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64話  精霊の篭手と小悪党

 廃墟ビルを壊しながらビルビードがのたうち回るのを、ランピーチは睥睨して薄く笑う。全長にして20メートルはあるだろう凶悪なお化け百足だ。廃屋はぺちゃんこの瓦礫となり、建ち並ぶ廃ビルにその身体を巻きつけるように蠢いている。


『ビルビード:レベル4』

『ボス戦:ビルビードを倒せ』


「建物に擬態する化け物が現れるとはね。ここは、地上街区へと向かう道だぜ? 少しランピーチ難易度高めだと思わない?」


『たぶん、放置しておいたら、階下のビルも食べて完全に一棟のビルに擬態したんだろうね。今倒せるのは幸運だったと思うよ』


 諦観したような目となるランピーチに、銀髪ツインテールっ娘はクスクスと笑いながら空を舞う。


「………あぁ、やだやだ。サブクエストでそんなのあったような気がする。放置しておけばおくほど百足が繁殖して、最初はスラム街が崩壊して、次に地上街区へと押し寄せてくるんだよ」


 ガリガリと頭をかいて嘆息する。その場合、うわぁ~助けてと叫びながら喰われる役がランピーチなのは間違いない。ランピーチにふさわしい役どころと言えよう。なので、ここで片付けておけて幸運だったということだろ。


「親分助けてくれてありがとううさ」


 危機一髪で助かったウサギがうるうると赤い目をうるませて感謝の言葉を言う。


「直撃を受けたら、10ダメージは受けるところだったうさ」


 感謝の言葉だと思いたいので、ペイッとビルから投げ落とした。うさ〜とウサギは落下していき、精霊鎧に仕込まれている脚のスラスターを吹かせて着地すると、小さく手を振ってポテポテと去っていく。


「ギチギチギチギチギチギチ」


 餌を取られた上に、攻撃をしてきたランピーチにビルビードが睨みつけてきて、その身体を震わす。その震えは魔法であり、蜂の翅が震えるようにビィーと擦れる音が響く。


『ビートボディ』


 超高振動のフィールドで身体を覆うと、ビルビードに触れていた瓦礫がサラサラと砂となって崩れていく。その名前の通り、ビートを刻み身体に触れる敵に振動ダメージを与える防御技だ。


「おー、怒ってる、怒ってる。あれだともう空気投げは使えないな」

 

 『空気投げ』は精密なるタイミングで、敵の動きを完全に見抜いて、その力を受け流し利用することにより投げ飛ばす技だ。手動で行う豪空投げも同じ理論で行っている。小刻みに震える敵に合わせるのは不可能だ。


「まぁ、裏技みたいなもんだし、モンスター相手にはたいして使える技でもないからいっか」


『それじゃ、この間の打ち合わせ通りに人目のあるときは『テレキネシス』は禁止だからね? ランピーチ・コーザは『テレキネシス』は使えない黒尽くめの男とは別人路線でいこう』


 ピシッと額に人差し指を突きつけてきて、ツンツンとつついてくるライブラ。むふーと頬を紅膨させて楽しそう。


「へいへい。でも、そんなことまでする必要あるかぁ? 普通に使っても問題ないと思うんだけど?」


『ソルジャーが他にもゲームプレイヤーがいるといったんでしょ。その場合、オフラインゲームからオンラインゲームに変わったと思わないと。プレイヤー同士のバトルもありとなると手札を見られるのは危険だよ』


「う~ん……たしかにそうだなぁ。少なくもガイと他二人はプレイヤーがいるんだし、縛りプレイにするか」


『そうそう。黒尽くめの男はパチリと指を鳴らしてテレキネシスで敵を倒す魔法使いという路線でいこうね!』


 たしかにライブラの言うとおりだ。しかも相手とは違うシステムでゲームをしているとなれば、相手のことをどれだけ知っているかで勝敗の分かれ目は変わるだろう。真面目にサポートをしてくれるようになったんだなと、ランピーチは納得した。


(うふふ、地下街区の謎の魔法使い。かっこいい〜! 楽しくなってきた、楽しくなってきたよ。ソルジャーにも利益はあるし、問題なし!)


