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70話 魔力をはかる小悪党

 魔力計測機。小説や漫画などではテンプレアイテムだ。大体のパターンは主人公の魔力が今までに見たことがない程大きいとか、破壊して測定不可能とかになるイベントであった。


『やったね、ソルジャー。ここは最大6レベルのソルジャーの力をどーんと見せちゃおうよ! きっと受付嬢は黄色い声をあげると思うよ?』


『詐欺サポート君。クレームは『宇宙図書館スペースライブラリ』に入れれば良いのか? 答えわかってからかってるだろ!』


『え〜、わからないなぁ。なにか気になることがあったかな?』


 指を咥えて、バブバブと赤ん坊の真似をするライブラ。悔しいが美少女がやると可愛らしい。小悪党がやると恐らくは病気かと思われるだろう。


「あの………水晶に手を付けるだけで大丈夫ですので、やってもらえませんか?」


 ライブラをグヌヌと悔しげに睨むランピーチに、この人、空に向かって睨んでるわ、頭大丈夫かしらと、心配というか哀れみの視線を向けてくる受付嬢。


「あ、あぁ、はいはい。でも、その少女は水晶を使っていなかったように思えるのですが? なんですか、知り合いだから贔屓ですかね? オゥ、オゥ、俺も贔屓して、計測はパスにしてもらえませんかね?」


 脇にどいた少女へと顔を向けてクレームを付けるランピーチ。最近練習していたオットセイの真似もバッチリだ。


「あ、そうだった! ねぇねぇ、私も水晶やってみたい。仮免の時しかやってない!」


 ランピーチのいちゃもんに、もう一回アトラクションに乗れると喜ぶ子供みたいにはしゃぐ少女。受付嬢はそんな少女に慣れているのか、クスリと好意的な笑みを浮かべる。


「その時の計測内容で星1は大丈夫なのに………まぁ、良いわ。ほら、翳して」


「よ~し、力を込めるよ〜。屯田に魔力をためて身体に循環させて〜」


 屯田とはなんだろうか、丹田ではなかろうかと思うが、少女の体に薄い魔力の膜が生み出されて、明らかに強いと思わせるエフェクトが現れた。


 水晶に手をかざすと、周りを照らすほど明るい光が発せられた。周りの探索者たちも、その光を見て、おぉと感心の声をあげる。


 もちろんランピーチも、おぉと感心の声をあげる。こりゃやばいと。


灯花とうかちゃんの魔力は112よ! 以前よりもレベルアップしたのね。もう星4になってもおかしくないわ」


「えへへ、そうかなぁ。暇で仕方ないときにモンスター退治をしてたからかなぁ」


 受付嬢が小さく拍手して少女を褒めて、ランピーチも凄いなと顔を青ざめながら拍手する。


「では、ランピーチ様もどうぞ」


 にこやかな笑顔に意地悪そうな感じを込めて、ランピーチに水晶を勧めてくる。


『くっ、こうなれば秘策を使うしかないな』


『おぉ、さすがは今龐統だね!』


『俺は流れ矢で死なないからな』


 こういった時に対応できる秘策をランピーチは持っているのだ。にやりと微笑んで、受付カウンターにずいと身を乗り出す。


「美しいお嬢さん。財布を少し重くしてみたいと思わないか」


 そっと札束を置くランピーチ。さすがは小悪党。秘策もその称号にふさわしい。


「申し訳ありませんが、私はカード決済ですし、賄賂はすぐバレますし、バレなくても貴方に弱みを握られるのでお断りします。ここは中位地区ですよ? 場末の地区とは違うんです」


 受付嬢にニコリと微笑まれて、ランピーチの秘策終了。さすがは小悪党、その秘策も水溜りのように浅かった。


「さぁ、どうぞ。早く水晶に手を当ててください。後ろのお客様たちを待たせておりますので」


 小悪党には見えない客なのだろうか、後ろには誰もいないが、そろそろ受付嬢の堪忍袋の緒が切れそうなのはわかる。


「へーい」


(こ、こうなれば、秘策その2だ!)


