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69話 新たなる土地の小悪党

 地上街区は広大だ。以前の世界と比較すると、関東圏と同じ程度の広さで、歪んだ円状に展開している一千万人が住む巨大な街である。


 ランピーチマンションのある場所は地上街区から見て南に位置する。各地区ごとにインフラの整備レベルはバラバラで情報も集めにくいこの世界において、いまだにランピーチマンションの噂は南部スラム街とその周辺の地上街区にしか広がっていない。


 なので、噂が広がっていない北部にランピーチは一時的に拠点を移すことにしたのだった。犯罪者が身を隠すための行動そのものなので、小悪党に相応しかった。さすがは万能やられ役小悪党ランピーチである。


         ◇


 ━━━春となった。


 地上街区といっても外縁エリアは寄せ集めだ。なにせ、元はスラム街のボスたち。力が全てとの風潮が常識で、袖の下も当たり前。ただ治安に関しては、地上街区の中央機構が睨みを利かせているので、注意をしている。その程度の世界が地上街区外縁エリア。


 対して、中央エリアに段々と感化されて、善意よりの常識を持ち、インフラも整備されているのが、中央エリアよりの中位地区だ。


 中位地区の判断基準は簡単で、探索者ギルドが星を決定できる権限があるかどうかにある。これは賄賂によって、星レベルが決められないようにするためであり、星レベルを規則に従ってつけることができると判断されたエリアということになる。


 外縁エリアの場末の探索者ギルドとは違い、建物もよく整備されて綺麗であり、実力のある警備員、受付窓口には笑顔が可愛らしい女性が座っている。


 そして、探索者の皆は必ず星レベルを上げるために中位地区に訪れる必要があるということを示している。ようやく星レベルを上げられるようになった探索者たちは、中位地区の豊かさを目の当たりにして、ここに住めるように成り上がってやると思い、仕事を頑張るという効果もあった。


 新築のように見えるホテルの受付ロビーのような中位探索ギルド。ガラス張りの壁に、観葉植物が置かれており、広告用の薄型モニターが缶ジュースを持った美少女を映し出している。


 探索者たちの装備も一流で、精霊鎧を着込んでいるのは当たり前。ローブ型や、インナータイプと高額の装備をしており、剣や杖も魔力が籠もっている証に青い光を仄かに宿している。どれ一つとっても、億を超える武装で、探索者たちも戦い慣れている歴戦の戦士の空気を醸し出していた。


 ようやく星1になれると喜び勇んで訪れた探索者たちは、上位の探索者たちに気圧される。そして気圧されない探索者は、上位の探索者の目にとまり、探索者たちのチームであるクランに誘われることもある。


 そのような探索者たちにとっては、登竜門ともなる中位の探索者ギルドのドアを潜る一人の少女がいた。


「たのもーっ、お姉さん、ようやく探索者登録ができるようになったから、登録お願いします」


 元気な少女だ。黒髪黒目で、サイドテールに髪を纏めて、勢いよく受付窓口に駆け寄ると、ペシペシと受付カウンターを叩く。


「あら、ようやく15歳になったのね、灯花とうかちゃん。おめでとう、これで探索者となるわけか」


 受付窓口の女性はクスクスと笑うと、書類を取ります。顔見知りであり、探索者たちも少女を見ても気にしないで、それぞれ会話をしている。


「ようやくだよ〜。学園は面白いし、友人と遊ぶのも良いんだけどさ。やっぱり探索者となって冒険でしょ。ドカーンと宝物を見つけたり、見たこともない景色を見たり、知らなかったことを知ったり。非日常が私を呼んでいる!」


 ニヒヒと快活に笑って、グッと拳を握りしめる。その様子に苦笑を返す受付女性。


「はいはい、装備は揃えてきた? 初期の魔物だって油断したら殺されるのが探索者の日常なんだからね」


「大丈夫! この装備なら問題はない!」


 少女の装備はオーダータイプの精霊鎧だ。武道着のように見えるが、裾や袖、背中部分に魔法陣が刺繍されて強化魔法が付与されている。初心者探索者には似つかわしくない高級装備だ。


