7話 積雪の小悪党
「まずっ、本当にまずいな、このガドクリーメイト。なんか毒も入っていそうで不安だし」
愚痴りながらも、最低の値段の食糧として受け取った食べ物を咥えて、顔を顰めながらランピーチは乱暴に食い千切る。口の中にほうれん草味のおからを乾かしたようなパサパサ感が広がり、正直食えたものではない。
実際にこの食べ物はたった10エレで、スラム街の底辺層向けの栄養食だ。食べても身体能力にバフは付与されず、ゲーム時代のランピーチは見向きもしなかった。
逃亡した部下たちが残していったのも理解できる、とんでもなくまずい食べ物である。
それでも栄養は辛うじてある。ゲームでは空腹や喉が渇くと身体能力にペナルティがかかったものだが、現実でも空腹状態でまさか探索をするわけにもいかず、我慢をして一気に飲み込んだ。
「さて……今日の夜もこの食べ物にならないように探索をしますか」
吐く息は白く、ランピーチの眼前には純白に塗られたどこまでも広がる廃墟の街があった。瓦礫や壊れたビルなどを覆い隠し、潰れた家屋も砕けた道路もなにもかも積雪により、一見すると幻想的な街並みだ。
寒さで指がかじかまないようにランピーチはスキーウェアのような分厚い手袋を嵌めて、肩にかかるマシンガンの重みを頼りに決意した顔つきで気合を入れる。
「最後の経験値を使って出発だな」
『宇宙人、超越者レベル1を取得』
『取得しました』
『宇宙人レベル1を取得したため、宇宙図書館との接続可能。接続しますか?』
「イエスだ」
『サポートとして、ライブラがランピーチ・コーザに付き添うことになりました』
次々と表示される内容に肯定していくと、眼の前に蛍の光のような粒子が空中に無数に現れると、一つに集まっていく。そうして、光が収まった時には、空中に美しい少女が浮いていた。
透けるような銀髪をツインテールにして、その瞳は深い蒼色、肌はきめ細やかで白く傷一つほくろ一つない。雪の精霊のような美しい顔立ちで、着ている服は赤いリボンで纏めた可愛らしい巫女服で、背丈は150センチ程、スタイルはかなりよくもう少し露出の多い服だと目のやり場に困っていただろう。
宇宙の何処かに存在する知識の宝庫『宇宙図書館』の人工精霊『ライブラ』だ。『宇宙人』スキルを手に入れると付き添ってくれるヘルプシステムである。効果は色々で非常に助かるものだった。
ライブラはゆっくりと目を開けると口を開く。
『人類宇宙連合軍強化システム『ライブラ』だよ! よろしくね、ソルジャー!』
そうして、ムフンと悪戯そうに元気いっぱいで指を突きつけてきた。見た目と違い、性格は幼そうなライブラはズビシズビシと額をつついてくるので、地味に痛い。ランピーチは乱暴に指を払うと冷めた目でライブラを見る。
「あぁ、よろしくライブラ」
『ほーい。それじゃ早速だけど人類宇宙連合軍に所属するで良いかな〜?』
「あぁ、やってくれ」
『了解! ポポポンと。二等兵として登録したよ。これから頑張ってね。だってソルジャーって全然強く見えないんだもん、うふふ』
半透明のボードを宙に映すと手慣れたようにタッチしてなにやら登録したような動きをして、終わると口元を隠しながらくるりんくるりんと宙を回転するライブラ。小悪魔風の悪戯っ娘は見ていてとても可愛らしく、ほのぼのしてしまう。
『ライブラ』はサポートキャラだ。全てのアクションの成功確率をランダムで上げて、他にもレベルを上げると敵の解析や落ちているアイテムなどを教えてくれる。なによりもとても可愛らしく、プレイヤーに大人気だった。
「これで準備はできたかね。……大丈夫だよな?」
ここが夢ではなくて現実の可能性が高まり、ランピーチはかなり真剣な顔になっていた。もしも死んだら、それまでとなるためだ。
なので、ステータスを念の為に確認する。
ランピーチ・コーザ
経験値:0
HP:14
CP:10
体力:7
筋力:7
器用度:7
敏捷:7
精神:9
超力:5
装備
G1突撃銃:攻撃力6
G1防弾服:防御力4
固有スキル:小悪党レベル10、宇宙人レベル1、超越者レベル1
スキル:超能力レベル1、気配察知レベル1、集中レベル1、体術レベル1
『小悪党:格下相手に常にレベル%分のステータスダウン、スキル成功率ダウンを与える。また人との好感度はマイナスから始まる』
『宇宙人:人類宇宙連合軍の軍人となる。宇宙図書館の支援を受けられる。レベルにより階級が上がり支援内容は向上していく』
『超越者:レベル限界突破、レベル✕10%の全ての抵抗力アップ、中毒、寄生、侵食の作用無効、レベル%分の毎時間HP回復』
『気配察知:レベル✕百メートルまでの敵を察知する、レベルアップ毎に精神+2』
『集中:あらゆるアクションにレベル✕2%の補正、レベルアップ毎に精神+2』
『超能力:超能力を使用可能、魔力は超力に、MPはCPに変化する。レベルアップ毎に超力+5』
『体術:体術を会得する。レベルアップ毎に体力、筋力、器用度、敏捷+2』
ずらりと並んだスキル一覧を確認して、ステータスの低さに苦笑を隠せない。装備も酷いもので、威力が弱くゴブリン程度しか倒せないからG1と名付けられているのだ。
この『パウダーオブエレメント』はスキルに付随するステータスアップ付与でパワーアップしていく。なので多様なスキルを取得してステータスをアップするも良し、一つのスキルを上げて強くしても良し。裏技を使わない場合、経験値が足りないので普通は一つのスキルをレベルアップしていくが。
