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68話 朝編 頑張る幼女

 朝も早く、外はようやく日が昇ってきた時間。あったかいお布団から、幼女はピョコンと頭を出した。そろそろ春になるが、それでも朝は空気が冷たく寒い。もうストーブを使う程寒くはないので、肌をぶるっと震わせちゃう。


「おあよ〜」


 それでも頑張って起きる幼女の名前はコウメ。朝早く起きるなんて偉いねと、紳士諸君が見たら拍手喝采、称賛の嵐となるだろう可愛らしい幼女だ。


「ねてましゅか。パパしゃんねてましゅか?」


「う~ん、う~ん。あちー」


 起きてないかなと、隣で寝ているパパしゃんの肩を揺さぶるけど、起きる気配がない。魘されて、汗をかいて暑そうだけど、多分原因はパパしゃんの顔にへばりついて寝ているうさぎさんのせいだと思う。


「もう食べられないうさ……」

「すやすや、もぐもぐ」

「うさがエースだうさ……」


 顔だけでなく、胸にも足元にもうさぎさんが乗っかって寝ている。パパしゃんのそばには最近たくさんのうさぎさんが一緒に寝ているので、冬もぽかぽかなのだ。その代わり、パパしゃんはいつも暑そうだけど、群れをなして寝るのがうさぎさんたちは大好きらしい。なので、パパしゃんは白い毛皮に覆われているようにみえちゃう。

 

「やっぱりもうすこしねよーかな」


 皆寝てるから、二度寝しようかなと、コウメのアイスクリームのような意思の硬さが揺らぐ。


「おはよう、コウメ。今日は朝早いですね」


「おあよ〜、チヒロおねーちゃん」


 だが、今日はパパしゃんの隣で寝ているチヒロおねーちゃんが起きたので二度寝は中止だと、元気に挨拶をする。だいたい三回に一回はチヒロおねーちゃんも起きるので、二度寝は中止となるのだ。


「今日はこんなに早くに起きてどうしたの?」


 チヒロおねーちゃんは眠そうに目をコシコシと擦らながら聞いてくるので、張り切って胸を張る。


「たまごあつめましゅ! おしごとして、あそんで、しゅぎょーするの! まずはみだしなみ!」


「一人でできる? 手伝おっか?」


「だいじょーぶ! ひとりでできるもん」


 ベッドの端によりかかり、短い足を伸ばして床につく。もうコウメも5歳。一人でお着替えもできるのだ。歯磨きだって、髪を梳かすこともできる大人なレディ。床にも寝ているウサギさんたちをそっと避けながら、クローゼットに向かう。


 クローゼットには、コウメの宝物のたくさんの洋服が入っている。前はパジャマなんかなかったし、着替える服もなかった。でも、パパしゃんがたくさん買ってくれたのだ。


 うんせ、うんせと頑張って着替えて、洗面所に行こうとしたら、部屋の隅から鳴き声が聞こえてくるので、ピタリと足を止める。


「反省したうさ〜、出して〜」


 『ろうや』と書かれた段ボール箱の小さな穴からウサギさんが鼻を突き出して、スンスンと鳴いていた。


「あけてあげりゅ!」


 なので、可哀想だよと、コウメは箱を開ける。


「助かったうさ。ありがとう。酷い目にあったうさよ」


「どういたしまちて!」


 段ボール箱から出てきた帽子を被ったウサギさんがペコリと頭を下げてくる。提督ウサギと呼ばれるウサギさんだ。なので、気にしないでと、ちっこい手を振って返す。良いことをしたと、コウメは得意げだ。


「………」


 提督ウサギさんは、鼻をスンスンと鳴らして天井を見上げて数秒。


「二度寝するうさ。少しよってよ〜」


 また段ボール箱に入るのだった。箱の中にはウサギさんがたくさん寝ていて、提督ウサギさんはせっかく出れたのに、また入ってまるまって寝るのであった。


 ウサギさんは狭い場所が大好きで、段ボール箱は大人気なのだった。なぜ出たのに、また中に潜り込むかは不明だが、ウサギさんの習性らしい。毎回同じように出たがり、またすぐに戻っていくのだった。


 よくわからないけど、コウメは良いことをしたので気にしない。その後は歯磨き、洗面、髪を梳かして、ちょっと洗面台がびしょびしょになったけど、身嗜み終了。


「あさごはんのまえに、たまごあつめてきましゅ!」


「気をつけてね。怪我をしないように」


「あ~い」


 あくびをしているチヒロおねーちゃんに見送られて、ぽてぽてと移動する。目指すは牧場である。


 牧場のあるお部屋に向かい、廊下をぽてぽてと歩く。朝早いのに、もう起きている人はたくさんいて、廊下を行き来しているし、住民向けのパン屋さんがパンを焼いている良い匂いが鼻をくすぐる。


 元気よく歩いているコウメに気づき、コック姿のパン屋さんが声をかけてくる。


「お、コウメちゃん、おはよう。早起きだね、お仕事かい?」


「あい、たまごをあつめてきましゅ!」


「偉いな、それじゃ、一つパンをやろう、焼き立てだから美味しいよ。なにせ小麦粉は天然物だからな。砂糖と牛乳とかは合成だけど、それでも合成パンよりもずっと美味しいから、食べてご覧」


 今焼けたばかりだから一番美味しいよと、パンをくれるので受け取ると、ほんのり温かくふかふかなので、ゴクリと喉が鳴っちゃう。


「いただきましゅ。はぐはぐ。あまくておいちい!」


 美味しい美味しいと、夢中になって口に頬張っちゃう。その様子を温かい目で見ながら、パン屋さんは嬉しそうに顔を緩める。


「本物の小麦粉と卵だからな。ここまで美味しいパンはなかなかないと思うよ」


 パン屋さんは最近移住してきた。信じられないことに、地上街区のパン屋だったのだが、セイジから天然物の小麦粉を使えると聞いて、折角の地上街区の店舗を売って、引っ越してきたのだ。


