61話 冬が終わる小悪党
長い冬が終わり、日差しが積雪を溶かし始めて、大地に若芽が芽吹き始めていた。寒さで震える季節は終わり、隠れ住んでいた動物たちもひょこひょこと顔を出し、餌を探して行動を開始する。世界が人類に厳しい態度を取り始め、生存圏が狭まった時代でも、変わらず自然は春を迎えるのだった。
━━━クリタの襲撃未遂から2ヶ月が経っていた。
「こういった溶けかけの雪が残っている時が一番嫌だよな。靴は泥だらけになるし、風はまだまだ冷たいし。うー、さぶっ」
ランピーチはランピーチマンションから少し離れた地上街区へと繋がる大道路にいた。片側6車線合わせて12車線の道路で、放置された車両や瓦礫が溶けた雪の合間に見える。
「たしかに風が積雪のせいで冷たいです。まだまだコートは手放せません」
コートの首元を引き寄せて、クスリとチヒロが笑い、ランピーチに寄り掛かってくる。たしかに風は冷たく、春にはもう少しかかるだろう。
「ポチを頭に乗せて、うさぎを抱っこすれば温かい。ピーチお兄ちゃんもやってみる?」
「ヒャンッヒャンッ」
「すよすよ」
頭に元気に尻尾をブンブン振っている子犬のポチフェルを毛皮の帽子代わりに乗せて、目を閉じてコクリコクリと寝ているもふもふウサギを抱っこするドライ。たしかに暖かそうだし、見た目も可愛らしくてよろしい。青髪の美少女と冬の装いとかいう題名で絵が書かれそうだ。
「それはドライが可愛いから絵になるんであって、俺がやったら犯罪だからね? きっと動物愛護団体が群れをなして、うさぎを虐待していると文句言いに来るよ」
『たしかにそうだね。私だったらウサギを救えってクエストを発行しちゃうよ』
対して、ライブラがケラケラとからかってくるように、ランピーチが同じことをしたらどうなるかは聞くまでもあるまい。絵面最悪で、これからウサギ鍋にするんだなと、やりたくもないのに小悪党ムーブをすることになるだろう。小悪党と美少女には超えられない壁があるのだ。
「まぁまぁ、ランもそれくらいで。ほら、みんな集まってきましたよ」
ドライとランピーチの心温まるやり取りを見て、クスクス笑いながら背中を押すチヒロに仕方ないなぁと苦笑で返す。
「こんにちは、ランピーチさん」
「相変わらず仲が良いね〜」
「寒いから、ホットコーヒーを水筒に入れてきたよ」
ランピーチマンションの住民たちがランピーチの前にやってくる。余裕ができてきた証として、その顔は血色が良くなり、だいぶ柔らかい笑顔が増えている。その数は200人程だ。
この3ヶ月で、住民が倍近くとなったのである。なにせ、ランピーチマンションに来れば、温かい食事と安全で凍えることのない住居に、スラム街の住民だからと中抜きされない正当な賃金を支払ってくれる仕事があるのだ。
その噂を聞いて、多くの人々が集まっていた。中には元チームを率いていた奴らも自分の拠点を捨てて、ランピーチマンションに移住してきた者たちもいた。
「兄貴、おまたせしやした!」
「少し遅れましたか?」
「装備は万全ですぜ」
そして、以前に殴り倒した探索者たちもやってくる。剣や槍を持ち、防弾服や鎧を着込んでおりしっかりと武装している。
「あぁ、集合時間じゃないから問題はない。お前らはそんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫です。問題はないですよ。まぁ、ここらへんには大物なんかいませんから」
ぽんと手に持つ槍を叩き、余裕の笑みで探索者は笑う。
最近になって、ランピーチは見かけほど小悪党ではなく、優しいという噂が広がってきており、探索者たちは軽口を叩くくらいにはランピーチに慣れ始めていた。近寄るのも怖いと思っていた虎が、実は少し大きな猫であった感じである。ただし扱いを間違えるとひっかかれる凶暴なドラ猫だ。もちろん鳴き声はヒャッハーである。
「さて、最後にあいつらも来たか」
地上街区の方面から一台の装甲バスが走ってくる。以前のセイジの装甲バスよりも新しく、機銃も二基取り付けてあり装甲も分厚く、エンジンもハイパワーで、タイヤも大きく走行する姿は力強い。さらに変わったのが、中古品だが荒れ地用のバギーが装甲バスの前方を護衛するために走っていることだ。
ぷしゅーとエアブレーキが空気を抜く音をさせて、ドアが開く。
「いやぁ、お待たせしましたか」
中から出てきたのは、セイジと部下数人だ。相変わらずお人好しそうな顔で柔和な笑みで降りてくる。
「いや、ちょうどよい時間だ。皆も集まったところだしな。クリタもお疲れ様」
ランピーチは鷹揚に手を振り労わりの言葉をかけて、セイジの後ろから出てきた男へとニタリと笑いかける。その笑顔は弱者を甚振ることを喜ぶ小悪党そのものだ。出てきたのはクリタだ。少し小太りであったのに、今やげっそりと痩せてひょろっとしている姿となっていた。
「いやぁ〜、店やらなにやら現金化お疲れ様。大変だったでしょう。この数ヶ月」
ウケケと悪魔のように笑うランピーチに、銀色のトランクをいくつも持ったクリタはグヌヌと悔しげに歯を食いしばるが、それでも口元を引き攣らせながらも、愛想の良い顔をする。
「いやはや、私の罪をこれで清算してもらえるなら…でしてもらえるなら、や、や、やす、安いものです」
