65話 新たなる力を得た小悪党
「やったうさー! やっぱり主砲を撃つと快感うさ〜。親分ありがとうさ〜」
提督ウサギはご満悦である。提督席でぴょんぴょん飛び跳ねながら、ふりふりとお尻を踊ってお祭りモードだ。主砲を撃つタイミングを虎視眈々と狙って、諦めなかったのだ。
モニターには、スノーラビットカノンの跡が残る外の光景が映し出されている。廃墟を大きく抉り取り、スノービームが通過したあと全てを氷の通路へと変えており、物質全てを氷へと変換し、廃屋も廃ビルも全て粉雪と変わり、神秘的な光景を作り出し、空を舞っていた。その氷の通路は真っ直ぐ伸びて、ぽっかりと数キロの氷の空き地を作り出していた。超絶の威力だったと言えよう。
「あいつ、うさが親分の戦闘をぼーっと眺めている隙を狙っていたうさよ」
「おやつの人参を用意して、席を離れている隙を狙われたの」
「はっ、寝てない、寝てないよぉ? なにが起こったうさ?」
提督うさぎを監視しろと命令されていたオペレーターうさぎは、僅かな隙を狙った犯行だと憤り、プンスコ怒る。隙だらけだった気もするが、オペレーターウサギたちには僅かな隙なのだ。
「きゃー! ランが死んじゃった! な、なんてことをするんですか、この人殺し!」
「あれでは誰も助からない! これを機会に抹殺する気だった? ドライの命に代えてもお前は殺す!」
氷の世界に変貌した跡を目にして、チヒロとドライが激怒して提督うさぎに襲いかかろうとする。
「待つうさ。親分は味方の攻撃の影響は受けないうさよ。ほら、見てみて」
「あ、本当です。平気そうな顔で立ってますね」
「見たことがない良い笑顔をこっちに向けてる」
モニターには粉雪の舞う中で一人ぽつんと立っているランピーチの姿があった。頭に粉雪が積り始めて少し間抜けだが、怪我一つ無さそうで、良かった良かったと二人は胸を撫で下ろす。
いつもの小悪党スマイルではなくて、陽射しの中で微笑む爽やかスマイルのランピーチは、キラキラと粉雪が陽射しで光る中で、フッとかき消えた。
そして、大地に積もる粉雪に微かに凹みができて、パパッと舞う。
「親分、時速マッハ0.5で接近中うさ!」
「通常時の4倍の速さで接近中うさ!」
「物凄い笑顔で走ってくるよぉ」
人外の体術と身体能力を強化したままのランピーチは、柔らかい粉雪を踏んでも、足跡を残さずに風のように走る。その様子をオペレーターうさぎたちはのんびりと報告する。
「アババ、やばいうさ。あれは激怒の小悪党ランピーチ・コーザうさ! 逃げろぉ〜」
親分激怒しているうさよと、ガタガタと震えて、提督席からぴょいんとジャンプして、パシッと耳を掴まれて、空中でブランと吊るされた。
「どこに行くのかな、提督? 俺の頭に粉雪が積もって、とっても冷たいんだけど? 風邪を引くかもしれない寒さなんだけど?」
耳を掴んだのはランピーチだ。音速に近い速さにて、瞬時に作戦室まで来たのである。パアッと輝く眩しい笑顔で、耳を掴まれたうさぎへ顔を近づける。あくまでも笑顔なのが、とっても恐ろしい。
「………うはは、大艦巨砲主義ばんざーい! うさは後悔は捨てて、反省もセールに出して、覚悟を決めて撃ったうさよ!」
主砲を撃てれば、心に残ることはないと笑う提督うさぎである。
「こいつ、開き直りやがった! 牢屋だ、牢屋で反省させる!」
「用意してあるうさよ!」
合いの手を打つように、タイミングよくオペレーターウサギが『ろうや』と書かれた段ボール箱を差し出してくるので封印しておく。提督ウサギを放り込んで、ガムテープで封印完了。
「やっぱり反省したうさ。寂しいよ〜、出してぇ〜」
段ボール箱の隅に早くも穴を開けて、お鼻を突き出してスンスンと鳴らす提督ウサギ。多分部屋の隅に置いておけば、一日経たずに可哀想だよと、誰かが開けてしまうだろう。
「はぁ〜、まぁ、スノーラビットカノンの威力はわかったから良いんだけどさ」
