前へ次へ  更新
63/206

63話 治安維持と小悪党

 歩兵支援重装甲装甲車『雪ウサギ』は、その名のとおり、歩兵を統率し指示を出すための指揮車である。内部は広くオペレーターが何人も座り、作戦テーブルが置かれて、提督席も存在しているイージス艦の作戦室のような配置となっている。


 以前の地球と違うのはホログラムが空中に映し出されており、全高11メートルとあるだけあって吹き抜けの半二層となっている点である。ランピーチは未来的な宇宙船のブリッジのようでワクワクするなと気に入った。


 ただ、提督席がクレーンの先についていて、空中に浮かんでいる遊園地のアトラクションのようなタイプだ。昔の宇宙戦争アニメに出てきた艦長席のようであり、ランピーチ的には絶対に乗りたくない。戦闘の衝撃で落下したらどうするのだ。アホな設計で、大怪我を負いましたとか考えられないです。


「敵は見つかったうさ? それと少し怖いので、離してくれないうさ?」


「気にしない、気にしない。ドライはここで提督を補佐する役。ちゃんと補佐するから、このスイッチ押すとどうなるか教えてほしい」


「押した後に、聞かないどひゃー!」


「面白い、もっと押す!」


 そんな宙に浮く提督席にはドライがふんふんと興奮して座っており、提督ウサギを抱っこしているので、提督ウサギはかなり怖い模様。ぷるぷる震えて、死にそうな顔だ。ポチリとひざ掛けにあるスイッチをドライが押して、ガションガションと激しくクレーンが動き、本当のアトラクションへと変わってもいた。

  

「提督は無視しても大丈夫でうさ」

「主砲発射しか言わないしね〜」

「あの提督の当たり割り箸、半分に折ってたのがわかったので、くじからやり直しうさ」


 インカムを付けているオペレーターうさぎたちは、まったく気にしていない模様。もふもふの可愛いおててで、タッチパネルを操りながら仕事をしている。


 宙空の複数のホログラムモニターが廃ビル内の複数の場所を映し出しており、探索を開始している。


「提督がいらないということはわかった。それじゃ、探索を続けてくれ」


 ゲームでは『遠征』とコマンドを選べば治安度が上がり、周辺エリアからモンスターが少なくなった。『雪うさぎ』もマップにぽつんと表示されるだけで、内部には入れなかったし、興味津々のランピーチである。チヒロやセイジも一緒に見学に来ている。


「ラジャーうさ。現在一階は問題なし」

「地下室への入口を発見、探索開始」

「屋上から侵入中。妨害行為なし」

「ふにゃふにゃ、てこうさ」


 オペレーターウサギたちがキビキビと動く姿には安心できる。一羽だけ、コクリコクリと舟を漕いでいるようだけど、だいたい一羽はサボる仕様らしいので諦めた。たぶん働きアリと一緒なのだろう。

 

 廃ビルは未だに建物として残っており、本来なら使用するはずの探索ドローンは使用していない。


『あまり手の内を明かすわけにはいかないからね。人は人工精霊と違っていつ裏切るかわからないし』


『………ライブラのいうとおりだ。人ってのは、いつでも裏切る。本人はその気はなくても、情報ってのは漏れるもんだからな』


 むふふと口元を抑えてライブラが笑うが、探索ドローンはあまり見られたくないらしい。たぶん悪名高いあのドローンなのだろうとは推測できるが、β版のこの世界は存在するか分からないから、隠しておくのが良いだろう。


 少しだけ遠くを見るような目となり、ランピーチもモニターに注視するのであった。


          ◇


 廃ビル内は電灯もなく、シンと静まり返っている。外壁に空いた穴から積雪が溶けて、中に入ってくる冷たい水がぽたりぽたりと天井から滴り落ちる。


 だが、なにもない、誰もいないと判断するのはまだ早い。


 元はオフィスであったのだろう、ボロボロのデスクが転がっており、椅子が倒れてロッカーが重なり合い、小山となっている場所。静寂だけが支配していると思われる場所に、赤い目が光る、