「ほらほら〜、早く登録して〜。今日がくる日を一日饅頭の気分で待ってたんだよ」


「甘い気分だったってことね。で、クランは決めたの? まともなところがいいわよ。まぁ、灯花ちゃんの苗字を聞けば、たちの悪いところは声をかけないか。はい、星1ね」


「おろろ、最初から星1で良いの? 普通は星ゼロからじゃないの?」


 星とは探索者のランクを示すものである。星ゼロから始まり、最高は10。星1は一人前の探索者として扱われて、戸籍がなくとも銀行口座が作れる特典がつく。以降、ランクが上がるごとに様々な特典は増えていくのだ。


「灯花ちゃんは仮免許で充分に基準を突破しているから、スタートは優遇されてるの。というか、その装備で星ゼロとかだと詐欺だからね。で、クランを決めてないなら、お勧めを紹介するわよ?」


 ピピピとモニターを操作しながら、受付女性は親切心から少女へと声を掛けるが、少女はぶんぶんと首を横に振る。


「クランを決める前にパーティーを決めないとね! あ〜、なにか面白いひとがいないかな? 私のパーティーは普通の人はいりません。宇宙人、超能力者、獣人を希望します!」


 腰に手を当てて、フンスと胸を張る少女に苦笑を返す。


「そんな人がいたら世界が変わっちゃうでしょ。ほら、ここにサインして」


「はぁい、でも超能力者くらいはいるんじゃないかなぁ」


 少女かカウンターに頬をつけて、ぶーたれると、コツンとペンで少女の額をつついて受付女性は紙を渡す。


「魔法使いと超能力者とどう違うのか教えてほしいんだけど」


「う~ん、たしかに魔法と超能力の違いがわからないよね、となると、宇宙人? ベントラー、ベントウ〜オナカ〜スイタ〜」


「この間、空き地で踊っていたの創作ダンスじゃなくて、宇宙人を呼び出す踊りだったのね。食堂は正式に探索者となったから使えるから」


 くねくねと踊り始める少女に、このへんなところがなければ良い子なんだけどどと、ペチリと叩く。


「それに獣人みたいなものなら、買えば良いじゃない、そこにも立っているでしょ?」


 受付女性の指差す先には、警備兵の横に立つライオンの顔を持つ大柄な男性がいた。いや、男性ではない。ライオンガードと呼ばれる警備用人工精霊だ。


「人工精霊じゃん。あれは指示に従うだけでロボットみたいなものでしょ。無駄話をしてるの聞いたことないよ?」


 ピクリとも動かないライオンガードを横目に見て、サインをサラサラと書く。


「そりゃ、人工精霊は頭が良くないからね。ロボットと同じ。でも、高価な人工精霊なら受け答えくらいはできるんじゃない?」


「ヤーダー。私は無駄話をして、一緒に遊んだり、ご飯を食べたりしたいの〜」


「意味のない機構をつけてなんになるのよ。人類のために支援するのが人工精霊の役割。趣味的な人工精霊を作るなら、研究者になりなさい」


「いじわる〜。学科の合格順位が下から数えた方が早い私に無茶を言わないでよ〜。探せばどこかにいるんじゃないかなぁ」


「そんな人工精霊がいたら、目でピーナッツを噛んであげるわ」


 むぅぅ〜、と、バタバタと手を叩く少女が、それでもサインをした書類を確認すると、ケラケラと笑いながらカードを取り出す。


「はい、カードを無くさないように。無くしたら、結構な保証費を支払う必要があるからね」


「はぁい。お小遣いも厳しいし、無くさないようにしまーす」


「あー、ようやく話は終わったか? 後ろに並んでいる人がいるのを思い出してほしいんだが」


 長話が過ぎたのだろう。後ろから男が不満そうな声をかけてくるので、慌てて振り向く。誰もいないと思って話してたけど、失敗しちゃったと頭を下げる。


「すみません。すぐに退きますね」


(あれ? 後ろに気配なんかなかったはずなのに……いつの間に?)