『理外の肉体』を持っているランピーチは己に対する攻撃の意思がない攻撃なので無効化できる。ゲーム的に言うと、フレンドリーファイアは無効である。そのことを提督うさぎはもちろん知っていたので撃ったのだ。
フレンドリーファイアが無効であることも確認できたが、怖いものは怖いのであるランピーチだった。
◇
ウサギたちの戦力確認も終えて、ランピーチマンションに戻り、皆で居酒屋で打ち上げを始めた夕方。皆は今日見たことを自慢気に話して、酒の肴は十分あり、陽気に楽しんでいる。
「真面目な話、ピーチお兄ちゃんは強くなりすぎ。ドライが頑張っても追いつけない。鍛えるコツを教えて。それでドライも訓練する」
テーブルの一角を占めて、酒を楽しむランピーチに真面目な顔で、寂しそうにドライが尋ねてくるので、後ろめたい気持ちとなるが、こればかりは仕方ない。
「俺は特別な訓練をしているんだが、ドライには合わないんだよな……う~ん」
まさかクエストで経験値を稼いでスキルを取得してレベルアップしてますとは言えない。なので、腕組みをして困った顔となる。
「あれだ、王冠を被ったプラチナ色のスライムとか見たことないか? 妥協してメタル色のスライムでも良いけど」
「鉱石スライムのことですかな? 王冠を被ったスライムは聞いたことはありませんが、メタルスライムとか、ゴールドスライムとかはいますよ」
料理を食べながら、セイジが知っていますと答えてくれる。
「おぉ、いたのか。そいつを倒すと急激にパワーアップしたとか聞いたことない?」
大量な経験値を持っている魔物を期待するランピーチである。思いつくアイデアがゲーム脳である男であった。
「倒したあと、身体の大半が鉱石なので高く売れるため人気があるとは聞いていますが、急激に強くなったとは寡聞にして聞いたことはありませんね」
「まぁ、そう上手くはいかないか。そりゃそうだ、そんなのがいたら、とっくに絶滅してるよな」
そんなに美味い話はなかった模様。
「強くなる近道はモンスターを倒すこと、それか魔導学園に入学して、正式に魔力の使い方を教わることですよ。魔物を倒すと少しだけ精霊力を体が吸収し強くなると、昔の科学者が証明しています」
「魔物を倒すとねぇ……」
「えぇ、私も若い頃は時折探索者が生け捕りにしたモンスターを倒して身体を鍛えたものです」
その考えが一般的ということは、ここはβ版の世界なんだろうなぁと思いつつビールを呷る。というか、パワーレベリングの方法がえぐい。さすがは現実準拠だ。
『寄付した分だけ経験値を稼げる世界ではなくて良かったね』
『そうしたら、俺は商人を職業にしてたね』
肩の上にふわりと浮いて、クスクスと笑いからかってくる巫女へと肩を竦める。
「俺も真面目な話として返すけど、やはり大金で良い装備を買って格上のモンスターを倒す。それしかないと思うぜ? 一里の道も一歩からだ」
「ラン、そこは千里の道では?」
「ドライは才能があるから良いの」
チヒロがビールを注いでくれるので、ありがたくコップに注いでもらい、グピリと飲む。
ドライは主人公たちの一人だ。精霊力の吸収率も一般とは比較にならないほどに違う。ランピーチを羨むが、ドライも一般人から見たら、羨ましいチートな身体なのだから。
ガイの言うことが本当ならば、格上からしか精霊力は吸収できない。いや、成長するための精霊力はということなのだろうか。
『その通りさ。肉体を強化するためには、質の良い精霊力が必要なんだよ。で、質の良い精霊力は強いモンスターが内包しているってわけ』
ライブラが予想通りの答えを教えてくれるので、やっぱりそうかと嘆息する。
『それって、高品質の精霊石から吸収してレベルアップする裏技とかありそう……』
金持ちこそが強者なのだよとか高笑いして、高品質の精霊石を大量に所持する敵が現れそうな予感がします。
「結局、金だよなぁ。装備も金、訓練も金、カネカネカネと。やだねぇ、どんな時代でも金持ちが最強かよ」