 瓦礫の隙間からカサカサと這い出てきたのは、百足だ。だが、その大きさは一メートル近くあり、銅色の外骨格は金属めいて硬そうであり、顎から伸びる牙には紫色の液体がいかにも毒だと表すように滴り落ちていた。


 スラム街の殺し屋と呼ばれる『ビルセンチピード』だ。瓦礫の山を作り、その中に巣を作る。雑食性で、通りがかる生き物ならばなんでも食べる上に、一度噛まれると麻痺毒により動けなくなり、生きたままその強靭な顎で噛み砕かれて食べられることになる。その上、外骨格は金属のように硬く、銃弾もあっさりと跳ね返す強度を持っていた。スラム街でこの百足が成長し巣を作った場所は放棄されるのが一般的な対応だった。


「キチキチキチ」


 獲物を探すために、首をもたげて━━。


 スパンと、その首は切り落とされた。何も前触れなく、風が少し吹いたようにしか見えない中で、緑の体液を吹き出して、地面に横たわるとうねうねと蠢き、やがて動きを止める。


「キチキチキチ」

「キチキチキチ」

「キチキチキチ」


 仲間がやられて、異常を感じた他のビルセンチピードたちが巣穴から顔を覗かせる。多脚を動かして、外へと這い出ようとするが━━。


 巣である瓦礫の山ごとなにかに横殴りにされたかのように吹き飛ぶ。ゴゴンとコンクリートの崩れる音がして、瓦礫の山は壁を突き破りバラバラとなると、生き残った何匹ものビルセンチピードたちが地面に転がって出てきた。


 瓦礫と一緒に潰れたビルセンチピードの死骸を踏みつけて、生き残ったビルセンチピードたちは威嚇をするため、顎をカチカチと鳴らして合唱する。


 だが、その威嚇も意味がない。なにせ周りには気配はなく、ビルセンチピードたちはなにがあったかもわからない状況で顎を鳴らしているのだ。これほど意味のない威嚇もない。


 それでも、なにかがいるとビルセンチピードたちは警戒し、円陣を作り周りへと威嚇をするが………。


 スパンと一匹のセンチピードの首が落とされる。またもや新たな犠牲者が出たことに慌てたのか、さらに顎を鳴らすがそれが知性のない虫の限界だった。


 空気が逆巻き、風が吹くと他のセンチピードたちの首も切り落とされていく。倒された仲間を見てもやはりなにもない。ただ斬れ味鋭い攻撃にあったかのように、センチピードの首は切り落とされていき、やがて全てが息絶えるのであった。


 シンと静まり返るオフィスにて、もはや単なる死後の痙攣でピクピクと蠢くビルセンチピードのみとなったかと思われるが、空間がジジッと歪む。


「オペーレーターへ、敵の駆逐に成功うさ」


 空間から染み出すように現れたのは赤熱のナイフを構えているウサギだ。一見すると重装甲のゴツいロボットのような装甲服を着込んでおり、角張った重装甲ヘルメットを被り、オペーレーターへと連絡をしている。そのつぶらな赤い瞳は可愛らしいが、纏う空気は歴戦の戦士のようである。


 感知されない隠蔽スキル『怖がりうさぎ』のスキルを使ったのだ。これは光学的探知、熱探知、動体探知、魔法探知から逃れることができ、敵からダメージを受けない限り解除されないスキルだ。


 攻撃を受けない限り、即ち攻撃をしても隠蔽が解けないハイラビットガンナーの強スキルの一つである。


『了解うさ。一階は駆逐完了スタンプを押しておくね』


「エースの称号は渡さないうさ」


 ホログラムに可愛らしいうさちゃんスタンプが一個表示されて、ウサギはスンスンと嬉しくて鼻を鳴らす。スタンプをたくさん持っているウサギは仲間内で高い序列となる。高くなると、おやつの人参と交換できたり、ご飯時に優先的におかわりができたり、お昼寝するときも日差しの良い場所で寝られるので重要なのだ。