 そこには、着古した皮のズボンに、低レベルの魔物の皮から作られた安い革鎧、肩にはDG5アサルトライフルとナップザックを担ぎ、髪はボサボサ、顔はなにかを企んでいそうな皮肉げに口元を歪める男が立っていた。


 ランピーチ・コーザ。誰もが認める小悪党である。

  

          ◇


『この建物はきれいだよね。探索者たちも一目で強そうだって感じるし、ソルジャーとは一味違うね』


『隠し味が利いている俺とは違うんだろ。わかるわかる、俺は深みのある男だからな』


『ソースとジャムを混ぜているような味だね』


『大人気間違いなしだろ』


 丁々発止のやり取りをライブラとしつつ、ランピーチは周りを改めて見渡す。たしかに皆強そうだ。それに場末の探索者たちと違い、受付ロビーで酒を飲んでいる金のない探索者たちが屯しているわけでもない。


 金はあるところにはあるんだなと思いながら、受付窓口でお喋りをしていた少女が退いてくれたので、のしっと腕をカウンターに乗せて、優しい笑みを向ける。


 受付女性はその笑顔になぜか引き攣った顔になるので、ランピーチ的に不思議です。


「よ、ようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用でしょうか」

 

 ニコリと微笑む受付嬢。仕事に対する鍛えられた心は、笑顔という形で見せてくれるので、ランピーチもニコニコと笑顔で要件を口にする。


「ランク上げの手続きだ。ランピーチ・コーザ、星1となりにきた」

  

 そう。ランピーチはそろそろ口座が欲しいよなと、北部の探索者ギルドに訪れたのである。フフンと笑って、どこからどう見ても、ダンディな男だ。


『大丈夫なの、ソルジャー。そんなに自信満々で。星1になれないかもしれないよ?』


 心配げに覗き込んでくるライブラ。サポート巫女へとランピーチはフッと笑い、目を細める。


『大丈夫だ。俺はこのゲームをやり込んだ男だぜ。その行動は綿密にして隙はなく完璧である』


「あの……ランピーチ様は星1になれる功績が足りないのですが……」


 受付嬢が気まずそうに端末を見て言ってくる。星1になる功績すらも足りないとは信じられないと、その笑顔は少しだけ引き攣っていた。


 まぁ、ここに来てからまともに探索者ギルドの仕事をしたことがないし、魔物からのアイテムなども売ったことがない。功績が足りないのも当然だろう。


 だが、それは想定内だ。


「功績だろ? ほら、これでどうだい?」


 カウンターにザラリと精霊石を置く。功績が足りないなら稼げば良い。


「星1に上がる功績は精霊石百万エレまでを売れば良いんだろ? しっかりと用意してきたから大丈夫だ」


 星1にする単位は覚えている。それぞれの功績ポイントも脳内にあるのだ。これぞ、ゲームをやり込んだ転生者の裏技だと、ドヤ顔のランピーチ。これぞガチゲーマーの行動だ。


「はい。えぇと、そうですね、ぴったり百万エレとなります。星1の資格を取れます」


「だろう? 百万エレ分の精霊石を買うのに金がかかったぜ」


 堂々たる程度で、卑怯な方法をとったと告げる小悪党である。受付嬢はその言葉に嘆息する。たまに口座を取得したいためだけのスラム街の犯罪者などがそのような手を使うのだ。だが、銀行としては金を入金してくれれば良いので気にしない。なので、ギルドも見て見ぬ振りである。


 でも、ここまで堂々と言うなんて、絶対に探索者の活動をするつもりがない危険な男なのねと、見るからに小悪党だしと納得しながらも水晶を取り出す。


「では、この水晶に手を当ててください。星1レベルの魔力が計測できれば、星1の証明書を発行致しますので」


「え? そんなのがあるの?」


 ゲームではなかったなと、綿密にして隙はない完璧な男は嫌な予感に襲われるのであった。

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