絞り出すように言うクリタ。その後ろからセイジの部下がどんどんトランクケースを持ってきて、ドスンドスンと地面に置く。その数は十箱くらいだ。
「これで全部か。セイジ、現金化はこれで終わり?」
「はい、お時間をかけて申し訳ありませんでした。クリタの資産はこれで全てゼロですね」
セイジの言葉に満足気にトランクケースを眺めると、しゃがんでいそいそと開く。開いたトランクケースの中身は札束だった。ぎっしりと詰まっており、一束取り出すとポンポンと手で持つ。銀行強盗が成功した小悪党のようである。
これはクリタの資産を現金化したものだ。命を助ける代わりに全財産を現金化して、セイジに渡すように命令したのである。
誤魔化すこともなくクリタは泣く泣く資産を現金化した。ここで誤魔化すと、地下街区の人間に殺されると考えていたのだ。
「私もこうなったのは残念ですが、クリタさんを許すつもりはありません。商人の道を踏み外したクリタさんには反省をしてもらいませんとね。それにこれだけ失えば、もはや変な考えを起こすこともできないでしょう」
「商人の失敗は怖いね。ハイリスク・ハイリターン保険をかけることのできない仕事はするべきじゃなかったなクリタ」
厳しい顔でクリタを見るセイジ。さすがに命を狙われて許すほどにお人好しではない。それにライバルに商売で勝つのではなく、命を狙う卑怯な行動を許すつもりはない。そして、クリタは1代で店まで持った男だ。全てを失うことがどれだけ辛いかも理解している。
「はは、まぁ、少しは現金があるので、それで細々とやっていきますよ」
「まぁ、また一から頑張れよ。うははは」
ご機嫌ランピーチは、クリタの肩をバンバンと叩き、慰めるふりをして痛めつける。いじめっ子の姿がよく似合う小悪党である。クリタは顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えるが、それでも怒ることはしなかった。それを見て、セイジたちは苦笑いをするのであった。
「さて、それじゃ、てめぇら。これを見ろ!」
ひとしきりクリタをからかうと、ランピーチはトランクケースをどんどん開けていく。全てぎっしりと札束が詰まっており、人々はその光景を見て、おぉと歓声を上げる。
「ヒャッハー、金だ。これは全て金だ! この金は全てセイジが運営し、桃源郷とこの周辺の開発にぜーーんぶ使う! 地上街区へと通じるこの道路周辺のモンスターも全て片付けて治安維持をするつもりだ。仕事は山とあるぞ、てめぇら!」
トランクケースを前に腕組みをして、ランピーチはボスらしく胸を張る。なにせ十億近い金があるのだ。一度こんなふうにボスムーブをやってみたかったランピーチである。
「ランピーチ、ランピーチ!」
「一生ついていきますぜ!」
「あれだけの金を使うんだ。仕事にありつけるぞ!」
「このランピーチ様に全て任せろ。世界を取ってやるぜ、うははは!」
「踊れ踊れ」
「踊らにゃソンソン」
「札束ダンスだ」
スラム街の面々は大金に浮かれて、ランピーチは高笑いをして調子に乗る。くねくねと身体を揺らして、宇宙人を呼び出す謎の踊りを見せる。ベントラー、ベンチャーと、人々も踊り始めて、謎のミュージカルと変わる。
「まぁ、実際は口座に入金後、時間をかけて使用するつもりですが」
「現ナマを前にするとテンション上がるだろ。見えない百億よりも、眼の前にある十億だ。潤沢な資金があるとわかれば、他の地域の奴らも集まってくるだろうからな」
真面目なセイジは苦笑するが、眼の前で札束を積んでいく方が人々は嬉しいし、信用度もあるのである。
「うん、これだけあれば、もう地上街区決定。なんでもできる」
ドライが札束を前にむふーと息を吐く。こんな大金、見たことも想像すらしたこともない。
「それはないわ、ドライ。数百人を雇って開発に資材も必要。たぶんこれくらいのお金なら簡単に、かんたんに………もう地上街区に編入決定かしら?」
理性ではわかっているが、チヒロも混乱して札束を前に目をぐるぐるさせて、クラクラとする。これだけの大金、なんでもできるのではと、勘違いをしてしまう。それだけトランクケースの大金はインパクトがあるのだ。
「たぶん一年持たないですよ。この程度なら半年といったところですか。………ですが、一エレも懐に入れないで、全てを開発に使うということはなかなかできませんよ。さすがはランピーチさんですね」
「そうですよね、ランは凄いです。だって少し前までは十万エレも大金だったのに、今は全然大金を前にしても動じないですし」
「うん、これからもピーチお兄ちゃんにドライはついていく。頼りになるパートナーとなる」
現実を知っているセイジは、だからこそランピーチは大物の器だと尊敬の眼差しをランピーチに送る。謎の踊りを踊っており、尊敬してよいか迷う光景ではあるが。チヒロとドライも惚れ直しましたと目をキラキラと輝かせるが、ランピーチはクラゲのように踊って、いまいちしまらない男であった。
「あ、そうだ、支援が増えたんだった」
「え?」
と、宇宙人を呼ぶのをやめて、ランピーチは思い出したようにパチリと指を鳴らす。支援って、なんですかとチヒロが尋ねる前に━━━。
「よし、初披露目だ」
『遠征』
「え?」
空中に紫電が奔ると、巨大な装甲車が姿を現して、地上にドスンと着陸するのだった。