『こちらも二階制圧完了うさ』

『三階もオーケー』

『ビームカノンで四階は焼き払ったよぉ』

『隣のビルの屋上に来ちゃった』


 探索の中でも見つけるのも倒すのも厄介なビルセンチピードだが、ハイラビットガンナーにとっては、ただの小虫である。次々と指揮車に報告が入ってきて、ビル内マップに映し出される敵の反応が消えていく。それは強力無比な戦力である事を示していた。


 反撃すらも許さずに、淡々と敵を倒していく姿は見る者に恐怖と威圧を与える。それは指揮車内でその様子を見ていた戦闘には門外漢のチヒロやセイジすらも普通の探索者などは遥かに越えた力を持っていると感じさせていた。ドライは席を揺らしすぎて気持ち悪くなって寝ていた。


「凄いですね、ラン。あの子達がいれば、ここはもう安心です。手を出されることもないと思いますよ」


「本当にそのとおりです。私も長いこと精霊鎧も販売していますが、あれほどの性能は見たことも聞いたこともありませんよ」


 ふたりとも顔は強張り、これだけの戦力をぽんと渡してくる地下街区に畏れを抱く。正直に言うと過剰戦力で、どこの軍隊と戦うつもりなのだろうかと内心はドン引きだ。


 地下街区の力を見せつけられて、二人が息を呑む中で、次の報告があったが終わったとの報告ではなかった。


『あ、こちら六階。この上には行けないうさね』


『なにがあったうさ?』


『んとね〜、なにかセンサーが真っ赤で、たぶん擬態した百足がいるみたいでうさよ』


 あっけらかんと緊張することもなく口にするウサギ。カメラから六階の様子が映っているが、それまでは瓦礫や壊れたロッカーなどが転がっていたのに、そこには何もなかった。がらんとしたコンクリートの部屋が広がるのみだ。


 そのどことなく違和感を感じる光景に、うさぎは疑問に思わずに、ポイと液化手榴弾を放り投げる。

 

 コロコロと床に転がっていく液化手榴弾が閃光を放つと、内包していたエネルギーを解き放つ。エネルギーは波となり、氷のように周辺を溶かしていき、蒸発させていく。熱量で溶かすのではなく、エネルギーへと変換させて消滅させていくのだ。


 そうして閃光が止んだ後には、床も壁も天井も、真円状にポッカリと削られていた。


「グギャァァァ!」


 そして絶叫が響くと、ビルが地震でも発生したかのように震え始めると、一本一本が槍のように太く鋭い脚が壁から生えてくる。コンクリートと思われた建物が分解されていき、とぐろを巻いて、その姿を現した。


 建物自体に擬態する恐るべき捕食者『ビルビード』である。巨大なモンスターが隠れていたビルに攻撃をされて、苦しみその正体を明かす。


 巨大なるビルビードに対して、ウサギは小石のようなもの。ぽけっと眺めている無防備な姿に、ビルビードが一口で飲み込める大きな口を開いて襲いかかる、指揮車で見ていたチヒロとセイジは貴重なる人工精霊が倒されると慌てる。


「ラン、あのうさぎやられ……ラン?」


「はて、さっきまで隣りにいたはず?」


 いつの間にかランピーチがいないことに、戸惑う二人だが━━━。


「豪空投げ」


 モニター越しに襲いかかっていたビルビードが竜巻にでも巻き込まれたかのように空へと飛んでいき、ズガガと地上の瓦礫を砕きながら、落下していった。


「さて、これでボス戦とか美味しいよな。待っていた甲斐があったというもんだ」


 うさぎしかいなかったはずの廃ビルに、ランピーチがニヤリと笑って立っていたのであった。

前へ次へ目次  更新