「おっしゃるとおりです。強い探索者は必ずと言ってよいほどスポンサーがついているか、財閥の一族とかですからね。ですが、それならばドライさんは私が後援致しましょう。強い探索者は何人いても良いですし……その、ウサギさんたちはやりすぎるところがありますから、後ろで睨みを利かせてくれるだけで十分です」
ちらりと視線を送る先は、うさぎたちが座るテーブルだ。マスコットとして、住民に抱っこされたり、撫でられたりと可愛がられているが、その行動はぶっ飛んでいるので使えないとセイジは判断した模様。
「おお、助かる。それじゃ、良い精霊鎧を持って、強いモンスターの出る精霊区に入る!」
ふんすと興奮して身を乗り出すドライ。高性能であれば、格上のモンスターもゴリ押しで倒せるだろう。強くなれると、その目は期待に満ちて、微笑ましくてなんとなく頭を撫でたくなる。
「俺も後援してくれよセイジ。良い装備くれない?」
「はは……ランピーチさんは後援できませんよ」
(ビルビードは地上街区でも一つの区を蹂躙する力を持つ、軍隊が出動する災害級のモンスター。まだ成体ではなかったとはいえ、あっさりと倒すとは、地下街区の『精霊鎧』を着込んでいるに違いない。私が後援する必要などないだろう)
まさかの生身で倒したとは欠片も思うことなく、地下街区の装備よりも良い装備などあるわけ無いと、断るセイジ。もちろんこれは小悪党と美少女の扱いの差だなと、ランピーチは勘違いをして、項垂れるのであった。
「パパしゃん、あ~ん。この卵焼きはあたちが朝にとったの」
「おぉ、良い子だなコウメ。よしよーし、頭を撫でてやろう」
「きゃ〜、撫でて撫でて。パパしゃんが撫でてくれるのだいしゅき」
膝の上にコウメがよじよじと登り、卵焼きを差し出して来るので、むしゃむしゃと食べて、ほのぼのとした空間を作り、ランピーチは思う。
幸せだなぁと。隣には恋人がいて、安全に暮らせる拠点もできた。もうお金に困ることも無い。ここらへんでランピーチエンドになってよいのではなかろうか。
そもそも『パウダーオブエレメント』は各主人公のメインストーリーの進め方によってラスボスが変わるのだ。ランピーチのラスボスはクリタだった。悪魔の如き強さのクリタを倒し、後はのんびりとランピーチマンションで幸せに不労所得で暮らしましたとさ、めでたしめでたし、完。
それでいいよな、ランピーチルートでは世界の滅亡を狙う黒幕がいないと言うことでライブラと話し合おうかなと、ほろ酔い気分で考えるランピーチだが━━。
「そういえば聞きましたか? 『夢の島精霊区』が立入禁止になったのです。どうも軍隊が駐屯しているとか」
と、セイジが料理を食べながら、世間話として口にしてきた。
「へー、ナンダロウネ、サッパリワカラナイヤ」
「? 夢の島はピーチむぐぐ」
「え? 卵焼き食べたいって?」
何も記憶にはないが、とりあえず余計なことを口にしそうなドライの口に卵焼きを放り込む。
「信憑性が薄い噂話レベルですが……なんでも正常なる草原地帯に変わっていたとか。モンスターも一匹もいないとか。まぁ、異常なる精霊力に満ちているこの惑星でそんな土地があるわけありませんが。あるとしたら地下街区ですよね」
「ホントウホントウ、ソンナコトナイヨ、アルワケナイヨ」
飲みすぎたかな、少し片言になるけど酔ったからだから。チヒロさん、こっちを見ないでくれる?
「ソウダー、俺はそろそろ春になるし、探索者として活動しないとな。知り合いがいると甘えちゃうから、今いる南地区でなくて、しばらく北地区で活動するわ」
やはり中間エンドはいけないよなと、まるでたった今思いついたかのように、ランピーチは探索者として活動をすることに決めた。決してほとぼりが冷めるまで様子見しながら隠れるつもりではないです。
どうやらランピーチはまだまだゲームを続けないといけないようだった。