 ランピーチが巻き起こす混乱で右往左往する人間の行動を考えて、内心でウヒヒと面白がる小悪魔である。まさかの敵は隣にいたということだが、ランピーチは気づかなかった。


「それじゃ、ビルビードを倒すために準備しますか」


『体術レベル6を取得』


『エラー。未承認。肉体と魂が耐えられません。三つのスキルをレベル5にする必要があります』


「おっと、ここもゲームどおりか」


 レベルアップができないことに少しだけ驚く。だが想定内だ。『パウダーオブエレメント』ではそのような仕様だったのだ。


 レベル6からは人類最高峰を超えて、人外の力となる。そのため、スキルも同様にぶっ飛んだ威力が多かった。そのためにレベル6へとアップする条件として、固有スキルを除く3つのスキルをレベル5まで上げないといけないという制約があった。今は『体術』『拠点防衛術』がレベル5だ。即ち、残り一つのスキルをレベル5にすれば良い。


『5周クリアしたのは伊達じゃないんだぜ。では、相応しいビルドとしますか』


『超能力をレベル5まで取得。取得する術は『サイキックブレード』、『サイキックボディ』だ』


『取得しました』

『サイキックブレード:付与する武器に攻撃力50%アップ。時折即死発動』

『サイキックボディ:ステータス100%アップ』


『6レベルへの制約が解除されました』


 よしよし予想通りだなと、続けてスキルを取得する。これからがゲームガチ勢の見せ所だ。


『超越者をレベル4まで取得』


『取得しました』

『『超越者』『超能力』がレベル4に達成しましたので融合スキル『理外の肉体』を取得しました』


『理外の肉体:己への攻撃の意思が込められていない攻撃は無効となる』


 ようやく欲しいスキルが手に入ったとランピーチが笑う。『理外の肉体』はレベル6からの戦闘において、絶対に必要なスキルだった。これがあるとないとでは、戦闘に大きな違いが出るのだ。


 スキルを取得している間にも、ビルビードが、投げ飛ばしたランピーチへと細いビルなら一撃で挟み切断できる巨大な顎を開いて、首をもたげる。


 魔力のこもった赤い瞳を爛々と光らせると、次の瞬間、飛びついてきた。


『来るよ、ソルジャー!』


「あぁ、試してみよう」


 襲い来るビルビードを前に、不敵に微笑み、恐れることもなく、ランピーチは構える。


 いよいよだ。人外の力を手に入れる時。


『体術レベル6を取得』


『取得しました。特技を取得してください』


 その瞬間、世界が変わった。いや、意識が変わった。


 なにが変わったというわけではない。だが、なぜか世界が今までよりも複雑で美しい景色となったことを感じる。ブラウン管テレビからプラズマテレビに変わったように解像度が高くなった。


 世界がより鮮明となり、敵の動きが今まで以上にはっきりとわかり、その動きの軌道、いつ噛みついて来るかがわかる。世界がランピーチの時間の流れに支配されている。


 ククッと獣のように凶暴なる顔つきとなり、拳を構えて呟く。


『サイズ差無効を取得』


『サイズ差無効:敵とのサイズ差によるダメージ減衰を無効化する』


 これで基礎の体術ビルドは完成だ。人外へとランピーチは変わった。その存在は人類を超える。


「それじゃ、サイズ差無効の力を見せてやろう」


『サイキックボディ』


 ランピーチの身体の周囲が僅かに歪み、細胞の一つ一つがサイキックエネルギーにて強化される。ただの細胞が、半エネルギー体となり、人間には耐えきれない負荷すらも支えられる存在へと変わる。


「まずはジャブだ!」


 鋭く踏み込むと、迫りくるビルビードのとじられる顎から逃れて、風のように懐に入ると、スナップを効かせてジャブを放つ。


 それは戦艦の船体を殴るかのような愚かな行動だ。本来ならばいかに怪力自慢でも凹みを作る程度で、戦艦自体はびくともしない。だが、ビルビードの頭に左ジャブか命中すると、針のように小さな攻撃であるのに、ビルビードは弾かれてのけぞる。