 仕方ないので、嫌な予感はしたが、水晶に手を押し当てることにする。全てのエネルギーを手のひらに集めて触れる。


『発勁』


 パリンと水晶は粉々に壊れました。


「ええっ! 魔力測定機が!? 一体何をしたんですか!」


 パラパラと細かく砕けた水晶片を見て、受付嬢は慌てて身を乗り出す。もちろんランピーチは無罪だ。なので、大根もびっくりの大仰に驚くフリをする。


「ええっ、俺は言われたとおりに水晶に手を翳しただけだぜ? 他になにかしたように見えたか?」


「たしかになにもしていないように見えましたが……魔力検知器も魔法の発動を検知していませんし」


「測定不能で登録しておけば良いと思うぞ? これからは功績値だけで俺はランクアップさせてくれ」


 ゲームでは功績値のみだった。そして星5までは精霊石を二億程ギルドに納めれば達成できたのだ。星6からは功績値ではなく、クエストクリアが必要になるが、とりあえず星5で十分である。


 これこそ秘策。少し脳筋ぽいがまた水晶を持ってきたら、全て破壊してやると内心でほくそ笑み━━━。


「仕方ありませんね。フープ型スキャナーを使用しますので、お待ちください」


 他にも計測機器はあった模様。奥に行って、すぐに受付嬢は戻ってきた。手にはフラフープのような魔道具を持っている。


「これは計測者の魔力を精密に測る機械です。本来は水晶で測定不能な魔力の大きい高ランク探索者相手に使用するのですが、代わりの水晶を持ってきても破壊されそうなので仕方ありません」


『ソルジャー、こっちの思惑がバレちゃってるよ!』


『くそっ、こういうときは予備が全部壊れて、泣く泣く測定不能にするのがセオリーだろ。俺の秘策を破るとは頭良すぎだろ、この受付嬢』


『普通の頭を持っていたらわかるよ! あからさまに壊しましたって、顔に書いてあったもん!』


『天才的な演技だったろ』


『幼稚園の劇で木の役くらいはできるかもね』


 舌打ちをして、ライブラと醜く言い争うランピーチ。受付嬢はカウンターから出てくると、フープを持ち上げる。恐らくはフープを身体が潜っていき、魔力を測定するのだろう。


 ランピーチの頭上にふわりとフープが浮遊する。ギルドにいる探索者たちもフープ型を使うのは物珍しいので、みんなが注目してくるので、見世物みたいで恥ずかしい。


「おいおい、あいつフープ型を使うみたいだぞ」

「本当だ。あいつ誰だ? ここらへんじゃ見かけないないやつだけど」

「他の土地からやってきた凄腕みたいだぞ」

「でも、あいつ、どこかで見たような?」


 期待度高すぎである。ライブラは助言をするでもなく、ニマニマと空を泳ぐので殴りたい。


「では、いきまーす。力を抜いてくださいね。ゲップをしたらやり直しです」


 バリウム検査のような注意を口にする受付嬢。


「なかなかおちゃめですね、受付嬢さん」


「お腹が真っ黒の時はちゃんと病院に行ってくださいね〜」


「後でご飯でも食べに行きませんか?」


 ウィーンとフープが下りてきて、ランピーチを青い光線が通り過ぎていきスキャンしていく。ゴクリと皆が息を呑み、注目する中で、受付嬢はタッチパネルの結果を口にした。


「えっと、魔力はゼロですね。これでは星1のランクアップは不可能となります。残念です」


 予想通りの結果だった。


「ぶはっ、魔力ゼロだってよ!」

「すげぇな、あの年でゼロかよ。雑魚にも程があるだろ」

「注目して損したぜ」

「あれじゃ、大鼠にも負けるだろ、いや、そこら辺のガキにもやられるぜ」

「思い出した。あいつは5年前に魔導学園を中退した落ちこぼれだ」


 周りで聞き耳を立てていた探索者たちがどっと笑い始める。うははとランピーチを馬鹿にする声が受付ロビーを支配して、騒々しくなるのだった。


『ほらぁ、やっぱり魔力は計測されないじゃねーか。だって、俺は超能力に切り替えたからね』


『だね。超力はこの世界のエネルギーの形を変える魔力ではなく、世界の理自体を変貌させる上位といっても良い力。この程度の計測機器で測れるものじゃないのさ』


 魔力を計測すると言われた時点で予想できていたランピーチである。リセットして超越者となったランピーチの身体には一片も魔力はない。世界の理を超える超能力があるだけだ。