 今までは合成食料ばかりで、素材も合成品。小麦粉を使った本物のパンを焼いてみたくてやってきたのだった。その夢は叶い、今は昼には売り切れとなる大人気パン屋となっている。


 もちろんコウメはそんなことは知らない。だが夢中になってパンを頬張る姿に嬉しさを覚えるパン屋さんであった。


「ん? どうしたんだい? なにか変な味でもしたかな?」


 コウメが半分残して、ポケットに仕舞おうとするので、首を傾げるパン屋さん。でも、コウメにとっては普通のことだ。


「おなかがすいたときのために、しまっておきゅの。ごはんははんぶんのこすんだよって、まえにおに~ちゃんにおしえられまちた」


 冬に入る前、パパしゃんと出会う前に隠しておくんだよって教えられたのだ。その教えをしっかりと守り、今でもコウメは必ずポケットになにか食べ物を入れていた。腐ったこともあり、しょんぼりすることも多かったが。


 パン屋さんは過酷な生活だったことを示す僅か5歳の子供に悲しげになる。自分はパンの味を求めてここに来た。その違いは大きい。


「カビるから、パンは止めておけよ。その代わりに日持ちするクッキーを今度作ってやるから」


 だが、今はそんなことは必要ないと、スラム街の世界を変えている男が声をかけてきた。


「パパしゃん! おきたの?」


「あぁ、この間もカビだらけにさせただろ。ほら、それはよこせ。全部食べると朝ご飯が食べられなくなるだろ」


「あい! パパしゃんにどうじょ! だっこしてだっこして!」


 パパしゃんがコウメの後ろに立っていた。眠そうに目をしょぼしょぼさせて、あくびをして気怠げだ。


 コウメは大喜びをして、両手で抱きついてせがむ。コウメはパパしゃんに抱っこしてもらうのが大好きなのだ。抱っこ抱っこと身体にしがみついてせがむと、両手を広げてくれるので、飛び込んじゃう。優しく抱きとめられて、抱っこしてくれるので、むふーとご満悦のコウメだ。なぜか、ウサギさんも飛び込んできて、コウメの隣で一緒に抱っこされたけど。


「おはようございます、ランピーチさん。いつも小麦粉を安く卸して頂きありがとうございます」


「いや、気にすんなよ。皆も収穫をした物が食べられないなんて可哀想なことにはなってほしくないしな。それに小麦粉は大量に収穫できるから、ここに多少卸しても問題ない」


 手をひらひらと振るパパしゃんに、パン屋さんは微笑んで、袋に何個かパンを入れると渡してくる。


「そのようなことができるのが普通ではないんですよ。ランピーチさんは本当に第一印象詐欺ですね」


「それは褒められていると考えれば良いのか?」


 これどうぞと、パンを手渡されるのをもらいながらパパしゃんは苦笑するのだった。


 その後も廊下を歩いていると、親しげに声をかけられて、パパしゃんは大人気なのだ。コウメも嬉しくて、ゆらゆらとリズミカルな振動でウトウトしちゃう。ウサギさんはもう寝ていた。


「ほら、ついたぞ」


「ありがとうございましゅ」


 牧場に着くと、卵を回収するために入口に置かれていた籠を持つと、てててと中に走る。牧場はまだ少し薄暗くて、鶏さんたちはまだ座って寝ている。


 畑の前に2羽のウサギさんたちが見張りをして立っている。


「野菜異常なしうさ」

「異常なしうさ」


 畑に手を突っ込むと、ズボと人参を引き抜く。土のついた人参をしげしげと見て、スンスンと鼻を鳴らす。


「盗まれていないことを確認うさ」

「確認うさ」

  

 土をぱぱっと拭うと、カリと人参を齧るウサギさん。


「偽物でもないうさ」

「美味しいうさ」


 そして、苦笑して他のウサギが抱えて連れ去っていった。たぶん見張りが終わる時間なのだろう。


「ろうや行きになっちゃううさ」

「狭い場所は落ち着くよね」


 人参を抱えて、幸せそうに連れ去られていた。


 コウメも負けてられない。卵を手に入れるのだ。パパしゃんに良いところを見せちゃうのだ。


「パパしゃん、たまごをかごにいれましゅ!」


「おぉ、がんばれ〜」


 パパしゃんが手をぱちぱちと叩いて後ろで見守ってくれるので、コウメは張り切っちゃう。この間、パパしゃんに高い高いをして貰った時に覚えた技だ。パパしゃんと同じ力を使うのだ。


 鶏さんの座っている下に見える卵をじっと見て手をかざす。ウンウンと力を込めて、とやーと叫ぶ。


「たまごをかいしゅーしましゅ。てれきぬぬす〜!」


 念動力だ。コウメも『超越者』なので、念動力を使えるのだ。


 卵がパッと消えると、籠の中に現れた。


「みた? みまちたか? コウメもてれきぬぬすつかえるようになったんだよ!」


「うん、よく頑張ったなコウメ。でも、その力はパパが一緒にいるときしか使ったらだめだぞ〜」


「きゃー、わかりまちた。やくそくでしゅ」


 乱暴に頭を撫でられて、キャッキャッと嬉しくてはしゃぐコウメだった。


 コウメの朝はこうして始まるのだった。


「『アポート』は亜空間ポーチを持っていると必要なかったからなぁ。でも便利かもな」


 これからもてれきぬすすを鍛えようとコウメは頑張ります。

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