「あちゃー、しょぼいステータスとスキルですね! これだとソルジャーはそこの角を曲がった所で死なないでよ〜」
ランピーチの前に出て、ステータスを見て、ケラケラと笑いからかうライブラ。たしかに酷いステータスとスキルだ。ゲームでは、ソロならばせめてレベル2は必要なのに全て1なのだから。
ゲームの知識からわかる。ツヨシのようなレベル0の雑魚とは違い、レベル1からは敵がまともなダメージを与えてくるはず。
「ま、まぁ、死なないように気をつけるよ。それじゃライブラ、出発するぞ」
「はーい、ライブラのサポートに期待しててね!」
小心者の小悪党スキルのせいか、元からからはわからないが、死の恐怖に声が震えてしまうランピーチだが、それでも足を外にと踏み出す。
強くならなければならない。少なくとも身を守る位には。このゲームは、いや、どう考えても小悪党ランピーチ・コーザは死ぬ運命が待ち構えているような気がするのだから。
ライブラがこの後ろで楽しげに鼻歌を歌いながらついていくのであった。
「目立つから実体の時は鼻歌はやめてね?」
ランピーチはきっちりと注意した。
◇
ザクザクと雪を踏みしめながら、ランピーチは廃墟街を警戒して歩く。寒さで顔が赤くなり、冷たい風に顔を顰めさせて身体を震わせる。積雪は踝程度までしか埋まることはなく、体術スキルを手にしたランピーチにとっては平地と変わらない。
敵を警戒しながらではあるが、ランピーチは廃墟街で積雪の中や、ビルに影にいるかもしれないモンスターを気配察知で調べながら足早に進んでいた。
「どこに行くの〜? 阿蘇精霊地区? それなら道が違うよ〜」
触れることの出来る実体と、誰にも感知されない幽体化を切り替えることのできるライブラがランピーチの横を飛びながら、くりくりした瞳で聞いてくる。
阿蘇精霊地区とは、この『パウダーオブエレメント』においてのダンジョンのようなものだ。
『パウダーオブエレメント』の設定。過去において人類は精霊の召喚に成功。その超常の力を自由に使うべく、信じられないことに精霊を砕いて粉にして世界中にばらまいた。世界は精霊エネルギーに覆われて、人々は精霊エネルギーを使うことにより魔法や魔道具を科学とは別の力として使えるようになった。だが、精霊の粉を撒きすぎたせいで自然発生した精霊や魔獣との戦いが行われて文明崩壊、そして千年以上がすぎて、少しずつ人類は復興を始める。
探索者は自然発生する程に濃度の高い精霊粉地帯から無限のエネルギーである『精霊石』や自然に生まれた特別な効果の鉱物や植物、遥か昔に作られた魔道具などを回収して稼ぐ職業だ。
実にゲームっぽい設定と言えよう。
以前のランピーチも探索者登録をしていた。死の恐怖に屈して心が折れてスラム街のボスをやっていたが、今のランピーチは探索者を再開し金を稼ぐことを決意した。
「行くわけ無いだろ。このスキル構成で探索しても自殺するようなもんだろ?」
だが決意したからと言って、小悪党ランピーチが進んで危険な地区に向かう理由はないのである。
『たしかに。その程度では数匹に囲まれただけで死んじゃうね!』
「冷静な回答ありがとう」
正直言うと、仲間がいても行きたくない。『パウダーオブエレメント』が流行った理由は魔法の使えるファンタジーゲームなどではないのだからと、ランピーチは身震いする。
このゲームは宣伝時は派手なエフェクトで魔法を使うシーンが流されていた。たしかに魔法は存在し、エフェクトも派手だ。運営会社は嘘はついていない。
ついていないのだが━━。
「ん? なにか引っ掛かったな」
気配察知にピンとなにかが引っ掛かる。その反応は脳内に三次元レーダーでもあるようで、どこにいるかはっきりとわかった。
はっきりとわかった時点で、敵の強さもわかるので、不敵な笑みでランピーチは早足から駆け足に変える。同レベルかランピーチのレベル以下か。ランピーチのレベル以上ならぼんやりとした感知のはずだからだ。
廃ビルに囲まれた細い裏路地、そこから反応が返ってくる。敵は一体、恐らくは隠れているつもりで、こちらには気づいていない。
ザッと積雪を捲き上げて、ランピーチは周囲の様子を見て、適した場所を探す。廃ビルの影に隠れて、肩にかけていた銃を手にとって構えて、すぅと軽く深呼吸をするとリーンをする。
雪積もる廃ビルの裏路地に、のそのそと歩いている小柄な人型が確認できる。
『サポートしてあげるね!』
「あぁ、頼んだ」
サポートキャラのライブラがフンスと鼻息荒くランピーチの顔に近づくと、ランピーチは親指を立ててお願いする。
ゲームではライブラの掛け声が聞こえてくると、アクションの成功確率がランダムアップだった。現実ではどうなるのだろうと、興味を持つが━━━。
『リーンリーン。もしもし私はライブラ』
なんと実体化して気軽そうな口調で口ずさみながら通路に飛び出す。まるでお散歩をしているちょっと抜けた少女のようなライブラ。もちろん隠れている敵はライブラを見逃さずに、飛び出て来ると武器を構える。
『アウッ』
タタタと乾いた音がすると、ライブラが銃弾の雨を食らって、蜂の巣になり姿を消すのであった。彼女のHPはたしか3である。
「ランダムアップって、こういうことなのかよ。身体を張りすぎだろ」
苦笑しつつ、ランピーチは飛び出てきて無防備な敵へと銃口を向けて、しっかりと狙いを付けると引き金を引くのであった。