(だが、少しくらいは魔力が残滓として残っていると思ったぜ、考えがあまかった。誰も気づくなよ……)


 歯噛みをしてしまう。逃げときゃよかったのだが、少しは、ほんの少しは残っているとも思っていた。痛恨のミスだ。


 ちらりと周りを窺うと、探索者たちは笑い転げて誰も今の現象について疑問に覚えている者はいなさそうで問題はない。だが━━━。


「え、ゼロっておかしいわ。なんで? 体内に必ず『精霊粉エレメントパウダー』が入り込むから、ゼロなんて計測値はあり得ないはずなのに!?」


 受付嬢だけは違和感に気づいた。気づいてしまっていた。この世界は『精霊粉エレメントパウダー』を遥か昔にばら撒いたため、万物に精霊エネルギーが宿っている。たとえ小石でも、生まれたばかりの赤ん坊でもそれは変わらない不変の事実なのだ。


「ええっと、すいません。どうも久しぶりに稼働させたので、上手く動かせなかったようです。マニュアルを見ながら計測するので、もう一度計測をよろしいですか?」


 だが、幸いなことに、受付嬢はたんに自分が操作を間違えたと勘違いしてくれた。どうやら滅多に使わないからだろう。ほっと安堵して、愛想の良い小悪党スマイルを向けるランピーチ。


「あ、あぁ、もちろんだ。この後、一緒に飯を食べに行ってくれるなら良いぜ」


「はい、いいですよ。それではマニュアルを持ってきますので、少し待っていてください」


 小悪党スマイルからのナンパで、やっぱり計測しませんと嫌がられる作戦失敗。


『まずいぞ、ライブラ。ここで魔力ゼロで目立つのはまずい! 南部から北部に来た意味がなくなるぞ! なにかいいアイデアないか!?』


『はっ、そっか。笑っている場合じゃなかったや。あわわわ、このままだとソルジャーは普通じゃないことがバレて、黒仮面の正体もバレちゃうかも。どうしよう?』


『なにそのダサいネーミングセンス? それも気になるがどうするんだよ!』


 あわわと慌てる二人。良いアイデアはないかと考えるが、ギルドが謎の爆発に巻き込まれるくらいしかアイデアは浮かばない。


 そうこうしている内に、マニュアルを持ってくる受付嬢。追い詰められていくランピーチ。そして、謎の踊りを踊る役に立たないライブラ。こいつは日に日に役に立たなくなっている気がすると考えるのは気の所為だろうか。


『仕方ない! 『電子操作術』をレベル5まで取得!』


『取得しました。『超能力』、『電子操作術』をレベル5まで取得したため、融合特技『サイコクラッキング』を取得しました』


『サイコクラッキング:視界に入る電子機器をクラッキングして操れる』


 超能力で電子にクラッキングできる特技だ。とはいえ、魔力を常に流している精霊鎧や人工精霊には効かないので、あまり使いどころのないコスパの悪いスキルだった。


 『電子操作術』のみだと、単に電子端末を操作できるスキルとなる。これはレベル3程度でゲームでは良かったのだ。潜入してこっそりと手動で操作するのだから。だが、今回は仕方ない。離れていても操作できる術が必要だった。


『サイコクラッキング』


「では、再度いきまーす」


「へーい」


 スキルを発動させると、自分にだけ見える魔法の雷が魔力測定機に奔る。瞬時にセキュリティを突破して、魔力測定機を支配すると偽りの数値を表示させる。


「あら? 魔力8……やっぱりさっきは誤操作をしていたようですね、申し訳ありません。ですが、やはり星1には認定できません」


 受付嬢はやっぱり間違えていたかと。端末を見て頭を下げてくる。


 焦ったために、低くしすぎたかと臍を噛み悔しく思う。8かよと、探索者たちが笑う中で、これはどうしたものかと考え込む。せめて口座が欲しかった。


 ガッカリするランピーチだが━━━。


「ねぇ、おじさん。それじゃ新米同士パーティーを組まない? 私がパワーレベリングさせてあげるよ?」


 後ろ手にして、ニコリと微笑む少女が、爛々と瞳を光らせて声をかけてくるのであった。

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