霊区に行きましょう。そうですね……『躑躅精霊区』はどうですか? 強い魔物が多いですし、ダンジョンを買っても二人だとクリアできないでしょうしね」
「わかった。あそこは鉱物系統の魔物が多いしな。……ところでダンジョンを買うってどういうことだ?」
「むふふ〜、そういう探索者の心得も教えてあげますね。どーんと私に任せてください!」
どうやら探索者になったばかりらしい。任せてくださいと、どーんと胸を叩く灯花であった。
◇
『躑躅精霊区』。花の名前から取られた精霊区はその名前から想像する土地とは大違いだ。辺り一面、千年は生きているような巨木たちが聳え立ち、鬱蒼と茂る枝葉が陽射しを阻み薄暗く、地面はジメジメとしており、枯れ葉が雪のように降り積もっている。地面から覗く岩には苔が繁茂して、足を踏み入れると滑ってしまい、注意をしないといけない。歩くだけでも神経を使い、嫌なところなのである。なので、『躑躅精霊区』は人気のない精霊区であった。
「えっと、おじさんはどれくらい魔物を倒しましたか? 探索者になったばかり?」
「あ〜……まともに活動を始めたのは去年の秋だったかな。まぁ、登録したのは数年前? だったと思う」
「あぁ、身分証明書として登録していたんですか? よくいるんですよね、そーゆー人」
「探索者カードしかスラム街の人間は身分証明書を用意できないからなぁ」
そんな地面をものともせずに、灯花はトントンと足取りは軽やかだ。日頃、おじいちゃんに鍛えられているので、湿地や苔の生えた岩でも、どこに足をつければよいか判断できるし、どのように歩けば疲れないかを知っている。
これも長年鍛えている成果だ。灯花は幼い頃から鍛えられており、武術には自信がある。だからこそ歩くだけでも精神的にも肉体的にも疲れる人気のない『躑躅精霊区』を狩り場としているのだが━━━。
「スラム街って、行ったことがないんです。どんなところなんですか?」
「行く必要がないなら、行かないほうが良いぞ。あそこは油断をするとあっと言う間に死体になるところだからな」
湿った土の上を歩いても足跡を残さず、積み重なった枯れ葉を撒き散らすこともなく、苔の生えた岩を踏んでも滑るどころか、しっかりとした地面に足をつけたかのように、普通に歩いているランピーチを見て、むふふとほくそ笑む。
(やっぱり凄腕の武術家だ! 見た目は頼りのない小悪党に感じるのに、立っているだけでも隙がなかったもんね!)
パーティーにランピーチを誘ったのは適当だからではない。どうしてか誰も気付かないが、その佇まいが達人の域に達していると気づいたからだ。なので、興味を持ってパーティーに誘ったのである。
(おじいちゃんが、人を見る時はその本質を観察して見抜きなさいと言ってたけど、これのことだったんだね。面白そうな人だって、私のセンサーがピピピと反応してるんだよね)
ワクワクとして胸が高鳴っている。こんなに高鳴ったのは一昨日宇宙人を召喚する新しい踊りを思いついた時以来だ。
変わったことがあると、いつも胸高鳴っている少女だった。
ガサガサと枯れ葉を踏みしめて、機嫌よく進む二人。背丈よりも高い草を踏み分けていき━━。
ニコニコと笑顔だった灯花の顔が引き締まる。自身の周囲に広げたマナの波に感知したものが数匹いる。
「なにか気配がする。魔物かも」
しゃがみ込み、気配を消してランピーチへと手招きをすると、隣にしゃがみ込み、ランピーチに言う。
「『ロックスライム』が5匹だな。岩を食ってるみたいだ」
「え? まだ敵を見てないよ?」
「これくらいの距離なら楽勝でわかる」
そっと覗いて、ランピーチが指差す。百メートルくらいの距離だろう。巨木の下に1メートルくらいの大きさのこんもりと盛り上がった台形の岩山が3つあった。
見た目はただの岩山のように見えるが、よくよく見てみると、ズルリズルリと岩山の足元が蠢いて、ナメクジのように這っている。
「うん、『ロックスライム』に間違いないね! よくこの距離でわかったね、おじさん」
「『ロックスライム』は動きがゆっくりだからな。倒しやすいか。レベリングにピッタリサイズか? でも、ドロップが岩で稼げないだろ」
『ロックスライム』は軟体のスライムが体内に岩のかけらを鎖帷子のように浮かべて核を守っている魔物だ。岩が重なり合い強固な防御力を持つロックスライムは、倒しても手に入るのは『岩』だけで、苦労の割に実入りが悪いので、探索者たちからは敬遠されていた。
「チッチッチッ。星2までは精霊力を吸収するにはあの魔物が一番なんだ。基礎を固める時はお金は気にせずに、地道に力を高めないといけないんだよ」
先輩風を吹かせたい少女は、ちょっと得意げに人差し指を振る。今までは自分の後輩はいなかったので嬉しいのだ。
「あぁ………金に困らない人間の言葉だなぁ。俺たちはその日暮らしだから、宿代や弾薬代を稼がないといけないんだが」
「わかってるよ〜。もちろんその点も考慮しているから、後でお金稼ぎできる魔物を倒しにも行くからお楽しみに!」
お金に困っていることもわかっていると、ふふーんと腕組みをする。
「『ロックスライム』は核を傷つけるとほとんど動かなくなるから、核を私が半壊させて……なにしてんの?」
「『ロックスライム』だけにロック」
ランピーチは寒いオヤジギャグを口にして、アサルトライフルを腰だめに構えていた。その構えは銃を習ったことのない灯花でもわかる程に堂の入ったもので、一流だとはわかるが……精霊区で銃? 精霊区で銃?
「核か、そうか、現実準拠だと核を狙う。スライムを退治するポピュラーな方法だよな」
コテンと首を傾げて、なにをしているのか頭が理解を弾いている中で、ランピーチは引き金に指をかける。
精霊区での戦闘の常識。『銃は使ってはならない。なぜならば銃声で魔物があつまってくるからだ』。これは探索者にとっての常識だ。常識のはずだ。
「頂きだ」
灯花が止める間もなく、ランピーチは本当に引き金を引いた。タタタと3連射。乾いた銃声は森林に響き渡り、のそのそと這っていたロックスライムは銃弾が命中すると岩の帷子を破壊されて、あっさりと弾けた。
そして、森林がざわめき始めて、背筋がゾワゾワと寒くなる。木々の上から、草むらから気配が銅鑼でも鳴らしたかのように騒ぎ始めて、こちらへと集まってきた。数十匹は駆け寄ってきているし、足の遅い魔物も続々と集まり始めている。
「む? ロックスライムって『仲間呼び』を使えたっけか。なるほど、これを全部倒せばレベルアップできると。頭良いな」
平然とした顔で、ウンウンと一人納得するランピーチである。
「これはパワーレベリングじゃないよ、おじさん!?」
絶叫しながらも灯花はむふふふふと微笑む。
「でも、楽しくなってきた! 今日は当たりの日かも!」
非日常を求める灯花は大変な事になっても、反対に喜んじゃうのであった。