 

 まるで人間がまともにプロのジャブを受けたかのように全身に衝撃が奔り、身体を仰け反らせて後ろの廃ビルに倒れ込んだ。


『おぉ〜。このスキル凄い効果だね!』


「同サイズの敵に攻撃を食らったかのようにビルビードは感じているだろうよ」


 廃ビルが崩壊し、砂埃にまかれて、のたうち回るビルビードに、ライブラが珍しいものを見たと拍手をする。まるで巨人の一撃を受けたかのようなビルビードなど、普通は見たことはないからだ。


 よっ、とランピーチはそのままビルから飛び降りる。平然として、ちょっとの段差を落ちるかのように。


 風でバタバタと髪が靡き、地上が接近するが慌てることはない。爪先から地上へと着地すると、衝撃により肉体が潰れることもなく、トンと足をつける。


 『理外の肉体』の効果だ。己に対する意思ある攻撃以外は無効化する。ゲームでは落下ダメージ無効、障害物に激突してもダメージ無効の人知を超えた効果だ。レベル6からは高速戦闘で崖から落ちたり、飛行での戦闘で、魔法効果を消されて落下したりとすることが多いので、落下ダメージ無効は大助かりのスキルなのだ。


 現実準拠となった今は音速を超えた移動をする場合にも効果があるだろう。影響を受けないということは周囲に影響も与えない。即ち、ソニックブームも発生しないし、石ころが命中しても大ダメージを受けることもなくなる。


「ギィィィ!」


 怒りの咆哮をあげて、ビルビードが胴体を振って、周囲の廃屋を薙ぎ倒す。尻尾を振って、砲弾のように廃屋を飛ばしてきた。


「サイズ差無効の意味を教えてやるよ!」


 足を振り上げると迫る廃屋に蹴りを入れる。サイズ差無効により全体に衝撃を受けて、物理法則を無視して、廃屋は跳ね返りビルビードの頭にぶち当たるのであった。


「ギ、ギィ!?」


 少しは知性があるのか、首を振って怯えたように自身と比べると豆粒のような敵から後退るビルビード。だが、その畏れを振り払うように顎を広げると、魔力を口内に込めていく。


『ギロチンクラック』


 顎が超振動し、ビルビードの身体が赤く光る。頭をもたげると再度の突撃をしてきた。ガガガと道路を抉っていき、高速での暴風のような攻撃だ。


「それならこちらもこの武器の出番だな。『精霊の篭手』よ」


 エメラルドの光がランピーチの腕に宿り、美しい意匠の篭手が姿を現す。


『精霊の篭手:筋力と同等の攻撃力。また、筋力を2倍にする。強化などの重複した筋力にも適用される』


「さらに、篭手に付与だ!」


『サイキックブレード』


 指をピッと揃えると手刀の形を取る。手刀に空間の歪みが宿り、ただの手刀を名剣の鋭さに変える。今の精霊の篭手の攻撃力は160。そして、ランピーチの攻撃は、その筋力により数トンの威力を持つ。


 腰をかがめて、獣が襲いかかるかのように構えると、眼の前に迫るビルビードへと小悪党スマイルを見せる。


「終わりだ」


乱刃撃ラッシュ


 本来ならばパンチとなる『ラッシュ』が剣擊となりビルビードへと斬りかかる。閉じようとする顎を反対に切り落とし、開く口内を切り裂き、残像を残して、拳撃が無数の刃となって、金属の塊のようなビルビードを紙のように切り刻む。突進する勢いをそのままにビルビードは刃と変わった衝撃波が身体を伝わり、細切れとなってランピーチの横を通り過ぎ、地面に肉塊となってバシャバシャと落ちていくのであった。


『ビルビードを倒しました。経験値20000を取得』


「どうやら人外のデビュー戦は成功したようだな」


 フッと、ランピーチは笑い戦闘を終え━━。


『親分が隙を作ってくれたうさ! 今がチャンス、スノーラビットカノン発射ー!』


 ビルをも呑み込む白光が放たれて巻き込まれてしまうのだった。

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